異世界アルバイト生活【異世界】

 通学途中、突然の眠気に襲われ目を覚ませば俺は見知らぬ部屋で目を覚ました。周囲には俺と同じような状況に陥る、見た目から察するに学生が60人程。


 そこはまるでアニメや小説で見たことあるような中世の装い。広大な空間に重苦しい雰囲気。

 周囲には武器を持ち、こちらを威圧してくる鎧騎士。そう、それはまさしく異世界召喚と呼ばれるやつだった。


 ざわめく俺たちを制するように肥え太ったおっさんが声を上げる。


「静粛に! 国王の御前であらせられる。控えよ」


 一同が一瞬で黙り込み、中央で偉そうにこちらを見下ろすおっさんが語りはじめた。

 話を掻い摘んで並べるならば、俺たちは歓迎されているようだった。そして気になったのが『異界渡りの民』と呼ばれる言葉。

 この国では頻繁に異界渡りの民から脅威を退けて貰ってきた伝承があるらしい。

 つまり俺たちは窮地を退ける為だけにこの国、グランツ王国とやらに呼ばれたようだった。


 その上で迎え入れる準備と称して各自の部屋を与えられ、一晩を過ごす。

 みんながみんな納得がいってない顔をしている。

 そりゃそうだ。俺だって納得行ってない。

 ただ同時に興奮している奴もいた。アニメと現実を履き違えたオタクの類だろう。

 自分が主人公になれるんだと、そんな声が聞こえた。


 翌日。

 案の定というか、お約束というか。

 俺たちには固有スキルと呼ばれるものが与えられていた。

 王様達はそのスキルの公表を求めていた。つまりは使えるか使えないかの選別の始まりである。


 で、


「悪いが君たちとはここまでだ。だが見ず知らずの場所で苦労も多いことだろう。これは手切金だよ。せいぜい遠い地で僕達の活躍を見守っていてくれたまえ」


 俺とあと二人の男子の前には高慢ちきな男が一人。顔を見ればわかる。当たりのスキルを得たのだろう。勝ち誇った余裕な態度のまま、俺たちを見下していた。

 金貨が約10枚入った袋を突きつけ、それを受け取ると俺たちは着の身着のままで王宮から追い出されたって訳。

 要は無能扱いをされた上でお払い箱だよ。

 そんなこったろうとおもってたぜ。

 俺も最初自分のスキル見た時は「ないわー」って思ったもん。


「なんだよアイツ、感じ悪いなぁ」

「よせ、言うだけ無駄だって。あの勝ち誇った表情を見てみろよ。完全に俺たちを哀れんでるぜ?」

「くそっ、同じ環境なのにどうしてこうも差がついちまったんだ!」

「ある意味では追い出されて良かったかもよ?」


 全員が思い思いの言葉を並べる。

 自己紹介も特にしてないので誰が誰だかわからない。そこで取り敢えず追放されたもの同士で交友関係を築くべく自己紹介から始めることにした。

 幸にして男三人。トラブルも少なそうだ。


「まずは自己紹介から。俺は栽場、栽場有樹ってんだ。固有スキルは『超健康』よろしくな!」


 持ち前のポジティブ精神で、愚痴っていた二人に対して笑いかける。が、相手の反応は良くも悪くも侮蔑の色が含まれていた。


「超健康とか、確かに追い出されるわな!」


 ワハハと笑い転げる坊主頭。その笑いぷりときたらそのニヤけた横っ面を叩いてやりたいと思うほどにムカつく。


「うっせーよ。人が気にしてる事をいちいち揚げ足取るな。それよりお前はどうなんだ?」

「聞いて驚くなよ?」


 男は、溜めに溜めたあとこう言った。


「アイテムストレージだ!」

「うん? ストレージなら俺も持ってるぞ?」

「僕も」


 そう、勿体ぶって言った固有スキルは『アイテムストレージ』。それは、異界渡りの民なら誰でも持ってて当たり前のものだった。

 上限は人によってまちまちだが、坊主頭の男の上限はたったの1つ。しかもスキル化した事で本来持てるはずの荷物も持てずじまいときている。

