第24話 最後のリレー練習
その日の放課後。
俺たちリレーメンバーはまた練習をしようと、グラウンドに集まった。
軽い準備体操を済ませた後、1走者目の石橋がバトンを振りながら口を開く。
「じゃあ最後のリレー練習始めるか」
「え、最後? 石っち何言ってるの? 体育祭来週だよ?」
「いーや最後なんだよ。皆の予定もあるし、近くなったらグラウンドに体育祭で使う
レーンやらコース書くから使用禁止になるんだよ」
「あ、そっかそっか。じゃあ~今日が最後か~」
伸びをしながら澤田さんが残念そうに言う。
かくいう俺も少しだけ寂しかった。
もちろんクラスメイトなので教室で普通に会うし、話話したりもする。
でもこうやってクラスとは違う場所で集まって何かをするなんてことは無いので、その機会が無くなると残念なものだ。
「あ! ねえ! 体育祭終わったらあれ行こうよ! 打ち上げ!」
ハッとした澤田さんがテンション高めな声で言う。
「おお! いいなそれ! やろうぜやろうぜ。なあ皆」
「私も賛成~」
「わ、私も……っ!」
「俺も別にいいよ」
「俺のハムストリングスが頷いた」
「花火……やりたい」
澤田さんの提案はリレーメンバーに好評だ。
……烏野さんはよくわからないけど、いつもより楽しそうな顔をしているので行くということだろう。
「水っちも行くでしょ? 打ち上げ!」
「うん。もちろん」
声をかけられて、俺は迷うことなく参加する意思を伝えた。
……きっと以前の俺だったら断っていただろう。
本当は参加して欲しくないんじゃないかとか、空気を壊すんじゃないかとか勝手に妄想して。
でも今はそんなことはない。
俺はここに居て良いって言ってもらえたから。
「よーし。じゃあ始めるか。偶数走者は反対側行ってくれ」
「はーい」
石橋の指示に従って澤田さんと雨宮さん、そして大塚が反対側へ移動した。
俺は7走者目なので移動しなくていい。
しかし雨宮さんというアンカーにバトンを渡すという重要なポジションだ。
正直に言ってかなりプレッシャーがある。
アンカーほども重圧ではないだろうが。
「どうした石橋。よそ見して」
反対側で待機してる組を見ていたら足立が声をかけてきた。
「あ、いや、雨宮さんがアンカーってよく考えたら珍しいっていうか……。意外っていうか」
そこまで絡みがあるわけじゃないが、俺が見てきた中での彼女の印象は内気で臆病というもの。
アンカーというのはむしろ拒否しそうなイメージだ。
「ああ、そっか。お前はあんまり雨宮のこと知らないんだっけ」
「まあ……そんなに話したことあるわけじゃないから」
「大丈夫大丈夫。ああ見えて、あいつは戦闘狂なところがあるから」
「戦闘狂?」
「あ、そろそろ俺の番だわ」
「お、おう」
戦闘狂について詳しく聞きたかったけど、運命の悪戯が発生しておあえずけを食らってしまった。
き、気になり過ぎる。
あの雨宮さんが戦闘狂?
俺は再び反対側を向いて、彼女の方を見る。
――しかし、小さい身体の雨宮さんをここからしっかりと観察するのは不可能だった。
彼女の見た目や普段の行動や言動を一言でまとめるとするならば、小動物である。
リスとかハムスターとかそういう感じ。
だから戦闘狂なんて縁遠いにも程がある。
「でもな……」
足立の口振りはずっと昔から周知していた感じだった。
中学が一緒とかなのか?
そもそも2人って部活一緒なんだっけ?
「水っち~。そろそろ準備しないと塚っちが来ちゃうよ?」
「ほえ?」
いつの間にか4走者目の澤田さんが戻って来ていた。
立ち上がりながらグラウンドを見ると、大塚が既に半分くらいのところまで来ている。
「やばいやばい!」
俺は急いでレーンに立って大塚を待つ。
190センチという大柄な体を持つ大塚はかなり足が速く、ストライドが広い。
だから見た目よりも近づいてくるのが早いのだ。
「清水~!」
名前を叫ばれ、俺は走り出す。
リレーにおいて1番重要なのはバトンパスである。
ここをいかにスムーズにできるかが勝負を分けるのだ。
俺はバッド左手を後ろに伸ばして、バトンが手の平に来るのを待つ。
「――うおぉぉぉぉぉぉ!」
瞬間、叫び声と共にバトンが渡される。
バチンっと大きな音を立てて。
正直に言ってめちゃくちゃ痛かった。
……あのゴリラめ。
大塚には後で文句を言っておこう。
走っている時、どんなことを考える人が多いんだろう。
長距離走とかだとペース配分云々のことを考えるだろうが、今回はグラウンド半周分なので15秒にも満たない時間しかない。
もちろん手足は全力で動かして風を切っている。
でも頭はなぜか様々なことが浮かぶ。
しかも面白いことに、思いついては消えて、思いついては消えてを繰り返すのだ。
体を動かすことに集中しているから思考に割いている余裕はないのだろう。
でもそれなら何かを考えるという余裕も生まれないわけで――。
「雨宮さん!」
気づけばそう叫んでいた。
もう俺は残り20メートルほどでゴールするほど近づいている。
頭の中では別のことを考えていたはずなのに雨宮さんの姿が見えた途端、名前を叫んでいた。
これはもう反射だ。
そして俺が叫んだのと同時に彼女がスタートする。
左手を後ろに差し出しながら。
俺は全ての力を出し切るようにして手足を動かして、彼女との距離を詰める。
やがて――右手を伸ばし、雨宮さんの左手へバトンを渡した。
彼女がしっかりとバトンを握り、速度を上げて走っていくのを眺めながら減速していく。
「ふう……」
「お疲れ清水」
「あ、足立」
息を整えているところで先にゴールしていた足立がやってきた。
「そう言えば雨宮さんが戦闘狂ってどういうことだよ」
さっきおあずけを食らった話題を尋ねる。
「ん? ああ、それな」
答えてくれるかと思いきや、足立は言い途中でグラウンドの反対側の方を向いた。
ちょうど雨宮さんがゴールしたところで、向こうにいる皆が集まっている。
足立はそちらの方に歩きながら言葉を続けた。
「ま、そのうちわかるよ」
「ええ? 何だよそれ! 気になるだろ」
「楽しみはとっといた方が人生幸せだろ?」
「別にそんな壮大な話じゃねえだろ」
「おいおい何言ってるんだよ。俺たちにとっては全てが壮大だろ?」
あ、駄目だこいつ。もう完全に話す気が無い。
足立ともこうやって話すようになったのは最近だ。
石橋と一緒だとツッコミの方に回るけど、こいつもかなりボケたがりな人間である。
……まあ場合によってボケの座を譲るから、石橋より空気が読めるのだろう。
「なあ清水、俺の方こそ1つ聞きたいんだが」
「え?」
前を歩いていた足立が足を止めて、振り変える。
さっきまで小ボケをしていた人間とは思えないほど真剣な眼差しを向けていて、緊張感が募る。
「お前って、柚木と付き合ってんの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます