第26話 夏休み明けのもう一人の転校生、イベントは盛りだくさん

8月末日

夏休みが、終わった。


俺たち生徒は、久しぶりの登校を迎えていた。


暦の上では、もうすぐ9月だというのに。 気温と日光は

夏のまま、容赦なく照りつけてくる。


……なんというか、だるい。


けれど、それは俺だけじゃない。


校門へと向かう生徒たちの顔ぶれも、どこかぼんやりしていて。 「暑さ」と「休み明け」という最悪のコンボを食らったような、気だるい表情ばかりだった。


制服のシャツは、歩くだけでじんわりと汗を吸い込む。 校舎の影に入った瞬間、ほんの少しだけ温度が下がった気がして、俺は小さく息を吐いた。


それでも足は重いまま、教室へと向かう。




「えー! ゆかっちと真桜、夏祭り行ったの!? いいなぁー!!」


教室に入った途端、桐谷さんの元気な声が飛んできた。


休み明けだというのに、このテンションはすごい

さっきまでのだるさが、ちょっとだけ吹き飛ばされた

そのエネルギー、正直ちょっと羨ましいな。



「そだよー! これ、二人で撮った写真!」


そう言って真桜がスマホを差し出す。 そこには、浴衣姿の俺と真桜さんのツーショット、やっぱり俺の表情はぎこちなかった。


「かわいー!! いいなぁ……私、試合で行けなかったからなぁ……」


「私も、レッスンばっかりだったし……」


少しだけ寂しそうに言ったあと、白石さんはふっと微笑んだ。


「でも……二人とも、すごく似合ってるね」


「て、照れる……」



そんなふうにして、俺たちは自然と残りの夏休みをどう過ごしていたかそんな話題で盛り上がっていった。


桐谷さんは県予選を突破して、全国大会行きが決定したらしい。


白石さんは相変わらず、レッスンと発表会の準備漬け。 しかも、コンクールも全国レベルで、演奏する曲は自由曲なんだとか。


……ほんと、みんなすごするなぁ


後半の夏休みは、それぞれが忙しい日々を送っていたみたいだった。


それに比べて、俺はというと――


(……ほぼダラダラしてたな)


昼まで寝て、ゲームして

気が向いたら練習して、あとはぼーっとスマホを見るだけ。 我ながら、ひどい生活だ。


でも、不思議と後悔はなかった。 

海と夏祭りだけでも、俺にとっては掛け替えのない

思い出になったからもう十分だ。



すると、どこからか声が上がった。


「ねぇねぇ、今日さ……1組に転校生が来るんだって!」


転校生、か……。


俺もついこの間、5月に転校…?してきたばかりだっていうのに

この学校、やけにイベントが多くないか?