 ただしそのスキル、一つに括れば入れられるサイズは天井知らずだという困った扱いのものだった。

 使えそうで使えない。それがこの場所に送り込まれた理由だろう。

 もっと他の奴ら見たく、ものすごい魔法だかが使えればワンチャンあったろうに。


「そりゃまた……残念だったな」


 俺は精一杯の哀れみの視線を送ってやった。

 お前も俺とどっこいどっこいじゃねーか。


「くっそー、こんな筈じゃ。なんで俺はこんなハズレスキルを引いちまったんだよぉ」

「で、お前の名前は?」

「お前……この流れで聞くのか?」


 坊主頭の男は空気読めよと真顔で訴えてくる。


「聞かなきゃ話が進まんからな」

「ったく、しょうがねーな。耳をかっぽじってよーく聞きやがれ!」


 ややキレ気味に、坊主頭の男が自己紹介を始める。名は持主レオ。なかなかに漢気のあるキラキラネームだな。レオときたか。


「よろしくな、レオ」

「おうよ。こっちこそよろしく頼むわ。同じハズレ者同士、仲良くしようぜ!」


 やや自嘲気味にぼやきつつも握手の手を差し出してくる。嫌なやつだと思ったけど、話せばそこまで悪い奴でもなさそうだ。

 ただこいつも異世界召喚とやらに憧れてたクチらしく、主人公に慣れなかった鬱憤の吐き出し場所が欲しかったみたいだ。

 それを俺に当られてもいい迷惑だが……


「じゃあ最後に僕かな? 僕は天城洋。固有スキルはウェザーリポート。要するに天気予報が分かるんだ。視界の片隅に、この街の現在地と、湿度、それと花粉警報とか大雨警報がわかるよ。内容は元の世界のニュースで流れてるあれとおんなじ。ま、よろしく頼むよ」


 最後のやつもなんともまあ香ばしい能力者だった。天気予報て。まぁ超健康の俺に言われたくはないだろうが。


「天気予報か。それはそれで便利だな」

「それって雨を降らせたりする事とかはできないのか?」

「出来たらここに居ないと思わない? つまりはそういう事だよ」

「だよなぁ」

「何はともあれ、手持ちの金は大切に使おうぜ!」

「おう!」


 俺、レオ、洋の三人は早速空腹を満たしにそれっぽい喫茶に入り、各々注文した。

 なんだかんだ言って異世界の料理と言うものに興味は尽きないわけで。

 意外と美味しくいただきながら料金を支払って店を出る。

 

「いやー、うまかったなぁ、異世界メシ!」


 レオの晴れ晴れとした声に、俺は少し考えるようにしながら声を絞り出す。


「なぁ?」

「なんだ?」

「栽場君の言いたいこと、僕もなんとなくだけどわかるよ」


 洋は同意してくれたがレオはまだよく分かっていないようだった。

 

「確かにメシは美味かった」

「だろ?」

「でも値段おかしくね?」

「それ僕も思った。なんでパスタを食べて支払いは金貨なのかってね。あれって結構上の方の金額だよね? ここじゃまるで日常的に使われてるチップみたいに使われてたよ」


 そこなんだ。俺たちは確かに手切れ金として結構な大金である金貨を各々10枚いただいた。

 しかしさっきの喫茶店で金貨を1枚から2枚支払っている。ちなみに食べたのは軽食もいいところ。

 端的に言ってこの手切れ金、少なすぎねぇ? と思うところなのだ。


 周囲にはファンタジーな住人と、魔法チックなアイテムの数々。もちろん支払いは金貨。

 とてもじゃないが手持ちで支払える額ではない。

 明らかに住む世界が違うと言わんばかりの周囲との差に耐えきれず、俺たちはそれらをガン無視して煌びやかな世界に別れを告げた。


 歩く事十数分。周囲の人々の装いに少し貧相な感じが出てくる。

 そういえば町の作りもどこか小汚い。

 どこかで区切りがついていたのだろうか?


