第54話 家族とともに(本編最終話)
目を開くと、そこに透さんがいた。
カーテンの隙間から朝日が見えている。
……どうしようもなく、幸せな夜だった。
大切にされているのが指の動きで、優しい唇で、全部で分かって、本当に幸せだった。
でも私たちはただエッチをして一日を甘く過ごせる夫婦じゃない。
仕事もあって、仁菜もいて、家事もある。
生活もあって、考え方が違うこともたくさんあるだろう、意見が違うことだって出てくる。
それでも、こんな風に甘く夜をすごしたいって思える日々を、これからも続けたいと強く思った。
私は目の前で眠っている透さんに、モゴモゴとしがみ付く。
透さんは甘く優しく私を抱き寄せる。
温かくて、幸せ。
でももう完全に起きてしまったので、胸元から透さんのアゴにキスをする。
すると透さんが起きて、
「……菜穂、おはよう」
「おはようございます、透さん」
「……めちゃくちゃ幸せだ……すごい……」
そう言って透さんは私を抱き寄せて、甘くキスをした。
幸せでしがみ付いていると……トタタタタタタタと廊下を走る音が聞こえてきた。
透さんが私を抱き寄せて、
「……来るな」
「来ますねこれは」
廊下を走る音が止まり、寝室のドアが派手に開かれた。
そこにはまだパジャマ姿の仁菜が仁王立ちして、
「まだ寝てるパパとママだ、やったーー! 仁菜のが早起きぃぃ! わーー、お布団大きい、よっしゃーーー!!」
パジャマのままの仁菜が私たちの寝室に飛び込んできた。
この一週間は私のほうが早起きして朝ご飯をつくり、透さんを起こして仁菜を起こしていた。
だから仁菜がこの寝室に飛び込んできたのははじめてだ。
仁菜は私と透さんの間に潜り込み、
「パパとママのお布団あったかい! 広い、すごい。仁菜が10人眠れる」
そう言って透さんと私の間でコロコロと転がった。
私と透さんがベッドから落ちそうに……なんとならない。
このベッドは透さんとゆっくり寝たくてキングサイズを買ったので、とにかく広い。
私は仁菜の頭にキスをして、
「仁菜はこんなに寝相が悪くないでしょう?」
「そう! 仁菜はね、真っ白なベッドでお姫さまみたいに寝てるから! もう白いベッドずっとずっとほしかったから嬉しいの!」
「仁菜ずっとベッドが欲しいって言ってたもんね」
「そう、ママと一緒にお布団で寝るのも楽しかったけど、やっぱりベッド! お姫さまだから!」
仁菜は真ん中で目を輝かせた。
仁菜と私は前の家で、お布団を並べてふたりで眠っていた。
ずっと「ベッドで寝てみたいなー」と言っていたけど、前の家は畳の部屋だったし、荷物がたくさんあったので、ベッドを入れる余裕は無かった。
でも家を建てることになり、まっ先に仁菜が言ったのは「白いベッド!」だったのだ。
正直勉強机のほうが大切だと思うけど……まあ気に入っているので良い。
仁菜が「お腹空いた!」というので、三人で起きて一階に行く。
透さんが、
「そういえば、仁菜がフレンチトースト食べたいって言ってたから、生クリーム買ってきた」
「! パパ……天才なの?」
「実はママも天才です。昨日からパンを卵液に浸しておいたのです」
「! ママもなの?!」
昨日帰ってきてから、そういえば仁菜が「フレンチトーストが食べたいの!」と言っていたな……と思って仕込んでおいた。
私は部屋着に着替えて、まずは洗濯機を回す。
洗濯物を集めて、
「! 仁菜。体操服」
「ふふん、仁菜ちゃん持って来たよ?」
「なんでドヤ顔なの! もお~、二週間洗ってないとか!」
「全然着られるもん」
「汚いの!!」
私は仁菜から受け取った体操服を出した。
埃がすっごい! 夏休みになり、学童だけでは遊び足りないと感じた私と彩音さんは、学童まで迎えにきてくれる「遊びクラブ」を八月中だけ契約した。
それは昼ご飯を食べたころに学童に車が迎えに来て、大きな体育館がある建物まで連れていってくれて、運動を教えてくれる所だ。
学童は学校の一部で勉強がメイン。でも元気いっぱいの仁菜とリュウくんはそこでは力を持て余す。
だから送迎付きの習い事を足したのだ。ここは外遊びから、マット運動、そして河原に散歩まで連れていってくれるところで、一ヶ月でまあまあ高いけど正直働いているとできない身体を動かした遊びをすべてしてくれて助かってしまう。
同じ小学校からも何人か通っているようで、それも楽しいようだ。
そこで使っている体操服……先週も持ち帰るように言ったのに置きっぱなしで!