その一言だけで、教室の空気が少しざわつく。


「え~、なになに?男?女?」


「イケメンだったら最高なんだけど!」


そんな声の中で――


「ふふふ……実は私、誰が来るのか知ってるのだ!」


真桜さんが、どこか怪しげな笑みを浮かべながらドヤ顔を決めた。


「え!? 真桜、教えてよ!」


白石さんも桐谷さんも、身を乗り出すように食いつく。

……俺もぶっちゃけ気になってる。


「それはね……」



「「「!?!?!?」」」


思わず、俺たちは声をそろえてしまった。



なんだか……今年は、賑やかになりそうだな



――――― 1組 ――――


こちらも、夏休みが終わったばかりだというのに、

教室は朝からやたらとガヤガヤしていた。


「おーう、お疲れさん、翔」


「おう」


翔と剛。

男同士のゆるい会話が始まる。


「海行って以来、夏休み何してたんだ?」


「あぁ……真桜と裕香と、夏祭りだな」


「へぇ、だいぶエンジョイしてるじゃねぇか」


「そりゃ、高校最後の夏休み、エンジョイくらいするさ」


「お前、桐谷とずっと一緒だったんだろ?」


「基本な」


「お熱いことで」


「……うるせぇよ」


そんな軽口を叩き合っていると、 教壇の前に、担任がやってきた。


チョークを持ち、黒板をコンコンと鳴らす。


「はい、それじゃあ静かに~ 突然の報告ですが、今日から転校生がこのクラスに来ます。 みんな、仲良くするように」


教室が一瞬だけ静まり返る。


「へぇ、知らなかった」


「……多分、お前も見たことある人だな」


翔のその一言に、剛が眉をひそめた。


「ん? お前、知ってんの?」


「まぁ、たまたま情報が流れてきたからな」


その時――


ガラッ……。


教室の扉が、ゆっくりと開かれた。


自然と、全員の視線がそちらへ向く。


現れたのは、一人の男子生徒。


高い身長、程よく伸びた黒髪、細身で色白

そして、塩顔の整った顔立ちに、 メガネ越しの落ち着いた視線。

その姿が現れた瞬間、

教室の空気が一気にざわつき出す。


「え……うそ……?」


「まじか……? なんでここに……?」


担任が軽く咳払いをした。


「それじゃあ、自己紹介を」


一歩前へ出て、少年は静かに言った。


「はい。久我 くが かなでといいます。

卒業まで短い間ですが、皆さん……よろしくお願いします」


パチパチパチパチ……


控えめな拍手が教室に広がる。

けれど女子の何人かは、すでに頬を赤らめていて、

男子たちは妙な緊張を帯びた表情を浮かべていた。


ざわめく男女の声の中、

特に女子たちは大盛り上がりだった。


「うそ! ここに転校してくるなんて……!」


「やば……! 後で絶対、連絡先聞こ!」


「天音ちゃん! あとで一緒に話しにいこ!」


「私は翔くんにしか興味ないから、いいかな」


そんな声が飛び交う中、

神崎天音だけは、どこか無関心そうに窓の外を見ていた。


教室の後ろの方で、剛が小声で翔に聞く。


「……ん? 誰だ、あいつ?」


翔は呆れたようにため息をついた。


「いや、知らんのかよ。

この前、バイオリンのコンクールで賞とって、テレビにも出てたぞ?」


「今どきの若者に、テレビとか言うか?」


「言うわ。朝の情報番組くらい見るだろ」


(久我 奏…高校生ながら、 全日本学生音楽コンクール・バイオリン部門で上位入賞。

一部のクラシック界ではすでに “神童”だの“将来有望株”だのって呼ばれてるらしい。

成績も優秀、素行も良い。 それで、この顔立ち……そりゃ、騒がれるよな)


「まぁ……俺としては裕香と接点さえなければ、問題ないだろ」


(……ないよな?たしか……なんかの曲のプロデューサーしてたとか…どうとか…いや、気のせいか…?)



休み時間。


案の定、久我の机のまわりは

クラスメイト特に女子でぎゅうぎゅうだった。


「なんでここに転校してきたの?」


「バイオリンって、そんなに難しいの?」


矢継ぎ早に飛んでくる質問にも、

久我は嫌な顔ひとつせず、淡々と答えていく。


「えっと…転校については……親の事情だね」


「バイオリンに関しては、僕はそこまで難しいと感じたことはなかったかな。クセは強いけど」


余裕の口調に、

さらに黄色い声が飛んだ。


その様子を、少し離れた場所から眺める二人。


「おいおい、女子半数くらい取られちまったな、翔」


「いや〜、むしろ分配してくれるならありがたいな。

興味ない女子って、正直ちょっと面倒だしな」


「お、おぉ……そうか」


そして、授業もひと段落し、また休み時間。


休み時間のざわめきも、少しずつ落ち着き始めた頃。

自分の席でぼんやりしていると、ふいに視界に影が差した。


「……君が、神宮寺 翔くんだったかな?」


顔を上げると、そこに立っていたのは久我 奏だった。


「ん? あぁ、そうだけど」


「少し……頼みがあってね。

この学校に、どうしても紹介してほしい人がいるんだ」


「紹介?」


「うん。なかなか話す機会がなくて……

できれば、一度だけでも話がしたいんだ」


その口調は柔らかいが、どこか真剣だった。


(…!……あぁ、あの子か)


心当たりは、一人しかいない。


「知り合いだよ。たしか、この時間なら音楽室にいると思う」


「本当かい?ありがとう、神宮寺くん」


「とりあえず、案内するよ」


(……閃いちまった)




放課後、音楽室


「……え……うそ……」


静かな音楽室に、小さな声が落ちた。


そこに立っていたのは、白石だった。

窓から差し込む夕方のオレンジ色の光が、彼女の髪をやわらかく照らしている。


そして、その隣にいる人物を見て、彼女は目を少し見開いた。


「久我 奏さんが……私……に?」


かすかに震える声。

驚きと緊張と、ほんの少しの期待が混じった、不思議な響きだった。


久我は一歩前に出ると、丁寧に一礼する。


「白石さん……何度か顔は見たけど、ちゃんと話すのは初めてだね。よろしく」


「こ……こ、こちらこそ!! よ、よろしくお願いします……!」


その様子に、少しだけ久我の口元がゆるむ。


「ふふ……そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ」


場の空気が、ほんの少しだけ柔らいだ。


それを見届けた翔は、軽く二人に声をかける。


「それじゃ、あとは二人でゆっくりしてってくれ」


「え!? ……あ、うん……ありがと、翔くん……」


少し戸惑いながらも、小さく頷く白石。


「お気遣い、ありがとう」


久我も静かに頭を下げる。


そのまま音楽室を後にした。


――――――――――


廊下に出ると、剛が待っていた。


「……いいのか? 翔」


「まあな。二人とも音楽界隈じゃ、結構優秀らしいし。

気も合うんじゃね?」


冗談交じりにそう言いながら、胸の奥では別の思考が渦を巻いていた。


(莉香も、ぼちぼち音楽に関わってるし……万が一な。

それに白石と百合なんて展開は絶対に阻止だ、

あわよくばあの二人が、うまくくっついてくれたら

俺にとっては、これ以上ないくらい好都合だ)