「なんか町の外観っつーか雰囲気? 変わった?」

「っぽいな」

「さっきの場所は貴族街で、ここは城下町らしいよ?」


 訳知り顔で疑問符を浮かべる俺たちに洋が声をかけてくる。


「へー、ウェザーリポートってそう言うのも分かるのな」

「まぁね。天気予報ってまずは地名がわかることが前提なところあるでしょ? だから今いる場所の天気予報を確認するとここがどこだかが見えるんだ」

「便利じゃん」

「それぐらいしかできないけどね」

「でもなんもわかんねーより全然気分が楽だわ。サンキューな、洋」


 俺たちは城下町を練り歩きながら、やけに武装した連中とすれ違うことに気づいた。

 会話を盗み聞きしてみると、『冒険者ギルド』と言うワードが聞こえた。

 こう言うところでレオのオタク知識が生きてくる。なんでもこの手の異世界召喚では冒険者ギルドに登録しておくのがお決まりのパターンらしい。

 身分証明書も何もない俺たちの身元保証人をギルド側が受け持ってくれるらしい。

 代わりにギルドや町の住人からのお手伝いをする事で恩返しをするそうだ。

 それって要はアルバイトみたいなもんだよな?


 レオは冒険者になる気満々だったみたいだけど、俺と洋はどこか不安が募っている。

 そもそも俺たちは固有スキルからしてハズレ。

 レオの語る定番のアニメは超優遇されての異世界スタートという事なので色々と心配ごとが尽きないのだ。


 前を歩く能天気なレオについていきながら、俺たちはある程度の覚悟を決めてから道ゆく人に聞いたその場所、『グランツ王国冒険者ギルド・城下町支部』を尋ねた。




「それじゃあこれがライセンスカードよ。首から下げておいてね」


 俺たち三人はこの度晴れてここ、グランツ王国の城下町にあるギルドでFランク冒険者としてデビューする事になった。


 冒険者ギルドはもっと怖いお兄さん達が屯するおっかない場所だと思っていたが、清掃が行き届いたオシャレなカフェの装いで、受付のお姉さんはとても分かりやすく仕事の説明をしてくれた。


 まず冒険者とは誰でもなれる分、割りの合わない仕事がすごく多いらしい。


 ランクが低いうちは危険度が低い代わりに手取りの少ない仕事が多く、多くの冒険者がさっさと上に駆け上がっていくのだとか。

 いわばお試し期間の様なもので、これだけ持っておいて身分証明書がわりにする人も多いらしい。

 冒険者という仕事は煌びやかなものじゃなく、きつい仕事も多い。高いランクの人を見て憧れだけで入る人を素質があるかどうか査定するのも担ってるんだって。


 特に好んでこんな仕事をしたがる人って限られてる。もともと戦闘民族ばりに好戦的で、死と隣り合わせの生活に慣れちゃってる人たちだ。

 現代日本からこっちに無理やり連れてこられてきた俺たちがそんな相手と競い合ってもハズレトリオの俺たちじゃ高が知れてるわけで……


 因みに頂いた固有スキルも謎に満ちている。

 わかりやすい能力ならいいんだが、俺のスキルは超健康。示される表示はこれだけなんだよ。


『超健康LV1』

 ★栽場 有樹


 これで何をどうしろって言うんだって感じで手の施しようがない。他の二人も似た様なもの。

 スキル名とレベルが出てきて、それ以外は何もないって。これが当たりとハズレの格差かとみんなで凹んだものだよ。


 初めての仕事は皿洗いを選択した。

 土地勘の一切ない場所での薬草積みとか自殺行為そのものだ。この辺では日が落ちれば獣も徘徊するという。

 レオは絶対安全だと薬草摘みを勧めてきたが、それ以前に俺たちは外に対する危険をもう少し警戒したほうがいいと思う。

 通学中だった為に着の身着のままのの学生服。

 もし脅威と遭遇しても対抗する武器すら持ってないと言う事を忘れてないだろうか?


