第6話 例のごとく遅刻する話
睡魔の真っ只中にあった俺を叩き起こしたのは、携帯の着信だった。
「っ」
昨日も夜遅くまで起きてたせいか、やけに目蓋が重い。
頭もぼんやりしており、まともに脳が動いてないのが分かる。
いっそ二度寝しようかと思ったが、あまりに姦しい着信音のインターセプトが入った。
「誰だよ」
やおらにスマホを手に取り、画面を見遣る。
――天ヶ瀬シア。
あまがせ、シア……?
……ああ、そっか。
何で学園の天使姫から着信が? と思ったけど、そういや昨日、連絡先を交換したんだった。
「……出るか」
一瞬気付かなかったフリをして二度寝しようと思ったが、ギリギリのところで良心が勝った。
通話ボタンをタップ。
耳元にスマホを持って行く。
「……もしもし」
『もしも――……あの、十時くん、もしかしなくとも寝起きですか?』
俺のテンションと声の低さから看破したんだろう。
ちょいと声音が冷たくなった気がした。
「まさか。ちゃんと十秒前に起きたよ」
『それを寝起きと言うんですっ。今、何時だと思ってるんですか? もうホームルームが終わっちゃいましたよ』
控えめながらもしっかりとしたお叱りを聞きながら時刻を確認する。
八時四十分。
なるほど。確かに遅刻だ。
「まあ気にしなさんな。稀に良くあることだ」
『……そう言えば、十時くんは結構遅刻してましたね』
電話の向こうから溜め息。
そうそう。大体週に一、二回は遅刻してんのよな。
『夜更かしはいけませんよ』
「オカンか」
『ただの同級生です。もしかして小説ですか?』
見事に正解を当てられ、一瞬肝が冷えた。
……そういや天ヶ瀬にはバレたんだったな。
とは言え、いきなり話題に出されると心臓に悪い。
おかげで目も覚めちまった。
「そんなとこだ。気が付いたら三時になっててな」
ほんとは四時。ちょっと鯖を読んだ。
いつもはストレスと戦いながら執筆するんだが、昨日は珍しく筆が乗ったんだよな。
おかげで今日のノルマは、ほとんど終わったようなものだ。
そう思うと途端に気分が良くなってきたな。
『さんっ……寝過ごすわけです』
執筆を止めたのが四時ってだけで、何なら就寝したのは五時前だけどな。
ほら、ソシャゲのデイリーとかもやんないとだし。
高校生は無暗に課金なんか出来ないから、デイリーの報酬を逃すわけにはいかないんだ。
「それで、わざわざ電話をくれるってことは、何かあったのか? 誰かが捕まったとか」
うちのクラスは、バカが多いからな。
覗きをして捕まったと言われても納得しちまいそうだ。
『そんなわけないしょう……。ただ心配だったから連絡しただけです。まあ十時くんの遅刻癖を鑑みれば、余計なお世話だったわけですが』
「いやいや。んなこたないよ。おかげで二時間目には間に合いそうだ。あんがとな」
多分天ヶ瀬からの電話が無かったら、午前中は完全にブッチしてた。
で、結局午後もサボって欠席することになってたに違いない。
『それなら良かったですが』
「で、例の件についてはどうする? 早速今日から行くか?」
青春手帳のことだ。
素直に口にするのは、こっ恥ずかしかった。
『えと、私は大丈夫ですけど、十時くんの方は大丈夫ですか? その、予定とか』
「全然。寧ろ今日はメチャクチャ余裕がある日だ」
夜更かしした甲斐があったというわけだ。
『それじゃあお願いしても良いですか?』
「おう。ちなどこに行くつもりだ?」
『ありがとうございます。ちょっと待って下さいね。まだ決めてなくって……ああ、もうこんな時間っ』
あと一分もしないうちに一時間目が始まりそうだった。
周囲の喧噪も聞こえないし、多分、踊り場辺りで電話してんだろうな。
「今すぐ決める必要はねえよ。行くのは放課後なんだから」
『はい。休み時間に考えようと思います』
真面目だなぁ。
俺なら授業中に考える。
『では、そろそろ授業が始まりますので失礼しますね』
「おう。私語をせず、ちゃんと真面目に受けるんだぞ」
