県大会2回戦 斧中VS白石⑤ エッグボール対策

コートの上を、風が通り抜けた。

ネットがわずかに鳴り、舞い上がった砂が光にちらつく。空の端には、ゆっくり濃くなる雲の帯。

三月の終わりとはいえ、風の芯にはまだ冬の冷たさが残っていた。

指先をかすめる空気がひやりとして、観客たちは肩をすくめる。

春は近いはずなのに、息を吐けばまだ白い。


スコアボードは冷たく並ぶ。0-6、0-3。

斧中かなこのペースは崩れず、白石結晶は受け止めながらも押し返せない。


星空夏美が小さく首を傾げた。

「ねぇ一ノ瀬君。エッグボールって、どうやって打ち返せばいいの?」

声には素朴な疑問と、少しの焦りが混じっていた。

寺地唯はペットボトルのラベルを指でなぞりながら、静かにコートを見ている。


一ノ瀬は腕を組み、試合のテンポに合わせるように低く言った。

「高く弾む分、落下の勢いもある。普通は落ちてから打点を合わせるけど、タイミングが遅れると全部持っていかれる」

「ってことは、今の白石さんみたいに後ろで受けるのが正解?」

「理屈では、そう。ただ――相手が斧中だと話が変わってくる」

寺地がぼそっとつぶやく。「カナカナ、相手の位置、ずっと見てる」


一ノ瀬がうなずく。

「深く守れば浅く、詰めれば高く。“嫌な高さ”を連続で出すのが斧中の強みだ。まるで自分の打った後の次の一手まで見えてるかのように」


ラリー。白石の抑えた返球に、斧中のフォアがぐわっと回転をかける。

弾道の頂点が少しずつ前にずれ、サイドをえぐるように落ちる。


星空が眉を上げる。「かなちゃんのボール、やたらコートから外側に飛んでいってない?」


「そこが核心だね」

一ノ瀬はポケットからスマートフォンを取り出し、メモアプリを開く。

指先で素早くテニスコートの俯瞰図を描き、黒いペンで線を引いた。


「普通の選手なら――この黒い線。センター付近から打つと、狙えるのはベースラインとサイドラインのコーナー付近まで。ここがストロークの安全圏」


星空がのぞき込む。「うんうん、わかる」


一ノ瀬は色を赤に切り替え、黒線よりさらに外側へ線を伸ばす。

「でも斧中は、同じ体勢からこの赤線を打てる。ちょうどサービスラインとサイドライン付近――普通に打とうとすればアウトになるリスクの高いショットだ……普通に打てば」


寺地がぼそっ。「……エッグボール」


「そう。斧中のエッグボールならセンターからでも相手をワイドに動かせる。

さらにフォアに回り込んだときは、赤線がもっと外へ広がる。

落下角と回転量が噛み合って、サイドラインぎりぎりに沈む」


一ノ瀬は画面を指でなぞりながら続けた。

「白石さんはいま後ろに下がっている分、より守備範囲を広げて返さないといけない。

コートカバーに相当な自信がある選手ならまだしも……試合を見る限り、白石さんはそこまで範囲が広い訳じゃない。位置取りの正確さで戦うタイプだね」


星空が小さくうなずく。「たしかに。足が速いって感じじゃなさそうだね」

寺地もぼそっと付け加える。「カナカナに走らされてる」


一ノ瀬は軽く息を吐いた。

「だから、下がるほどきつくなる。ワイドに振られた瞬間、逆サイドが空く」


星空が眉を寄せた。「……やっぱり、距離の勝負じゃ勝てないのか」

「そう。だから次に考えられるのは、時間との勝負」

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