 逆に皿洗いだったら家やアルバイトで誰でも一度くらいはやったことがあるだろう。

 それこそ体力勝負。体力の有り余ってる高校生男子にとってうってつけのアルバイトとも言える。


 その店では昼から夕方に立て込むらしく人手が足りないらしい。短期アルバイトとしてみれば十分な賃金が見込める。

 何よりも賄いがつくのが俺たちにとっては嬉しい。金こそあるが、稼げない身。

 これが最後の命綱なので、金貨はストレージの奥に大切仕舞い込んである。


 レオの奴はそれを入れるだけでスキルを無駄使いしている状況。早くなんとかしてやりたい。


「お疲れさん、今日は助かったよ。残りもんで悪いけどたくさんあるから食ってきな」

「「「頂きます!」」」


 超健康のスキル効果なのか、俺は他の二人に比べてそれほど身体が疲れたようには感じなかった。

 だが空腹は流石に限界だったので、腹に入れたスープは体に染み渡っていくようだった。


 空腹は最高の調味料と言うが、本当だな。

 俺たち三人は、定食屋の女将さんをビックリさせるほどに平らげ、店を後にした。


 一応だが、宿は取ってある。

 ベッドは一つしかないが、気候が安定しているので床に寝転がってもどこか暖かく、レオなんかはまっ先に床に大の字で寝転ぶ。

 俺はソファを選び、悩んだ末にベッドを洋が使う感じで場所が決まった。


 そこは冒険者割引の効く宿で、稼ぎの少ないFランクのウチは世話になっておけとギルドから教えられた場所でもあった。


「いやー、今日の仕事は疲れたな」

「そうだね。でも栽場君はまだまだ平気そうだね」

「そうなのか?」

「ああ。俺は昔から家の手伝いでこの手の仕事をこなしてきたからな。体が覚えていたんだろう」

「へー、栽場君の実家ってそう言う系?」


 洋が興味深々とばかりに身を乗り出して聞いてくる。レオは流されるまま、耳を傾けていた。


「爺ちゃんがレストランをしててさ、お袋が実家に帰った時はよく手伝わされたんだ。でも、それも中学までな」

「あ……ごめん、変なこと聞いたね。忘れて」

「別にうちの爺ちゃんはピンピンしてるよ。あのクソじじい、今時レストランは流行らんとか見切りをつけて、今は団子屋始めやがったんだ。振り回される方にもなってみろってんだ」

「なんと言うか……やたらとアグレッシブなお爺さんだね」

「そうだろう? 洋もそう思うよな?」


 俺はうんうんと唸りながら、頭の中でワガママな祖父を罵った。

 それからは互いに家族の話をしながら夜はゆっくりと更けていった。



 翌日。

 冒険者ギルドに出向くと、受付のお姉さんと定食屋の女将さんが何やら言い合いをしていた。

 もしかしてレオのやつがこっそり皿でも割っていただろうかと顔を見る。


「なんだよ?」

「いや、誰かがミスしたと思って」

「それでどうして俺を見るわけ?」

「なんとなく?」

「ひでー」


 レオは苦々しく唸った。

 ドウドウ、落ち着け。悪気はないんだ。


「どうかしたんですか?」

「あ、ユウキ君。それがね、こちらのミゼットさんが、あなた達に是非今後とも働きに来てもらいたいって来てて」

「え?」


 どうも定食屋の女将さん、ミゼットさんは俺たちを見て今は出てってしまった息子さんを思い出してしまったらしい。


 いったい誰を見てその息子とやらを思い出したかが謎だが、詳しく聞くのもまずそうだ。

 それ以前に俺たちとしては願ったり叶ったり。

 確かに大変だった分、出された食事は格別な味がした。もし同じ内容の仕事があったらまたやりたいなんて昨日話していたばかりだった。


「もちろん、俺たちとしては助かりますけど。なぁ?」

「おばちゃんの作る料理はうめーからな。俺は構わないぜ?」

「僕も今はまだ外に出る時ではないと思っています。それに一度体験させていただいた場所でしたら安心できますし」

「じゃあ決まりだね! シェーラ、この子達はウチで預かるよ」

「ちょ、ミゼットさん!? その子達はうちの新人冒険者で……」

「そんなよくわかんない仕事押し付けて、ウチの倅はいつまで経っても元気な顔を見せにこない。いったいどんな教育をしてるんだい?」


 ちょっと雲行きが怪しくなってきたぞ?

