第29話 独り占め


「お疲れ足立」


 100mを走り終わり、息を切らしながら戻ってきた足立を労う。

「にしてもさすが現役陸上部だな。ぶっちぎりだった」

「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってるんだよ」


 どうやら相当嬉しかったらしい。

 持ち上げると、足立は鼻高々に言いながら胸を張った。


「うん! ほんとに速かった! マジで凄い!」


 隣にいた柚木さんも目をキラキラと輝かせながら足立を褒める。

 見ている時も「え、早くない⁉ マジで速くない⁉」と興奮気味で言っていたので、お世辞でもない本心だろう。


「ま、まあな。やっぱり陸上部だからこれくらいはやっておかないと」


 普段通りを装っているようだが、口調と顔に照れがある。


「この調子なら優勝イケちゃうんじゃない~?」


 しかし柚木さんは全く気付いていないようで、自然にいつものノリのまま言葉を続けた。


 ……こういう時何かやった方がいいのだろうか。


 2人が付き合うことができるように手助けみたいなことを。

 恋のキューピットになるべきなのか。

 もちろんそれができる自信はない。

 むしろ変に協力しても泥沼にハマってしまう可能性が高い。

 それに……。

 

 足立が柚木さんのことを好きなのを受け入れられない自分がいた。

 

 その感情がもっと前面に現れて、100%ならば話は早かったのに、いつもはウツボのように姿を隠している。


「どうしたお前、いきなり黙って」

「……ああ。あ、そろそろ綱引きだから行ってくるわ」

「もうそんな時間か。頑張れよ」

「ウチら応援してるからね~!」


 足立が軽く手を振り、柚木さんが気合を注入するように拳を突き出した。

 嬉しい気持ちもあるがさっきまで変なことを考えていたが故に、謎の罪悪感が募って純粋に2人の気持ちを受け止めきれなかった。


「何やってんだ俺……」


 熱気と活気に溢れているのをいいことにボソッと呟く。

 さすがにこの状況なら聞かれることはないだろう。


「……何か変だな」


 この前からずっとそうだ。

 具体的に言うと足立から秘密を打ち明けられた時からだ。

 モヤモヤと胸の中で何かがうごめいている。

 それが何なのか知りたいが、どれだけ考えても分からない。

 初めて味わう感覚に困惑するしかなかった。


「おっ、清水じゃん! 綱引き頑張ろうぜっ!」


 その時、背中をバシッと叩かれる。

 この後一緒に出る石橋だった。


「どうした? 何か顔色悪いぞ?」

「……何でもねえよ」


 意外と鋭いな……。

 正直に言って石橋は何も考えていない奴だと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。

 でも石橋の良いところは『何でもない』と言えば引いてくれるところだ。

 無理矢理深入りをしてこない。

 それは石橋本人も確信が無いからなのかもしれないが、どちらにせよ大助かりだ。


「そう言えば聞いたか? 足立が柚木に告白するんだってよ」

「ああ……。それなら前に聞いた。さっきも褒められて照れてたよ」

「分かりやすいよな~。柚木も何で気づかねえんだろ」

「さあ……」

「でもさ、あいつ今日学校行く時足めっちゃ震えてたんだぜ」

「えっ? ほんとか?」

「ほんとほんと。生まれた手の小鹿みたいになっててさ」


 笑いながら話した石橋が再現するかのように足をガクガクと震わせる。

 もちろんこれは誇張していると思うが、問題はそこではない。

 足立が柚木さんのことを好きだと明かしてくれた時、そして告白すると意思を言った時、俺はもう覚悟ができているものだと思っていた。

 そう感じさせるほどの雰囲気を足立は漂わせていたと思う。

 ……でも、それでもやっぱりそうなのか。


「……何でだろうな」

「あ? 何のことだ?」

「そんなに震えるくらい怖いのに何で告白なんてするんだろうな」


 ポツリと口から思っていたことが漏れてしまった。


「あ、いや! 告白することを悪く言ってるわけじゃない! でもさ、怖くないのかって……」


 急いで補足すると、石橋は腕を組みながら首を傾げる。

 やがて迷っているような口調で話し出した。


「俺は足立じゃねえから分かんないけどさ。あれじゃねえの? 独り占めしたいってことじゃねえの?」

「独り占め……」


 そう言われ、俺の中で何かがハマった気がした。

 足りなかったパズルのピースが埋まるような、そんな感覚。

 石橋本人は正しいのか不安な様子だけど俺はめちゃくちゃ腑に落ちた。


「そうか……。独り占めか」

「おいおい本気にするなよ? あと足立には絶対言うなよ」

「分かってるって」

「てか、そんなこと聞くってことはお前も好きな人でもいるのか?」

「えっ?」


 まさかの質問が飛んできて、俺は答えに迷う。


「……い、いないかな」


 そう答えると石橋は「ふーん」と適当に返事をしてスタスタと歩いていく。

 俺は追いかけるようにして進んでいった。

 

 ――好きな人でもいるのか?


 そう質問された時、直ぐに思いう浮かんだ人物がいる。

 明るくて優しくて料理も勉強もできる。でも運動はちょっと苦手な人。

 でもこれが好きなのかどうかが分からない。


 俺は……彼女のことをどう思ってるんだろう。

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