第110話 サロニアム帝領墓地
「リヴァイア、覚えているか? あたしらがオードールの宿屋で、深夜に魔法使いイルレと遭遇したこと」
「ああ、あれは絶体絶命の瞬間だったぞ」
「あんたは不死不弱の身体だから瀕死しても、しばらくすれば回復するが、イルレが本気になっていたらと思うと……、あたしとシルヴィは即死だっただろうな」
飛空艇ノーチラスセブンのデッキから、流れる雲を見ているのは聖剣士リヴァイアと、彼女の想像上の上級騎士フラヤである。
「リヴァイア……聞いてくれ。あたしは、敵国の魔女イルレと二人きりで、彼女の心の内を知る機会があったんだ」
「……そうなのか?」
聖剣士リヴァイアが上級騎士フラヤの横顔を見る。
「あたしらが宿屋の一件で、やらかして……。そんでもって、エアリー姫さまとフラヤの計らいで、飛空艇に乗せてもらって、魔法都市アムルルへと逃避行をして……。数日後にアムルルの丘の展望台で、あんたはイルレと話したっけ?」
「見ていたのか?」
「あたしは、あんたが魔法使いイルレと会う前に、先に会っていた。まあ、買い物帰りで偶然だったけどな。イルレからエアリー姫さまの護衛を頼まれたっけ」
魔法都市アムルルで、盟友フラヤがリヴァイアに教えてくれた、上級騎士フラヤと魔法使いイルレの物語――。
「あたしとイルレは、丘の上の石造りの展望台で、こういう話をしたんだ……」
*
「スカルザンデって言うんだな。最強クラスの魔法使いイルレが、何としてでも
魔法都市アムルルの丘の上にある石造りの展望台、そこに置かれてある同じく石造りの椅子に、上級騎士フラヤは腰掛けた。
フラヤ?
ああ、実はそのときに知ったんだ。
「あんたが信じるネプトドラゴンが、スカルザンデとバトルすることになって、
そしたらイルレは、「ラ、ラグナロクの使い手……。何が言いたいんや!」と、杖を振り回して怒ったっけ。
魔法都市アムルルでもイルレを怒らすとは……相性が悪いぞ。
あたしは、「リヴァイアと似ているな!」と笑ってやった!
我を巻き込んだか……。
「し、死ねない英雄と……? だから、フラヤは何が言いたいんや!」
隣に座っている魔法使いイルレが、石造りの椅子から立ち上がり、杖を更に振って怒った。
あたしは、「イルレ、聞いてくれ」と彼女を諭して、
「サロニアム第7騎士団長として、サロニアム騎士団のトップに君臨してきたが……。あたしは聖剣士になれなくて悔しいんだ……」
「……」
目を丸くしてしまう魔法使いイルレ。
杖を握っていた力を抜き、あたしの見ながら石造りの椅子に座った。
「フラヤ、正気か? 聖剣士になったら、
「ネプトドラゴンが内海に沈んでから、イルレ……あんたは死のうとしたんだってな」
「あたいの話を聞け! ……って、な……なんで知ってるんや!」
「エアリー姫さまから、あんたの生い立ちを少し聞いたんだ」
そ、そんな……と怒りから驚きの表情に変わった魔法使いイルレ。
立ち上がると前へと歩き出す。
「姫……」
イルレが見つめる先には、魔法都市アムルルの街並みと砂浜の向こうの内海の風景。
「姫……なんで、喋ったんや……。……のですか」
よりにもよって敵国の騎士に教えたなんて……恥ずかしいのだろう、イルレは杖で自分の顔を隠した。
『イルレちゃん……。あなたが死んだら、今度はボクが孤独になるんだよ』
思い出したのは、守護獣ネプトドラゴンが内海に沈んでから、殉死したい自分の気持ちに気が付いたエアリーからの説得の言葉だった。
「あたいは、
姫の傍遣いとして、ガードの役目を担った魔法使いイルレ。
上級騎士フラヤも立ち上がると、魔法使いイルレの隣へと歩いて行く。
「エアリー姫さまを孤独にさせないためにも、姫の身を
「あ、当たり前や!」
――魔法都市アムルルの上空を、杖にまたがった魔法使いたちが飛んで何処かへと向かっていく。