 ミゼットさんは険しい剣幕で受付のお姉さんに食ってかかっていた。

 このままじゃまずい。誰が見てもそう言う雰囲気が漂っている。


「まあまあミゼットさん。息子さんは今、色々と自分の力を試しているんでしょう」

「そ、そうです! 男の子は誰だって自分がどこまでやれるか知りたい生き物なんです! 私達はそう言う若者を応援するお仕事で……」

「そうは言うけどね、手紙一つ寄越さないなんてあたしは聞いてないよ? あの子は昔っからあたしにべったりの弱虫で、だから安心させようって冒険者になるだなんて言って出ていっちまった。あたしゃあの子にそんな事望んじゃいなかったってのに……」


 俺は洋をチラリと見る。

 洋は「なに?」と訝しげな視線を俺に向けた。

 俺は「なんでもない」と言いながら受け流すようにして視線をミゼットさんに戻した。

 弱虫ってワードについ洋を当てはめてしまったが、彼からしてみたら憤慨ものだったらしい。許せ。


「まあまあ、俺たちがミゼットさんのところでお世話になりますから。今はそれでいいでしょう?」

「ちょっと、ユウキ君!? 冒険者のお仕事はどうするの?」

「シェーラさん、この場はそういうことにしておいてください。それにあまり大ごとになると後々大変でしょう?」


 俺は周囲を見渡し、シェーラさんにもそうするように促した。

 そこには何事かとこちらを見守る冒険者の人々。

 完全に注目の的だった。

 俺たちはミゼットさんの背中を押しながら、逃げ出すようにして冒険者ギルドを後にした。




「悪いね、しみったれた話をしちまって」


 ミゼットさんが涙を拭いながら俺たちに謝罪する。


「いいんですよ。ただ女将さんが冒険者をあまり良くないと思っているのにもかかわらず、どうして今も冒険者に仕事を頼んでいるんですか?」


 洋の言葉のナイフがミゼットさんに斬りかかる。こいつは目上の女性であろうともブレない奴だ。ある意味レオよりも末恐ろしい。


「それは……」

「言いたくないなら言わなくてもいいですよ。それよりも店を開けましょう。きっと女将さんの料理を食べたいお客さんがお腹を空かしてお店の前で待ってますよ?」

「そうだね、あたしとした事が、しんみりなんて似合わないってのに。あんた達に弱いところ見せるなんてらしくないね。さぁ、今日もビシビシ行くよ! ついてきな!」

「「「はい!」」」


 ミゼットさんの言葉通り、今日の皿洗いは過酷過ぎた。なまじ作る量が先日よりも多い分、皿洗いにかかる負担が大きかった。


「ちょっと休憩」


 まず最初にレオが倒れた。軟弱な奴め。

 そこは見た目的に一番ひ弱そうな洋が先に弱音を吐くところだろうに。

 一方、洋といえば流れてくる洗い物を卒なくこなしている。こいつ、なかなかやるな?