やっと昨日持ち帰ってきた。
一回手洗いしようかなと作業していたら、透さんが脱衣所に顔を出して、
「フレンチトースト、俺が焼いてもいい?」
「あ、お願いします!」
「じゃあ仁菜と焼くね」
そう言って台所に戻っていった。
透さんは料理も好きだし、掃除も積極的にしてくれる。
だから安心して仁菜を任せられて、私は私の作業ができる。
本当に最高の旦那さんと結婚したな……とこういうときに幸せを感じてしまう。
仁菜の体操服をバケツに入れると、ポケットから大量のゴミが……。
「仁菜!! ハッピーターンのゴミ、なんなのこれ」
「食べながら歩いたの。そのゴミ」
「どうしてそれをゴミ箱に捨ててないの?!」
「ハッピーターン……美味しくて」
「美味しいのは分かるけど!!」
「仁菜、ちゃんとほら。そこの袋も捨てて」
「はぁい」
透さんに言われて仁菜は生クリームの入れ物をゴミ箱に入れた。
もお! でもふたりは楽しそうに生クリームを泡立てていて、やっぱり良いなあ……と思ってしまう。
そして洗剤を入れたら、濁るバケツの水。どこまで遊んだらこんなことに?
私はゴム手袋をして仁菜の体操服を洗った。
「待ってて、もうすぐちゃんと仁菜が完璧なフレンチトーストをママに出すから!」
「お待ちしてますよ?」
「パパ、ミントミント。やっぱりミントがないとお店みたいじゃないよ。あとふわふわのお砂糖」
「はいこれ」
「そう……はあああ……このふわふわのお砂糖……仁菜の所には大盛りで……すっごくたくさん雪みたいにしたいね……」
「ねえ仁菜。ママの完璧なフレンチトーストは?」
「ちょっとまってくださいね、このふわふわのお砂糖を仁菜の所に……」
全部仁菜が仕上げると宣言したわりに、仁菜はひたすら自分のフレンチトーストに砂糖を盛っている。
待っていると良い匂い……透さんがコーヒーを注いで持って来てくれた。
「千葉の新作。ECサイトで取り扱うことになったから持って来た」
「! 気になってました。すっごく美味しいって聞いてます」
「煎り方にこだわりがあるみたいだな」
透さんが入れてくれたのは、最近ECサイトで取り扱いをはじめた千葉で作っている我が社オリジナルのコーヒーだ。
色々実験した結果、鰹節の巨大箱と共に売れているのが、コーヒー豆が5種類入ったものだった。
うちの店にもコーヒー豆は売ってるんだけど、かなり容量が多い。
それを少し試してみたいという人が多いと知った。
飲んでみると、
「……美味しいですー……」
「な。俺も同じところで作ってるのにこんなに味が違うって知らなかった」
「はぁぁぁい、パパのフレンチトーストですよ」
「わあ仁菜すごい。美味しそう!」
「仁菜ちゃん特製で、パパと一緒に焼いたの。食べて食べて!」
言われて切って生クリームを付けて口に運ぶと、すっごく上手に焼けていて、
「美味しいー!」
「でしょうでしょう! パパと仁菜で焼いたから! んでこれが仁菜の」
「……仁菜? 仁菜のフレンチトーストが見えないけど?」
「仁菜ちゃんふわふわのお砂糖大好きだから……」
「透さんのフレンチトーストにお砂糖少なくない?」
「仁菜ちゃんふわふわのお砂糖、すっごく好きなの……」
「透さんのフレンチトーストに移動させるの!」
「仁菜ちゃんふわふわのお砂糖、愛してるって言ってるの!!」
透さんが「まあまあ」と宥めて、仁菜はもうお砂糖が山盛りすぎてパンが見えないフレンチトーストに、これも透さんがお店で薦められて買ってきたメイプルシロップをこれでもかとかけて口に運んで目を輝かせた。
「!! ……しゅっごい美味しい……」
「もう砂糖とメイプルシロップだけじゃない」
「美味しい……ああ、しゅっごく美味しい!!」
仁菜はそれをパクパクたべて、透さんは控えめに砂糖が載っているフレンチトーストを美味しそうに食べた。
お替わりも焼いて生クリームをたっぷり載せて、コーヒーも飲んでのんびりと休日の朝を過ごした。
「仁菜、お出かけする?」
「ううん。仁菜このお家すっごく気に入ったから、今日はみんなでこのお家がいいの。あっ、夕方になったら大きなイトーヨーカドー行きたいの。あそこの食品売り場のお刺身コーナーで、お刺身の船買ってほしいの!!」
「あれはお引っ越しの日だけのもの。今日は特別な日じゃないから買わないよ」
「じゃあ普通のお刺身でいいから!! 仁菜ちゃんあそこのお刺身美味しかったの!」
