第18話 第1回リレー練習

「よし! じゃあリレー練習始めるか!」

 

 リレー用のバトンを山賊構えのように持った石橋が呼びかける。

 時間は放課後。

 いつもなら帰宅RTA並に早く帰る俺だが、今日は違った。

 体育祭のリレーメンバーに選ばれるというイレギュラーが発生し、今日はその練習だ。

 毎日やるわけではないが、メンバーが集まれそうな日は取り組むらしい。


「よし、じゃあ後は任せた! 足立!」

「いや何でだよ。お前が指揮する流れだっただろうが」

「だって俺リレーのこと分からねえから。ここは陸上部様の力を借りようと」

「……都合のいい時だけ様つけやがって」


 ため息をつきながら足立が前に出て、俺たちに向かって話を始める。

 そう言えば足立と前田は現役の陸上部だったのか。

 何の種目をやってるんだろう。

 俺の体に流れる元陸上部の血が騒いでいた。


「じゃあとりあえず走順から決めるか……。皆何番が良いとか希望ある? とりあえず女子優先で」


 おい、もっと男たちにも目を向けろ。

 そんな軽口を叩ける関係なら良かったが、もちろん違うので心の中に留めておく。


「私は別に何番でも良いよ~。皆で決めて~」

「わ、わたしは……。アンカーはちょっとやれないかな……」

「あ、白鷺が飛んでる」


 ……何か1人だけおかしな答えがあったな。

 声の主を探し当てて見ると、明らかに空を見ている女子がいることに気が付いた。

 確か烏野さんだったっけ?

 黒い長髪に眠そうな目。何も考えていないような顔をして空を見上げている姿は、本当に不思議ちゃんだ。

 人のことを言えないかもしれないが、運動ができるイメージはない。


「なあ足立。このままじゃグダるから準備運動も兼ねて走りながら喋ろうぜ」

「あー。それもそうだな。皆もいいか?」


 足立の呼びかけに全員が「はーい」と答える。

 俺は喉につっかえて言葉は出なかったけど、同意を示すために大きく首を縦に振った。

 そして足立を先頭に全員がジョグを始めるわけだが、ここでは注意が必要だ。

 正直に言ってこの場にいるメンバーで必要ないのは俺。

 他の7人は喋ったこともあるだろうし、普通に『友達』という感覚でいるのだろう。

 しかし俺はまともに喋ったのが石橋の1人しかいない。

 だから俺にすることはただ1つ。

 7人の空気を壊さず、尚且つ気を遣われない程度に馴染むということをすればいい。


 マアモチロン。ソンナナカンタンニハイカナイケドネ。


 そして俺は列の1番後ろ。

 身長190センチある大塚の背中に隠れるようにしてジョグに参加した。


「清水だったか?」

「うえ⁉」


 突如、前にいる大塚に声をかけられて変な声を上げてしまう


「おっとすまん。急に話しかけたな」

「いや、大丈夫……ですけど」


 思わず敬語が出てしまった。

 身長もでかいし、顔つきも彫りが深く、さらに低音ボイスの持ち主なので10個くらい歳上なんじゃないかと勘違いしてしまうのだ。


「なぜ敬語なんだ? 俺とお前は同い年だろ?」

「そうだけどさ……。何と言うか雰囲気が……」

「よく言われる。そんなに老けて見えるか俺?」

「違う違う違う。大人っぽいってことだよ。背もデカいしさ。ほら、『イケオジ』っ言葉あるだろ? それと同じジャンルだって」

「おじ……。やっぱり老けてるのか」


 しまった。かえって傷口に塩を塗ってしまった。

 急いで誤解を解こうと直ぐに言葉を返す。


「だから違うって。褒め言葉。褒め言葉だよ。別に老けてるなんて思ってないって」

「本当か?」

「本当だよ!」

「なら良いんだ。悪かったな清水」

「別に良いんだけど……。何か俺に用か?」


 声をかけてきたからには目的があると思い、こちらから尋ねてみた。

 すると大塚はハッとしたような顔をしながら言葉を返す。


「そこまで重要じゃないんだが、1つ気になることがあってな」

「気になること?」

「清水、お前部活には今所属してないだろう?」

「ああ」

「……それならお前、その筋肉はどうやって身に着けたんだ?」

「……はあ?」


 思いもしない質問が飛んできて呆けた声が漏れる。


 筋肉? え? 


 思考が上手くまとまらないでいると、畳みかけるように大塚はさらに話を続けた。


「前からずっと思っていたんんだ。お前のその隠された筋肉を! 体が大きいわけじゃないのに握力も50キロを優に超えている。そして50mも6秒前半、立ち幅跳び2m50㎝! これは並々ならぬ身体能力と言っていい。しかもお前は部活に所属していない!」


 段々とテンションが上がってきているのか、声に熱が入って凄い勢いで話を続ける。

 俺はもうこのアクセル踏みまくった大塚の話を聞くのに精いっぱいで何て返せばいいのか考えている暇はなかった。


「だから俺はずっと気になっていたのだ! お前のその身体能力の秘密を! 筋肉の秘密を!」

「あ~。えっと~」


 目を泳がせながら答えに迷っていると、大塚の隣を走っていた女子が助け船を出してくれた。


「ちょっと塚っち。水っちが困ってるから後にしておきな~」


 そう言ってくれたのは澤田さんだった。

 彼女は大塚に言い聞かせた後に俺の方を向いて、手を顔の前に立てる。


「ごめんね水っち。塚っちは運動の話になると止まらなくなるの」

「あ、ああ……。なるほど……。って、待って。水っちって?」

「え? 清水君のことだよ? 私、呼ぶときに○○っちって言うの好きなんだよね~。……。もしかして嫌だった?」


「ああいや、そういうわけじゃないよ。ちょっとびっくりしただけで」

「ほんと? それなら良かった~。じゃあ水っちもこれからリレーメンバーとしてよろしくね」


 そう言いながら弾けるようなウインクをする澤田さん。

 会話をしたのは今日が初めてだけど、こんな風な人だったのか。

 水っちか……。

 あれ? もしかして初めて呼ばれたあだ名じゃないか?

 俺はついにあだ名を呼ばれるまでになれたってことか!

 うおぉぉぉぉぉぉぉ!!

 お祝いとして帰りにコロッケを買い食いするとしよう。


 そんなことを思いながらリレー練習の第1回目を励んだ。


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