試合前⑥

一ノ瀬は小走りで白石のいる木陰に戻ってきた。


「間に合いそうだ。あと少しでコートに行けば大丈夫だよ」


「……ほんとうですか?」

「あぁ、なんとか事情を説明…って白石さん」

白石は安堵の息をもらし、胸に手を当てる。その仕草に一ノ瀬もほっとしたが、次の瞬間には彼女の頭に目が吸い寄せられた。


「……そのカチューシャ、まだ外してないの?」

問いかけると、白石は困ったように眉を寄せた。


「取ろうとしたんですけど……全然外れなんです」

「えっ?」

「…頭から生えてるみたいなんです」

(そんな…バカな)

一ノ瀬は信じられない思いで手を伸ばし、角を掴んでみる。力を込めても動かない。

「……本当に外れないな」

「はい…」


この後、いろんな方法を駆使して白石さんの頭にくっついたアモン角を抜こうとしたが…どうやっても取ることができなかった。


30分前までは考えられないようなことが色々起きすぎて今に至る。


うつむいている白石の頭、一ノ瀬は彼女の頭の根元をしっかり確かめてみた。やっぱりしっかり頭の中から生えているみたいで、明らかにカチューシャではなかった。

「本当に羊の角…直に触ったことはないけど…まるで本物みたいだ…しっかりと硬さがある」

一ノ瀬はふっと力を抜き、指先で角をさすってみる。カチューシャと呼ぶにはゴツゴツしている。人工物ではない固い感触を一ノ瀬は確かめていた。


「……アッ」

結晶の肩が小さく跳ね、ほんの少しばかりの吐息が。

「一ノ瀬さん…くすぐったい……です」


声がかすかに上ずり、頬に薄紅が差す。くすぐったさに混じって胸の奥がざわつくような感覚に、彼女は自分でも戸惑っていた。


「ご、ごめん!」

一ノ瀬は慌てて手を離し、息を呑む。

「痛くなかった? 本当にごめん!」


「……大丈夫です。ただ――」



「先輩、女の人と何いちゃついてるんすか?」


背後から声が飛んできた。一ノ瀬はぎくりとして振り返る。

同じクラブの後輩が立っていた。

「いつからそこに」

「さっきからですよ。茂部さん、相手がまだ来ないってすごく心配してました」

後輩は白石を見やり、首をかしげる。

「この人が白石さんですか?」


「え、あ、そう……そうだ」

一ノ瀬は慌てて頷いた。


「茂部さん待ってますよ。早く行かないと」


その言葉に、一ノ瀬は思わず口を開く。

「いや、その前に……ほら、頭に――」


「頭に?」

後輩がきょとんと目を瞬かせる。


「だから、白石さんの頭、何か違和感あるだろ?」


「頭?」

後輩は結晶を見て、肩をすくめる。

「……特に問題なさそうですけど。強いて言えば明るい髪色だなぁくらいで…」


「えっ?」

「えっ?」

一ノ瀬と白石は言葉を失った。自分達の目にはどう見ても白石の頭から角が生えているのに、後輩には全く見えていない。

「いちゃいちゃしてないで早くいきますよ」と後輩に促される。


結晶は視線を落とし、小さく囁く。

「……一体どういうことなんでしょう?」


一ノ瀬は喉を鳴らし、深く息を吐いた。

「……わからない。嘘をついてるようには見えないし」




――場面は切り替わり。


光の揺らめく不思議な場所に、双子が並んでいた。


「はぁはぁ…何とかなりそう」

「はあはあ…うん。角のおかげかな」

「2人は…困ってるけど」

「……たぶん問題ないよ。ちょっと疲れたね。休もうか」

「そうだね」


疲労が伺えるが互いに顔を見合わせ、くすっと笑っていた。

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