俺の攻略法がひどすぎるっ!

甲斐人

第1話 もう1人の俺

「うららかな春の日差しが注ぐ本日、新入生の皆様を迎えられた事を―――」

 壇上で校長らしい男性が祝辞を読み上げる中、俺は猛烈な眠気に襲われていた。




 高校入試を控え、皆が試験勉強に勤しむ中「こんな事してる場合じゃない」と焦りを覚えつつもとあるゲームを止められず、結局昨夜までそのゲーム漬けの日々を過ごしてしまった。


 特別目新しい特徴もない、よくあるファンタジーな学園モノのRPG。

 他のプレイヤーと同時に遊べるオンラインモードこそがメインコンテンツの本作だが、世界観とゲームシステムをプレイヤーに理解させる為のチュートリアル的な位置付けであるお一人様用ストーリーモードだけでも、かなりのボリュームだった。


 自分でも何にこんなに嵌っているのかよく分からないまま、全ヒロインルートに加えてハーレムルートまでコンプリートし終わった時には既に深夜28時本日4時


 その後ストーリーモード完全攻略の興奮と、このまま徹夜明けで入学式に向かうべきか僅かでも寝るべきか、その場合ちゃんと起きられるのかと葛藤を重ねプラス1時間更に夜更かし


 春休みを目いっぱい使ってのゲーム引き篭もり生活明けに、2時間ちょっとの睡眠で挑む入学式は育ち盛りのこの身にはいささか難易度が高すぎたようだ。

(春眠暁を覚えずって言うしな・・・)

 適当な言い訳をしつつ、俺は微睡まどろむ意識に必死の抵抗を試みるのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 古い日本家屋の縁側で少年が目を覚ました。


(これは・・・夢か?)


 あれは、俺だ。

 小学生の頃だな。


(あぁ・・・ここはじいちゃん家か)


 在りし日の記憶を、古いプロジェクターで観せられているみたいな感覚だ。


 小学生の頃は毎年夏休みの間、多くの時間を祖父の家で過ごしていた。

 その祖父の家にも中学に入ってからは正月とお盆の時期にしか行かなくなってしまった。


 辺りに人の気配は無く、セミの鳴き声だけがやたら五月蝿く聞こえている。

 幼い俺は祖父の家を出て、山の麓の方へと向かって行く。


(あの先にあるのは・・・神社か)


 祖父母は夏休みの間も畑仕事が忙しくて、俺はいつも一人で神社に遊びに行っていた。


(そう言えば神社にはいつもあいつが―――)




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ―――ポコン。

「はぇ?」

 暖かい日差しの中、心地よく居眠りをかましていた俺は頭に軽い衝撃を受け、目を覚ました。


 軽く辺りを見渡すと明るい金髪をサイドテールに纏めた活発そうな女子生徒が、丸めた資料を片手に立っていた。

「式、終わったよ」

 彼女は両手を腰に当て、飽きれた様子でこちらを見下ろしている。

 初対面のはずだが彼女が座っていたであろう前の席が空いているので、クラスメイトになるのかもしれない。

「んあ・・・?」

 ・・・あれ?

 俺はこの子を知っている気がする。

 なんだ・・・?

 なんか違和感が―――。

「ほら。教室に移動するみたいだよ」

 彼女は俺の手を取り、有無を言わさず歩き出した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 未だに眠気は抜けきらず、寝起きで頭もぼーっとしている。

 なんだかよく分からないまま彼女に手を引かれ、これからの3年間で共に学んでいくであろう新入生諸君の波に流されるままに、俺達は教室に辿り着いた。


 教室の黒板にはデカデカと出席番号で席順が記されており、皆自分の席を探したり隣り合った席のクラスメイトと言葉を交わしたりしている。

 俺を教室まで連れてきてくれた彼女も早々に自分の席を探し当てたのか、教室の前の方に進んでいった。


(俺はええっと・・・30番か。)

 目を覚ましてからずっと無意識に片手に抱えていた資料の一番上に、クラスと出席番号が記されていた。

(窓側一番後ろの席か。悪くないな―――ん?)

 ふと思い至って、持っていた資料を再度確認する。


『Fクラス。30番』


(―――あれ?俺、もしかして・・・)

 廊下の突き当りに配置されたFクラス。

 1から30まで割り振られた席順の30番。

 未だぼんやりと寝ぼけていた俺の意識が一気に覚醒した。

「俺、学年最下位なのか―――」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 俺は今、絶賛混乱中である。

 恐らく入試の成績順であろうクラス分けと出席番号によって、俺が学年最下位であろう事実は受け入れた。

 別に強がりでもなんでもなく、皆が試験勉強に勤しむ中ゲームに興じていた身としては然もありなんという感じである。

 むしろ我ながらよく合格できたもんだと驚いているくらいだ。


 俺が理解出来ないのはそんな事ではなく、もっと別の事だ。

 目を覚ましてからずっと感じていた違和感の正体とも言える。

(ここ―――俺がプレイしていたゲームの中だ。)