『……十時くんだけには言われたくありませんが』
仰る通り。
ケラケラと笑いながら通話を切った。
「……ふぅ」
――にしても、昨日は随分濃い一日だったな。
画面に映る天ヶ瀬の名前を見ながら、そんなことを思う。
執筆のために授業をサボったら、露オナに励む女子と遭遇して。
それがまさかの学園の天使姫で。
行きつけの喫茶店で事情を聞いたら、こっちの秘密もバレるなんて憂き目にあって。
図らずも互いの秘密を握り合い、何やかんやあって彼女の青春手帳を埋める手伝いをすることなって。
結果、彼女と連絡先を交換することになった。
うん、ほんと濃い一日だ。
しかも、たった数時間。
会話時間に限れば二時間も満たないというのに、たったそれだけの時間で俺たちの関係は、ただのクラスメイトから知人や友人とは違う、謎の関係へと発展した。
天ヶ瀬の連絡先を知ってる男子とか、俺くらいなんじゃねえかな。
「他の男子からすれば血涙もんだろうな」
――特に露オナ。
すぐに顔を逸らしたとはいえ、あの光景は今も脳裏に焼き付いている。
それだけ想像を絶するインパクトだったのだ。
そこに艶やかな喘ぎ声まで加算されると、良からぬ情緒が沸き上がりそうだ。
邪な感情を振り払い、登校の準備に移った。
俺が学校に着いたのは、二時間目が始まって少し経ったくらいだ。
ガラリとドアを開けると、クラスメイトたちの視線がこっちを向いた。
お、先生まだ来てねえじゃん。
ラッキー。
数学は出席日数が一番少なかったからな。
間に合ってよかった。
や、間に合ってねえんだけどね。
「おはよー、よるよる」
「おはよ」
「ん」
綾人と要の挨拶に軽く手を挙げて返し、席に着いた。
数学の教科書を取り出していると、
「あ、そういや、よるよる。おめでとうございまーす」
軽い調子で綾人がそんなことを言ってきた。
「? 何の話だ?」
「え? 天ヶ瀬さんと恋人になってんでしょ?」
「誰だよ、んな適当なこと抜かしたのは」
「違うの?」
「違えよ」
俺が否定すると、綾人は疑問符を浮かべながら下手人の方を見た。
「かなかな?」
やっぱお前かい。
余計な発言をした要にジト目を向けたが、要は飄々とアルカイックスマイル。
こいつ。
「……妙に視線を集めてんのは、そのせいか」
クラスメイトを見渡すと、何人かは目を逸らし、何人かは苦笑い、中には『やったんか?』と言わんばかりに片方の手で輪っかを作り、そこに人差し指を抜き差しする輩まで現れる始末。
人気だなぁ、天使姫。
で、件のお姫様を見遣れば、彼女も居心地悪そうにしていた。
そらそうか。
今もニヤリとした笑みを浮かべた仲の良い友人に絡まれている。ご愁傷様。
「言っとくけど、惚れた腫れたの話じゃなかったからな」
「そーなの?」
「そーなの。だからバカな妄想は止めろ」
他の面々にも聞こえるように言うと、女子からは落胆、男子からは歓声が上がった。
「ええい、喧しいぞ、貴様ら! 先生が来てないとはいえ、授業中だぞ! 静かに自習をしていないか!」
委員長が席を立ちながら怒鳴った。
いや、お前が一番煩いんだけど、と数多の視線が突き刺さるが、気付いてなさそうだ。
「えー、だって委員長は気にならないわけ? 委員長の大好きな天ヶ瀬さんのことだよ?」
「む? 何のことだ?」
「何のって、昨日のだよ」
「昨日? 昨日は天ヶ瀬くんと仲良く手を繋いで登下校した記憶しかないが」
「こいつ、記憶を改竄してやがる……?」
「フフッ、まさか手を繋ぐだけで顔を赤くするとはなぁ」
「きっっっっっっっっっ」
……これ、待ち合わせ場所を決めて、そこで合流した方が良さそうだな。
◇◆◇
はい、夜くん、一言どうぞ。
何がって……お嫁さんが奇妙な想像に使われているんですよ!
せめて『俺のだ!』って抱き寄せるくらいはあったも良いと思いま――んっ。
…………。
ぁぃ……これで良きです。
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