第17話 俺は海イベントに行きたいのに行けない

場面は男子達に変わる──。


「……今日の女子の体育は水泳か。」


翔たち1・2組の男子は、教室で保健体育の授業を受けていた。

男子と女子でプールと保健体育を入れ替えで行われている。

机に頬杖をつきながら、やる気のない声で愚痴をこぼしている。


「保健体育とかマジだりぃ〜」

「女子の水着見てぇ〜」

「昔は男女合同だったらしいぞ?」


くだらない会話が教室のあちこちで飛び交う。

翔はそんな空気を軽くいなし、ため息をついた。


「はぁ……令和って感じだな」


隣の席の剛が顔を向ける。


「どうした翔。なんか浮かない顔してるじゃん」


「剛……お前はいいよな。見たい女子の水着、プライベートで見れるんだろ?夏休みも桐谷と海行くって言ってたし」


「まぁな。夏といえば海だろ?お前も誘えばいいじゃん。……もしかして恋の悩みとか?」


「いや、別にそういうのじゃない。ただ……俺も高校生だし、男女いりまじって楽しみたいって気持ちくらいはあるさ」


「ははっ、翔がそんなこと言うとはな! お前今月だけで何人に告られたんだっけ?」


「四人」


「おぉ〜、相変わらずモテるな。それで? 誰か気になってる子はいないのか?」


「……どれも、心が動かない」


「いつものやつか、まったくモテる奴は余裕が違うな」


翔は苦笑しながら、ぼんやりと窓の外へ視線を向けた。

薄曇りの空、その向こう――体育館裏のプール。

水面の反射がちらりと見える。


心の奥に、わずかなざらつき。

なぜか、そこにいる“彼女”の姿を思い浮かべてしまっていた。



「……あ、そうだ。海といえばさ。光の友達と俺らで海行かね?って誘われたんだけど、どうする?夏休み」


「…………マジで?行くわ」


「即答かよ。……はいはい、伝えとくわ」


剛はニヤリと笑う。

(即答だな……つまり光の周りに気になる子がいるってことか。消去法で……白石あたりか? まったく、翔のやつ素直じゃねぇな。仕方ねぇ、俺がサポートしてやるか)


ーーーー


裕香たち女子サイド。


プールの授業も終わり、濡れた髪をタオルで拭きながら教室へ戻っていた。


「それでさ〜!」

「はいはい、面白いわね」


いつものように桐谷さんと白石さん、真桜さんが楽しげに話す。

俺はその少し後ろをついて歩きながら、ぼんやりとさっきの出来事を思い出していた。


(ムフフ……なんて素敵な時間だっただろうか……

水着姿の白石さんと……ハグだなんて……あ〜〜〜至福だったなぁ……)


現実の足音が戻る。

「あ!兄ぃ!――と、飯田君だ!」


「おう、飯田だ。光いる?」


「んー?どした?剛」


「前に言ってたやつ、みんなで海行く話。俺と翔、そっち四人でおっけーか?」


「おー!あれね!忘れてた!いいよね? 真桜! レイ! ゆかっち!」


「海!?私行く!」


「いいのかな? 私でよければ」


陽キャ三人は即決。

海――。

俺も行っていいのか……?


リア充だけが許される神聖な領域、

漫画やエロゲーでしか存在しなかったあの海イベントが、

ついに俺にも……!?


(行きたい……行きたい!!)


「わ、私も――」

そう言いかけた瞬間、頭をよぎる“ある懸念”。


水着。

あのナイスバディ三人の中に混じって、俺が並んだら……?


裕香の妄想が暴走する。


――――


「なぁ、あそこの女子グループ、レベル高くね?」


「うお、マジだ!みんな80点以上ある!!……あ? あの小柄な子は……」


「ん〜……まぁ、60点くらいだな」


うわあああああ!!!

わかる!! 男子ってそういう採点とかしがちなんだよ!!(偏見)


絶対そうなる!!

俺なんかがこの三人と並んだら、完全に見劣りしてしまう……!

むしろ目を汚しかねない!!


「わ、私……ちょっと考えよっかな……なんて」


とっさに逃げの一手。

内心、葛藤と羞恥と焦りが入り混じっていた。


「お、そうか」

飯田くんが軽く反応した。


「え〜!?行こうよ、ゆかっち!」


「う、うぇっ!っ?なんで!?」


「せっかくだし、どうしたのかな?」


真桜さんも桐谷さんも白石さんも――

ハイレベル女子三人が、一斉に俺のほうを見ている。


え、なんでそんな期待の目を向けてくるの!?

プレッシャーがすごい!!


そして――何より一番驚いた顔をしていたのは。


「…………え……?」

(ええええええ!?なんで!?なんで!?どうしてだ!?裕香!?何がだめなんだ!?)