 そう思える理由はいくつかある。

 最初にあれ?と思ったのは、担任の教諭が教壇に立った時だ。

 これっぽっちもやる気の感じられない瞳と不精髭。

 野暮ったい感じで着崩した教諭用だろう制服。

 何より身綺麗にしていれば結構な美丈夫なのだろうにと思わせる日本人離れした貌。

 彼が「あ~・・・アランだ。お前らの担任になる。」と簡素に自己紹介したのを受け俺はまさかと思い、改めて教室中を見渡した。


 日本の公立高校にしては随分とファンタジーしたデザインの制服を着た、俺を含めたクラスメイト達。

 文明の利器足る電気機器やスピーカーなんかも見当たらず、照明に至ってはランプと採光によって照らされた教室。

 そして―――




 ―――いる。

 ゲームの中に登場したクラスメイト達が。

 生徒の自己紹介はまだ始まってもいないのに、俺はこいつらを知っている。

(いや、分かるのは10人くらいか。それより―――)

 分からないやつらは所謂いわゆるモブ―――ゲーム時では名前から外見、更には初期ステータスまでの全てのキャラクリエイトをランダム生成され、頭数合わせに最初から仲間に加わっていた汎用キャラ達だろう。


 俺が思考の海に彷徨さまよう中、クラスでは生徒達の自己紹介が始まった。

 出席番号順に名前、出身や志望ジョブ、趣味嗜好など思い思いに語っていく。




 そんな中俺を悩ませる目下一番の問題は、一番初めに自己紹介したあいつ。

 出席番号1番、ヴァン。

 陽光煌めく金髪碧眼に長身痩躯、目鼻立ちが整った穏やかそうな顔付きの男子生徒。

(あれ・・・俺のキャラだよな・・・?)


 あの席はこのクラスの主席。

 そしてストーリーモードにおける主人公、つまるところのプレイヤー操作キャラクターが配置される席だった。

 そしてあいつは―――ヴァンは、俺が作った操作キャラに酷似していた。

(いや、まだだ。まだ分からない。あの名前も実名をもじって付けたものだけど、創作の中じゃ別に珍しくもない名前だったしな)

 そうだ、まだそうと決まった訳じゃない。

 俺は自分にそう言い聞かせつつ、ずっと持っていた資料に目を落とす。

 あいつがだったとして―――

 いや、そうじゃなくても・・・じゃあ俺はどうなんだと思い至る。

 クラスと出席番号が記入されていた資料の表紙を一枚めくると、そこには今の俺のパーソナル情報が記載されていた。



 氏名:カルム

 年齢:15

 性別:男性

 職業:未選択

 所属:1年Fクラス

 出席番号:30番


 Lv:1

 HP:100/100

 MP: 50/ 50


 ステータス

 STR:1

 VIT:1

 AGI:1

 INT:1

 DEX:1

 LUK:1



 うん・・・なるほど?

 こっちは実名由来そのままらしい。

 ゲームのメインキャラクターの中にカルムなんてヤツはいなかった。

 つまり俺は―――


 ゲームで夜更かしして入学式で居眠りしたら、そのゲームの世界に落ちこぼれモブとして転生したって訳だ。


 あまりの現実感の無さに、逆になんだか落ち着いてきた。

(ゲームの世界に転生したとして、ゲームの登場人物達彼らがいるって事はここはアスティリア王国の王立学園。んでストーリーモードと同じ時間軸って事だよな)

 メインコンテンツであったオンラインモードは2000年代に流行ったMMORPGさながらに、プレイヤー達が思い思いに他プレイヤーと交流し仲間になり、彼らとパーティーを組んでやがてクランを作り、敵を倒したり物を作ったりしてキャラを育て、ダンジョンを攻略しレイドボスに挑む。

 そんな胸躍る冒険の世界を体験でき・・・ていたんだと思う。

(オンラインモードは一切手付かず―――ストーリーモードをクリアしてから遊ぼうと思っていた矢先の今だから、良くは知らないんだよな)

 そのストーリーモードはゲーム全体のチュートリアルと、レベル&スキル制成長システムによりその多様性が膨大になるビルドの方向性等を、初心者にも分かりやすくイメージ出来るように用意されたモードで、オンラインモードの5年前が舞台となる。


 作中ではまだ未開発、未発見という設定で、オンラインモードでは既に実装済み或いは実装予定の『上級職』や、多数のプレイヤー同士による大規模戦闘コンテンツである『クラン戦』等いくつかの要素が、ストーリーモードでは制限されたり未開放だったりした。