 俺は洋と意地の張り合いをしながら、午前中の皿洗いを終わらせた。



 僅差で洋の洗った枚数を上回る。

 執念の勝利である。なんの勝負をしてるんだかと思わないで欲しい。男ってのはこういう生き物なのだ。そこにライバルがいる。それだけで俄然やる気が違ってくるんだ。


 それはそれとしてレオも洋もヘトヘトでもう一歩も動けそうもない。だが俺は超元気だ。

 見ればレベルが上がっていた。


『超健康LV2』

 <付与対象者>

 ★栽場 有樹

 ★

 持主 レオ

 天城 洋 


 黒い星がついてるのが俺。

 そして今まで出てなかったところに二人の名前が出ていた。

 余ってる★マークは一つしかなく、選べる対象は一人だけってことか。

 俺は確証を得るために、一番最初にへばったレオに付与を与えてみた。

 すると……



「俺様、ふっかーつ!」

「うわ、どうしたの急に!」

「なんか急に疲れが吹っ飛んだ。超元気!」

「なんか変なものでも食べた?」

「失礼な。飯ならこれから食うんだよ。先にいってるぜ!」


 そう言ってレオはスタコラと持ち場を去ってしまった。それを不思議そうに見つめる洋。

 こちらを振り返り疑惑の眼差しを添えてくる。

 やっぱり俺の仕業ってバレるか。


「栽場君、持主君に何かした?」

「実は俺のスキルが上がっててな。ちょっとした検証も兼ねてレオを超健康の付与対象者にしたんだ」

「なるほど。でも経験値を得るトリガーがわからないよね?」

「これは憶測だが、俺が健康を害する行為を取れば取るほど、だと思う」

「ハッキリしないね?」

「まだ何もわかってないからな。それは洋も一緒だろ?」

「だね」

「だがもし、俺の仮説が正しかったら……」


 俺は多分だが、この世界で切り捨てられて初めてワクワクしていると思う。

 やはり不要と切り捨てられるのは如何なポジティブ精神を持つ俺とてクるものがある。


 それを空元気で気にしてない風に振る舞っていたが、精神的疲労が募っていく一方だった。

 そこに来てこれだ。もしもその枠がレベルアップと共に増えていくのなら、これって十分にチートなんじゃと思える。


「うん、これはきっと今後有用になっていくと思う。次は僕にも付与してね?」

「勿論。仲間だろ?」

「うん、それよりも早くテーブルに向かおう。持主君が元気になったって事は……」

「ああ、アイツのことだ。全部食べられてる可能性もあるな」


 俺と洋は頷き合い、その場をダッシュで後にした。


 食事には無事にありつけたが、やはりあのボウズ頭がだいぶ食い散らかした後だった。

 だが皿洗いの即戦力として役に立ってもらう上では外せない、重要な役目が待っている。


「レオ、食った分はちゃんと働けよ?」

「おうよ、元気いっぱいの俺様に任せておけ!」

「直ぐ調子に乗るんだから」


 だが、見違えるような動きで働き始めるレオに若干羨ましげな視線を送る洋。

 次いで俺の方をじっと見る。わかってるわかってる。次はお前を対象にしてやるから、そんな拗ねたような顔すんなって。


 午後の皿洗いはさらに過酷さを極めた。

 昨日訪れた時よりも人数は1.5倍ほど増えていた。



「ミゼットさん、いつも混雑時はこれくらいですか?」

「いいや? あんた達が来てからと言うものの、回転率が上がったのかやけに多く感じるね。注文をとりにいったトトリがてんてこまいで目を回してるよ」

「ありゃ」


 トトリと言うのは近所に住んでる同じアルバイト仲間のことだ。冒険者としてやっていくには腕っ節が細過ぎてその道を諦め、一度は俺たちと皿洗いで競い合ったりもしたが、レオ以上におっちょこちょいでよく皿を割ることから洗い場を出禁にされている。