サロニアムの騎士として、上級騎士フラヤにはその光景が珍しく見えたのか、魔法使いの一人ひとりを目で追っていく。
「魔法都市アムルルの魔法使いたちも、魔導士村の最強クラスの魔法使いたちも、それからキールル一族の誇りだった守護獣が海に沈んで」
「……やめろら、フラヤ。お、思い出させるな」
真っ直ぐアムルル沖の内海を眺めながら、彼女を叱る。
上級騎士フラヤは、視線を横にいる魔法使いイルレに向けると、
「本当は……殉死。あんた、死にたいんだろ?」
彼女の本心だろう……その言葉を率直に言い放つのだった。
「……」
イルレは横に立つフラヤを無言で見る。
「でも、死ねない。死んではいけない。エアリー姫さまのためにも、姫を孤独にしてはいけないという命令、絶対なんだろうな」
「ス、スカルザンデに、あたいは心を傷つけられたんやぞ。あたいを、そうやって追いつめると、更に傷つくんやから……」
「ほら! スカルザンデを倒すまで、死にたくても死ねないあんたと、聖剣士は同じじゃないか」
守護獣ネプトドラゴンの仇を取るまでは、死ねない。
ラスボス――オメガオーディンを倒すまで、大海獣リヴァイアサンの毒気の呪いは解けない。
上級騎士フラヤは、二人の境遇を同一に語った。
「……し、死ねない英雄と一緒にすんなや。所詮は、敵国の元サロニアム第4騎士団長やぞ」
「そうだ……、その通りだ。イルレ」
「フラヤは、ずっとリヴァイアの傍にいたんやろ? だったら、聖剣士と称されているが、不死不弱の呪いと一体になってしまったリヴァイアに……あんたは、なりたいんか?」
魔法使いイルレは、自分が先に行った質問を、ここでもう一度
「そりゃ、呪いは勘弁やな!」
「……また、そうやって、あたいの
やはりフラヤは、訛でイルレを
「この異世界のラスボス――オメガオーディンを封印して、サロニアム王から賜った称号――聖剣士。サロニアム騎士団のトップに君臨しているあたしだが……。上級騎士と称されてはいるが……」
視線を魔法都市アムルルの風景へと向けたフラヤが、遠い目をする。
「いるが……なんや?」
魔法使いイルレは、彼女を見たままだ。
数秒、沈黙した上級騎士フラヤは、風景に向けてこんなことを言うのだった。
「姫に慕われているイルレ、王から感謝された聖剣士。騎士なんて、結局は、王に捧げる軍人という駒だ。あたしが魔族に殺されても、サロニアムの
それから、両手を腰に当てて大笑いをする。
「じ、自分の
ツッコムのは、隣に立つ魔法使いイルレ。
「もしも、聖剣士が死ねることができて、死んだとしたら……。この異世界中にリヴァイアの石像が祀られるだろう。最強クラスの魔法使いイルレがエアリー姫さまのために、魔族たちへ
「あんたにも、ラグナロクの使い手という立派な二つ名があるやないか」
イルレも魔法都市アムルルの風景へ目を向ける。
「でも、あたしは騎士であり軍人だ。あたしの墓標に捧げられるのは……サロニアム騎士団
上級騎士フラヤは、魔法都市アムルルの空を見上げた。
「誰も泣いてくれない……。あたしは、ただの儀式の主役だから」
魔法使いイルレは視線をそのままに、
「……王に捧げた命やないか」
「あたしが死んでも、誰も泣いてくれないのは……帝領墓地は神聖な場所だからだろう。ゾゴルフレアの元道化師だったあたしだぞ。誰もかれもを笑わしてきた……。元道化師として、せめて騎士たちに泣き笑いくらい認めてほしいな……」
そしてフラヤは、自分の最期を皮肉に語って話を締める。
「それで、ええやないか……。軍人なんやから」
軍人――
王に、姫に、自分の命を捧げ敵兵や魔族たちと戦う者。
戦死した
「そうだな……。あははっ!」
また、上級騎士フラヤが高笑いをする。
続く
この物語は、フィクションです。
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