結局おじいさんのために買った車は、そのまま私たちが使うことになり、駐車場には車が止まっている。
仁菜はその車に乗って、近くの大きなイトーヨーカドーに行くのを気に入っている。
車で直接行けて、映画館もお洋服も食事も買えてお菓子もたくさん売っているから、楽しいのは分かる。
それに私も一週間分の買い出しが終わって楽ではある。
透さんは茶碗を洗い終わって、
「じゃあ今日はお昼食べたらお出かけ。それまでお部屋の掃除しようか」
「うん! 仁菜パパのお部屋の本並べてあげる」
「お、嬉しいな。まだ段ボールが山ほどあるのは、あの部屋だけだ」
「そうなの、イケてないなって仁菜思ってて」
「悪かったよー」
透さんと仁菜は二階に向かった。
私は洗濯物を干した。どうしようもなく汚かった仁菜の体操服は綺麗になった。
気持ちがよい夏空が広がっていて、風が心地良い。
あ、シーツも洗っちゃおう。
二階にいくと、仁菜の笑い声が聞こえてきた。
「ママ見て! パパの小さいころ! パパの顔、変わらないの、面白い!」
「えー? パパの写真?」
透さんの部屋に積まれていたのは、本家の透さんの部屋から運んで来た荷物だ。
開くとなんとそこには昔の透さんの写真が何枚かあった。
赤ちゃんのころの透さん……うーん、さすがに面影がない。
仁菜がそれを見て、
「目が! ほら、今のパパと目が同じ!」
透さんは目の横に指で触れて、
「……そうかな?」
「そうだよ。あっ、パパがランドセル! パパがランドセルだよ!!」
「……こんな写真あったんだな」
「パパと仁菜が同じ小学校なんだよね。あれ、でもそういう写真ないなー。学校の中って撮影できたんじゃないの?」
「パパの頃はスマホが当たり前じゃなかったからね。そこまで写真がないんだ」
そういうと仁菜が心底驚いた顔をして、
「え……YouTubeは?」
「無かったよ」
「えーーーー?!?! ヒカキンは?!」
「居なかったよ」
「えーーーーーーーー?! じゃあ学校終わってから何してたの?!」
そう言って仁菜はアルバムを見て叫んだ。
今の子からするとYouTubeが無い世界は想像できなくて、でも私たちからするとYouTubeがあった子ども時代なんて想像できなくて。
時代で見てるものは変わるけど、残る写真は変わらない。
私は透さんのアルバムを見た。
私は透さんと6つ離れているけど、たぶん小学校の写真はたくさんある。
これは写真がかなり少ないほうだと思う。理由は撮るひとがおじいさんしか居なかったからで……。
私はスマホを持って透さんと三人でグチャグチャな部屋で写真を撮った。
これも部屋を作っている「はじまりの記念」。
そして透さんを見て、
「クリスマスのアドベントカレンダーの写真とか、全部プリントしてアルバムにしましょうか」
「! 仁菜アルバムにお絵かきする!!」
「いいよ。今日無印で買ってこよう。家の写真もたくさんあるし、それもプリントしてお家アルバム01から始めよう」
「仁菜たくさんお絵かきしていい?」
「いいよ。だって写真プリントしたら、こうやってすぐに見られるし、仁菜もお絵かきできる。そうしましょう、ね、透さん」
「……ああ、いいな。スマホよりすぐに見られるもんな」
「そう、結局プリントですよ」
そう言って私たちは透さんの段ボールを全てあけて本棚に入れた。
そして車に乗って無印に行き、アルバムと、たくさん可愛い色のペンを購入した。
仁菜が大きく表紙に文字を書く。
「私たちのアルバム、0001!」
透さんが仁菜の横で、
「1000冊もつくるの?」
「作るよ! 仁菜が全部表紙書いてあげるからね!」
そう言って透さんに見せた。
私たちはそのアルバムを、リビングの一番みんなが見る所に置いた。
さあこうやって愛すべき毎日を、こうやって始めよう。
そして一冊ずつ重ねて毎日を作ろう。
そうやって生きていこうと決めたから。
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本編はここまでとなります。
カクヨムコンの番外編(というか、まんまこの続きですが)の更新を考えています。
ここまでの評価、感想を一言頂けると今後の励みになります。
ありがとうございました!
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