 しかし記憶力は良く、見目もいいので注文の取り付けの時だけ彼女は機能した。適材適所という言葉がこれほどしっくりくる子も珍しい。


「栽場君……もしかして君のスキルが悪さしてるんじゃない?」

「悪さとか人聞きの悪いことを言うな」


 洋が声を潜めて話しかけてくる。

 俺もそれに対応し、ヒソヒソと声を潜めた。

 俺の能力がこの店の回転率に関わってる。そう勘ぐりを入れてきたのだ。


「でも、聞いた話じゃ食べたお客さんの健康状態が改善したって聞くよ? これはどう考えても君が関わってるよね?」

「うむ、だが俺にもよくわからないんだ」

「表示上は何も変わらないの?」

「ああ」

「じゃあ何も確証が得られない感じなんだ」

「面目ない」

「良いよ。それとさっきの付与の事だけど」

「ああ」


 もちろん次はお前を候補に上げているぞ、洋。


「先にトトリちゃんにしてあげてくれる?」

「良いのか?」


 洋は無言でうなずいた。男だな。

 自分より先にひ弱なトトリを優先する辺り、洋の男気が見て取れた。


「別に俺は選択するだけだから良いけど、だがそれ以前に選択肢に彼女が出てこない。まずはこの条件から探す方が先だな」

「なるほど。選ぶと言っても目視で認識する形じゃなく、表示されているメンバーから選択する方式か。それは厄介だね」

「そうだ、まずは握手から初めてみるよ。俺たちがしていて、彼女や女将さんにしてないことから探って行こう」

「そうだね」


 ヒソヒソ話を打ち切り、流れ込んできた食器を片していく。食洗機ならぬ、乾燥機なるものが存在するこの世界。洗い手さえいればいくらでも食事を提供できるらしい。


 それよりも逞しいのがミゼットさんだ。

 なんであの人は店に入りきらない人達の料理を提供し続けられてるのだろう。

 そんな事がふと気になった。




「レベルが上がった」

「なんの話だ?」

「ああ、実は」


 俺からの告知に、話についていけないレオが眉を顰める。洋はようやくかと言う顔で俺をみた。


 俺はレオに固有スキルのレベルが上がっていたと言う話を持ちかけた。

 それとここ最近レオの調子が良かったのも俺のスキルのおかげだと伝える。


「ほぇー、そうだったんか。道理で毎日元気が有り余ると思ってたぜ」

「わかってた話だけど、今回はまた随分とかかったね」

「だな」


 レベル1から2へは、アルバイトをして二日目で。そして2から3は地味に倍の日数がかかっている。分かっていたことだけど、一度体験して乗り越えた負荷は次の経験値に加算されない様だった。これって結構しんどいのでは?


 定食屋はあれからも日に日に客足が増え続け、トトリに至っては既にグロッキー状態だった。

 俺とレオはスキルのおかげで元気そのものだが、洋は疲れが蓄積している顔をしていた。

 女将さんもどこか疲れた様な顔色。

 つまりここにいる全員がトトリのような状態になるまで時間の問題ってことだ。


「で、良いんだな?」

「男に二言はないよ」

「だから俺をハブんなって!」

「実はな……」


 俺はハブられてキレ気味のレオに洋の思いを伝えた。

 洋としては、あまりレオに知られたくなかったみたいだ。


「なるほどな、あの子に惚れたか?」

「だから持主君には知られたくなかったんだよ」

「照れるなって、でもそっかー。洋はああ言う感じがタイプなんだな?」

「別に、そう言うわけじゃないけど」


 すぐに恋愛に掛け合わせてくるから嫌だったんだと洋は肩を竦める。

 まぁ健全な男子高校生が色恋に興味がないと言えば嘘になる。

 トトリは確かに美少女寄りの顔立ちをしているんだが、その無茶苦茶すぎる性格を目の当たりにしている俺とレオとしては無しに分類された。

 恋人にするならもう少しおしとやかな方がいいと思ってしまうのだ。


 洋からしてみればそんなものは男の幻想だって言う。こうも話が噛み合わないのは彼は兄弟に女が多く、そのあり得ない生態系を垣間見た挙句に幻想を抱かなくなったようだ。


 異性に対する意見が厳しい裏には過去に暗い歴史があったんだな。

 それはさておき、


「それじゃあ設定するぞー」

「よろしくー」


『超健康LV3』

 <付与対象者>

 ★栽場 有樹

 ★持主 レオ

 ★トトリ

 天城 洋

 ミゼット


 となった。

 ちなみに悩んでいた対象者の選別は、一定期間同じ空間にいて、なおかつ握手なり接触している事、そして俺が気を許せる相手である事かどうかが条件である事がここ数日で判明した。