「上級職なんて半ば伝説と化してたもんな」

 思考に耽りすぎて思わず独り言を呟いてしまった。

 ふと視線を感じてそちらに振り向くと、隣の席の女子生徒がじーっとこちらを見ていた。

「な―――」

 なにか?と聞こうとしたが、彼女は何事もなかったかのように視線を前に戻し、そのまま再び意識をこちらに向ける事はなかった。

 なんだったんだ一体。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 現在、クラスでは担任主導の元、クラス委員が決められている最中である。

(主導って言うか全部担任が指名してるな)

 たった今委員長に選出された女子生徒を見るともなく見ていて思い出したのだが、ここがゲームの世界の王立学園であるのならば俺の席次の意味が多少変わってくる。


 日本なら単純に学力テストの成績順になるのだろうが、ここは剣と魔法のファンタジー世界でステータスなんてものがある。

 そして作中でも何度も明言されていた。

 これはレベル順だ。

 俺自身はこの世界での入試を受けた記憶はないが、ゲームにはその時の描写があって、試験教師との模擬戦や生産アイテムの提出なんてものもあったので、もしかしたらスキル値も考慮されているのかもしれない。

 そして主人公は辺境の出身村から王都の学園に来るまでにちょっとしたイベントに巻き込まれ、レベルが上がっている。

(あの『委員長 』の学力が、主人公以下ってのもないだろうしな)

 レベル1で何のスキルも育てていない俺は、結局学年最下位である事に変わりはないのだが、これが単純な学力順位ではない事が重要だ。

 この学園ではクラス替えも席替えもないので、卒業までFクラス30番ここが俺の指定席だが、レベルならこの先いくらでも上げていけるのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 粗方委員が決まったところで、最後に担任がクランについて説明を始めた。

「この学園では授業の一環として、お前らだけで疑似的なクランを結成して活動してもらうことになっている。代表はヴァン、お前がやれ」

「は、はい」

 ゲーム的には『主人公だから』だろうが、この世界的には恐らくレベルがクラスで一番高いからという理由で選ばれたのだろうヴァン。

 いきなりの指名に戸惑うヴァンを尻目に、担任は続ける。

「クランはパーティーの延長だ。パーティー単位で対処できない事はクランで対処しろ。あ~・・・あと、クラス間でのメンバーの入れ替えは暫くできないからな」

 気怠そうに必要最低限にも満たなかった説明を切り上げて、担任はヴァンに向かって顎をしゃくって合図すると、そのまま教壇脇の席に座って欠伸をし始めた。

「あ~・・・皆、よろしく頼むよ」

 後を引き継げという事だと解釈したヴァンが、とりあえずクラスメイト達に対して挨拶をして場を繋ごうとする。

 ゲーム時にはこの後システムメッセージによる説明が入ったが、この世界ではそんなものはない。

 もっとも、殆どの機能がグレーアウトしていたが。

 今の説明ではクランに参加する事で何が出来るようになるのか具体的には何も分からないし、そもそもオンラインモードとストーリーモードではその仕様が全く異なる。

 学園内にはクランハウスも無いし、クラン戦もない。

 全生徒寮生活で同じクラスと、互いの生活が密接なクラスメイトにはそもそもクランなんて繋がりはあまり必要がない。

 そしてクラスや学年の垣根を越えてメンバーの入れ替えが出来るようになるのは1学期が終わってからである。

 学園側としたら、1年の1学期の間は新入生達がクランというシステムに慣れる為と、他のクランの生徒達が自身のクランに勧誘するメンバーを見定める為の期間として設けたのだろう。

 つまり俺たち一般生徒にとっては、狙っているクランにアピールするのでなければ、本当にただのパーティーの延長なのだ。


 違うのは主人公であるヴァン含め、各クランの代表達だ。

 クランの代表、クランマスターはクランの活動方針に加え、各所属メンバーの管理も出来る。

 ここがオンラインモードとの大きな差異で、ゲーム時にも『オンラインモードとは仕様が大きく異なる』と注意がなされていた。


 ストーリーモード時の仕様で言うと、クランに加わると言うのは所謂『仲間になった』状態にする事であり、プレイヤーは各キャラクター毎の加入条件をクリアしてクランに加えてから、任意のメンバーを選んでパーティーを組み、攻略を進めて行く。


 つまり俺のパーティーは1学期の間、ヴァンの采配によって勝手に決められてしまう事になる。

 更に最悪なのは、主人公はクランメンバーのステータス振りや装備品も自由に操作できたのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「よし、じゃあ次は施設の案内だ。付いてこい」

 面倒くさそうに立ち上がって生徒達に移動を促す担任に、結局どうにも場の繋ぎようもなく、困った表情で彼に視線を向けていたヴァンは安堵の溜息を零す。

 困った顔も中々さまになっている。

 さすが俺が思い描く『さいきょーのいけめん』―――に、よく似た男子生徒。

 俺が女子生徒ならちょっと母性本能をくすぐられていたかもしれない。

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