県大会2回戦 斧中VS白石②

寺地さんの口を手で塞いだのは、星空夏美さんだった。

同じ北条TA所属で、ショートカットがよく似合う明るく人懐っこい選手。

白石さんの一回戦にも北条さんと一緒に姿を見せていた。


星空は、ためらいもなく寺地をそのまま膝の上に乗せた。

まるで映画館で、母親が幼い子を抱きかかえるような自然な仕草。

(……いや、流石にそれは)

思わず目を疑ったが、不思議と様になっている。違和感が仕事を放棄していた。


「おつかれ。星空さんも、斧中さんの試合を観戦?」

「うん。私の試合はまだ先だし、由佳ちゃんはおそらく最後の方だから……こら唯ちゃん」


「なつみ離して〜っ! 私は子どもじゃない〜」

塞がれていた口を解き、暴れる寺地を星空はやんわりと抑え込む。


「ほら、落ち着いて〜。唯ちゃんはいい子〜いい子〜」

そう言って頭を撫でる。


(そんなのが寺地さんに効くわけ――)


「……はわわぁぁ〜」


(効いたーっ!?)


さっきまで暴れていた寺地が、浄化されたような顔で星空の腕の中に収まっている。

「違う……夏美は……私の回復スポット……ヒーラー……PCのRAMでいえば64GB……」

「うんうん、満足そうでよかった〜」


(……寺地さん、最近オンラインゲームにハマってるって聞いたけど、本当なんだろうな)


「星空さんって、いつも寺地さんにこんな感じなんですか?」

「うん。唯ちゃんが暴走した時は、こうやって膝の上で抑えてあげてるの」


星空夏美――女子シングルス第3シード。

同じクラブの仲間でありながら、明るくも繊細な空気を纏っている。

斧中と背丈はほぼ同じだが、体つきはやや細め。斧中がアスリート体型なぶん、対比でより華奢に見える。

運動も会話も大好きで、明るく社交的な性格がにじむ。

普段は寡黙で小柄な寺地さんと並ぶと、不思議と均衡が取れて見えた。


「星空さん、調子はどう?」

「うん! ストロークに自信ついてきたし、コーチも“フォアは関東でも通用する”って言ってくれたの!」

「コーチって、北条さんのお父さんですよね」

「そうそう。由佳ちゃんパパ。うちは大所帯だからね〜。今年は女子シングルス“三銃士”って呼ばれてるんだよ」

「三銃士?」

「唯ちゃんが勝手に言い出したの」

「なつみ、恥ずかしいこと言わないで〜!」

「唯ちゃんが言い始めたんじゃーん」

「そうだけど……他の人が言うと、なんか違う……」

「もぉ〜、わけがわからないよ」


星空が指先で寺地の頬をつんと突く。

寺地は頬を膨らませながらも、嬉しそうに目を細めた。

性格や趣味は違っても、二人の間には確かな信頼がある。


「でもね、私たち3人、小さい頃からずっと一緒に練習してきた仲間なんだ。3人で目指せ全国!」

「おーっ!」

二人が右拳を上げる。

「そのためにも、打倒・斧中かなこ!」

「夏美、その意気!」

「当たって砕けろの精神で!」

「……砕けたくはないけど」


笑い声が響く。

試合を前にした緊張も、北条TAの仲間たちの間では穏やかにほどけていった。

(……この空気、いいな)

一ノ瀬は小さく息を吐いた。

勝負の世界にあっても、こういう関係を築けるチームは、きっと強い。


北条TAは、今日も平和だった。

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