 一度設定したら二度と取り外しはできないので注意が必要だ。付け替えできれば万能だったんだが、そうもいかないらしい。中途半端に使い勝手が悪いが、それもまたやむなしだ。


 ミゼットさんもここ最近の忙しさで腰痛を訴えているし、洋が終われば次は彼女にも健康になって頂くつもりだ。

 一応雇用主。働き先がなくなると困るのは俺たちの方だからな。


 それとこれだけ長い間一緒にいれば情も湧いてくる。目の前で苦しそうな思いをしている人を放っておけない、救ってやりたいというのは偽善だろうか?

 俺はそうだと思わない。だってこのスキルは何かを施してやることじゃないからだ。


 例えば身体から疲れがなくなる。寝たらどんなに睡眠が浅くても次の日はスッキリして疲れが全てリセットされる。

 これは人間が最初から持ってる機能だ。それが年々歳を重ねて無理がたたってきた。

 俺の能力はそれを元の状態に戻すだけだ。

 だからこれはちょっとした恩返し。それっぽっちの能力なんだ。

 


「俺からも何か彼女にフォロー入れとくか?」


 俺が一人で自己完結してる横で、チャチャを入れるレオ。洋もそれにつられてムキになっていた。


「やめて!」

「やめてやれ。これはあくまで俺たちなりの恩返し。ちなみに設定された対象は途中で変更できないからレオは洋の覚悟を無駄にさせるんじゃないぞ?」

「俺、そういうの嫌いじゃないぜ」

「それに次は洋も対象に入れる予定だ。俺たちは俺たちの仕事をしようぜ」

「おっしゃー、今日もバリバリ働くぜー!」


 元気の有り余ってるレオは、皿を割りそうな勢いで汚れた皿を処理し始めた。俺達もそれに倣って仕事を始める。

 レオは調子のいいやつだが、見てて楽しいやつでもある。ちょっとしたことだけでもそれで俺も洋も元気をもらえていた。



 そんな俺たちの頑張りは、違う形で定食屋に災いをもたらした。それが……


「食材が、足りない」



 と言うものだ。

 普段より2倍は客足が伸びているので、買い付けた食料が予定より早く底をつき、なおも店待ちの客足が増えていく一方。


 普段は裏庭で育てた新鮮野菜で急場を凌いでいたが、それも何処からか入り込んだ野生の獣の被害でここ最近はあまり世話になってないと聞いた。城下町にもそういった獣が多く隠れ住んでいるという。

 ネズミとかそういった害獣が居るのだろうか?


「俺たちの能力でなんとか出来ないかな?」

「なんとかってどうやって?」

「言っとくが、体力こそついたが獣相手にどうこうできる術はないぜ?」


 レオの正義感溢れる言動に、自分たちの頼りなさを根底に置いた洋の言葉が深く突き刺さる。

 俺もそれに同意し洋に続いた。


 特にファンタジーの世界の獣は想像よりもだいぶ凶暴だと聞く。

 多少運動神経がいいくらいの高校生が三人で立ち向かったところで明日の朝刊で悲報が届くだけだろう。


「肉とかは冒険者ギルドに掛け合えば融通してくれるんだけどね、問題は野菜だね。ボリュームを出す上でも、脂の吸収を促す意味でもうちの定食屋にゃ必須アイテムだよ」

「じゃあ城下町の八百屋に掛け合うとか?」

「とっくに掛け合ってるよ。それでも間に合わないんだよ。いまだ来客数は増えていく一方さ」

「せめて野菜が被害に遭わなければいいんですよね」

「取り敢えず獣避けか何かから始めるか」

「それしかないのかねぇ……」


 ミゼットさんは困り果てたような顔をしていた。

 なんとかしてやりたいと思うが、俺たちはハズレトリオ。健康なだけが取り柄の男子高校生には手に余る問題だった

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