「ふーん……まあ、翔がそう言うならな」


そう返す剛の横顔には、わずかな疑問が浮かんでいた。


(白石を、他の男に預けるなんて……

 どういう心境なんだ? 余裕なのか?)




一方、その頃。


放課後。

俺は少しだけ肩に力を入れながら、音楽室へと向かっていた。


「やっとエリーゼのために弾けるようになったぞ……!

……頑張ったな、俺」


今日は勇気を出して、一人でレッスンしているはずの白石さんに声をかけるつもりだった。

あわよくば、少しだけピアノを教えてもらったりなんて…

そんな淡い期待も、胸のどこかにあって。


廊下を歩きながら、ふと別のことを思い出す。


「しかし……転校生が、久我奏さんだなんてな。

 あの人が作った理の大樹、めちゃくちゃ聴いてたな……」


再生回数一千万を超える、大ヒット曲。

バイオリンだけじゃなく、ボカロPとしても有名な人物。


……まあ、陰キャの俺には縁のない世界だ。


そんなことを考えながら、音楽室の前に辿り着く。


「よし……行くぞ」


のんきに、扉を開けた。


ガラッ――


「白石さ――……!?」


視界に入った光景に、思考が一瞬止まる。


そこにいたのは、白石さん。そして――


「白石さんは、何歳からピアノを?」


「私は、六歳からかな! 親が結構厳しくて」


聞き慣れない、落ち着いた声。


……まさか。


「く、くく……久我 奏ぉ!?」


心の中で叫びながら、硬直する俺。


そんな俺に気づいた白石さんが、ぱっと振り向いて、にっこりと笑った。


「あ、裕香さん! この人は久我奏くん!

 今日、翔くんのクラスに転校してきたの!」


「君が友達の裕香さんだね。よろしく」


久我は静かに微笑み、軽く会釈してくる。


「あ、あああわわわ! まぇえま、ま、前川裕香ですっ!!」


自分でも驚くくらい、声が裏返った。


「ふふ、その反応……なんだか、久しぶりに見たよ」


そう言って、白石さんはくすりと笑う。


「き…緊張しなくていいよ。僕は久我奏」


バイオリンの天才。

それだけじゃない。

ボカロPとしても、異常なほど優秀な人。


《理の大樹》

再生回数は、ゆうに一千万超え……。


「わ、わあ……《理の大樹》、よく聴いて……ます……」


やっとそれだけを絞り出す。


「あ、それは嬉しいな!」


さらっと、余裕のある笑み。

……くそ、格が違う。


「裕香さん、そういえば、どうして音楽室に?」


白石さんが、首をかしげて聞いてくる。


「あ……それは……」


一瞬、思考が真っ白になる。


「……なんでだったっけ?」


「ええ!? そうなの?」


「ご、ごめん! ちょっとお邪魔しちゃって……!

 白石さん、先に帰るね!」


「あ……う、うん」


変な嘘をついたまま、俺は逃げるように音楽室を出た。


「……裕香さん、どうしたんだろう」


「たぶん、僕がいたから緊張させてしまったんだろうね」


「うーん……そうかも。彼女、人見知りなところがあるから…… でもね、とっても素直で、可愛い子なの!」


「それは、さっきの一瞬でもよく伝わったよ。

また、紹介してほしいな」


「それじゃあ……いつか機会をつくるね!」


音楽室には、

秀才な二人の静かな会話と、やわらかな空気だけが残っていた。


一方その頃、俺はもう廊下に出ていた。


どうにも居づらくて、気づけば足が勝手に前へ進んでいた。


「……久我奏さん……ほ、本物だったな……

あぁ……ちゃんと、話したかったなぁ……」


それなのに――


なぜか、胸の奥が少しだけ、きゅっと痛む。


あの時見た白石さんの表情。

久我さんに向けられていた、あのまなざし。


……初めて見る顔だった。


まるで、恋する乙女のように。


「……うう……」


もし、久我奏がライバルになるとしたら

正直、勝てる気がしない。


バイオリンの天才で、作曲もできて、顔だっていい。

俺とは、住んでいる世界が違いすぎる。


俺の女子高生活の恋愛イベントは、

まだまだ波乱になりそうだな


そんな予感だけが、

静かに、胸の中で広がっていった。

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