――翔だった。


声は小さいのに、目を見開いて固まっていた。

まるで、信じられないものを見たような表情で。


「……!? いや……その……私、カナヅチだし……」


必死に誤魔化す俺。


「でも裕香さん、泳ぎ上手くなったよ!大丈夫!」

白石さんがすかさずフォローしてくれる。


「そうそう!ゆかっち!海は泳ぎだけじゃないぞ!なはは!」

桐谷さんは元気に笑っている。


「水着なら、私の貸してあげるよ〜?似合いそう!」

真桜さんまで乗っかってきた。


「いや…そうじゃなくて……」


どう言い訳したらいいかわからなかった。

――本心なんて、言えるはずがない。


「三人もそう言ってるしせっかくなら行こうぜ、裕香」

(まずい…このままでは裕香が来ない)

突然の裕香の拒否に、場の空気が一瞬止まった。

だが、その沈黙の裏で――翔の頭の中では、ものすごい速度で思考が巡っていた。


(裕香が……来ない……?なぜだ?

あんなに馴染んできたのに……どうして?

俺は……俺はただ、健全に――そう、“健全に”裕香の水着姿を見たいだけなのに……!!)


眉をひそめ、翔は小さく息を吸い、言葉を探す。


「ゆ、裕香……なん――」


「あ〜〜それは、残念だなぁ〜〜」


その瞬間、翔の言葉をかき消すように真桜が割り込んだ。

腕を組み、わざとらしく肩を落としながら。


「せっかくみんなで仲良くなったってのに……私、ちょっと淋しいなぁ〜。ねぇ、白石さん?」


「え? 私……?」


白石さんは一瞬戸惑いながらも、静かに頷いた。

「そうね……裕香さん、夏休みくらいは少しアグレッシブになってもいいと思うわ。ねぇ、光?」


「んん!?そ、そうだな!!

身体動かすのは楽しいぞ! 行こうぜ、ゆかっち!!」


次々と仲間が畳みかけてくる。

完全に包囲された。


「え……えぇぇ……でも……私、その……恥ずかしいというか……」


その声を、翔が遮った。

まっすぐな視線で、軽く息を整えて。


「裕香、大丈夫だ。」

翔は自信満々に言い切った。

「夏休みの海は……俺と真桜がプライベートビーチを借りる。

みんなで旅行って形にすれば、他の客はいない。金銭面もプライバシーも全部任せてくれ。

俺達以外、誰もいない空間を作ってやる。」


「……!!」



「そ、それなら……」


裕香の声が小さく震えた。

周りの視線を感じながらも、逃げ場はない。

「よ、よければ……はは……」


「やったー!!ゆかっち来るって!!」


「ふふ、賑やかになりそうね」


「お、おう。なんかよくわかんねぇけど……楽しみだな」

(よくわからんけどなんか疎外感あるな、この裕香とやらを巡って何が起こってたんだ?)

剛は唯一何も知らなくて困惑していた


翔はスマホを取り出しながら、冷静を装って呟いた。

「……じゃあ、プライベートビーチの予約しとく。五つ星のところにな。」


(うおおおおおおお!!! やったぞ!!ついに……!!

裕香の水着姿……!!

絶対に、記憶とスマホの中に永久保存してやる!!!!)


ーーーー


帰宅中の夕暮れ、俺はずっと悩んでいた。


「うーむ……真桜さんのあんな悲しそうな顔、初めて見たなぁ。

でも、プライベートとはいえ……俺の水着姿なんて、真桜さんや白石さん、桐谷さんに比べたら見劣りするに決まってる。

うわぁ……なんか、やだなぁ……どうしよう……」


ため息まじりに歩いていると――


「ゆかっちー!おつつ〜!」


「うわっ!?ま、真桜さん!?」


突然、背後から声をかけられ振り向くと、真桜さんが笑顔で立っていた。


「ゆかっち、さっきはどうしたの〜?なんで渋ったのかな?」


「いや、だって……その……恥ずかしいというか、なんか……場違いかなって思ってさ……」


「ん〜、そんなことないと思うけどなぁ〜?」


「いやいやいや!他の三人と比べたら、私なんてずんぐりむっくりというか……」


「ふむふむ、なるほどなるほど……!」

真桜さんは腕を組み、わざとらしくうなずく。


「よし!ゆかっち、このあと空いてる?」


「えっ? う、うん……一応……」


「なら決まりっ!今から一緒に水着を買いに行こう!そして今度先に二人でプールで遊ぶのだっ!!」


えええええ!?ちょ、話の流れおかしくない!?

なんでそうなるの!?

またしても真桜さんのペースに巻き込まれていく俺。

この人に逆らえる日が来るのだろうか……。

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