第14話 清水凪の本音

「話……?」

「うん。柚木さんには絶対に言わないといけないんだ。聞いてくれる……?」

 

 取り乱していた柚木さんは俺の目を見て冷静になったのか、小さく頷いてくれた。

 流れでつい喋り始めてしまいそうだったけど風邪を引いている人間を立ちっぱなしにするわけにはいかないので、柚木さんには布団に戻ってもらった。

 俺は彼女の横に座って話を始める。


「俺さ、中学の頃に親友がいたんだ」

「親友?」

「うん。小学校から一緒でさ。仲良くなったきっかけは覚えてないんだけど、気づいたら一緒に遊んでて。サッカーしたり虫取りしたり、応援団とかもやったりしてさ」


 そいつのお陰で俺は活発な人間になれた。

 小学校、中学校の楽しかった記憶は全てそいつと遊んでいた時のこと。


「今の清水君とは逆みたいだね」


 からかうような口調で柚木さんが笑う。

 ようやくいつもの調子の彼女が帰ってきた。


 しかし俺の次の言葉で、再び顔に影を作らせることになってしまう。


「でも中学の時のことがきっかけで疎遠になったんだよ」

「え?」

「俺は陸上部だったんだけどさ。ある日部活終わった後に教室に忘れ物を取りに行ったんだよ。そん時にそいつが話しててさ『親友なんかじゃない』って言ってるのを聞いちゃったんだよ」


 今でも鮮明に覚えている。

 雨が降ってて練習がいつもより短めだったんだ。

 だから教室に残っていたのかもしれないけど。


「それがきっかけであいつの考えてることが分かんなくなってさ。向こうは俺が聞いて無いと思ってるから次の日もいつも通り話しかけて」


 変わらない声と顔で。

 話題も特別なものでもなく、昨日のテレビみたか? とかテスト勉強してるか? みたいなもの。

 でも俺にはそれが逆に怖かった。


「親友じゃないってはっきり言った奴が親友だと思ってた時と同じように接してくるんだぜ? 怖いだろ? その時に何かこう……人間怖いなって思っちゃってさ。腹の内では何考えてるか分かんないとか、もしかしたら俺のことを悪く思ってるんじゃないかとか考えるようになっちまったんだよ」


 一時期は学校に行くことでさえ嫌になったけど、親に心配をかけたくなくて気合で乗り切っていた。

 だから俺はその後も親友と思ってた時と同じように接した。

 正直に言って心が壊れそうではあったけど、それでも親に心配をかけるよりは百倍マシだった。


「高校に入っても友達とか積極的に作ったりとか、人の輪に入って行かなかったのは裏切られるのが怖かったから。でもさ、やっぱりちょっと寂しかったよね」


 あれ? 何言ってるんだ俺?

 全てを話すつもりだったけど、最後のことまでは言うつもりがなかった、

 でも気づいた時にはもう口から漏れてしまっていて、既に後の祭りである。

 同時に恥ずかしさが込み上げてきたが、胸に引っかかっていた物が取れたような開放感もあった。


「だから……なの? ウチを受け入れてくれたのって」

「……そういうこと……なんだと思う」


 ちゃんと言い切ろうとしたところで再び恥ずかしさが込み上げてきて、煮え切らない言葉になってしまった。

 こういう時くらいちゃんと決めろよと自分に言い聞かせる。


「驚きはしたけどね。まさか頼まれると思わなかったからさ。でも後悔はしてないし、柚木さんと一緒に居た時間は楽しかった。ほんとに」


 嘘偽りのない本気の言葉。


「でも……だからこそ、如月さんに言われて不安になったんだと思う。男の人が苦手って言われて。嫌われてるんじゃないかとか、本当は俺の家なんて来たくないんじゃないのかって考えちゃってさ」


 不安が募って先走り過ぎてしまった。

 今思うと本当に情けない。


「もしさ……。俺の考えてたことがそうじゃなかったらさ。また一緒にご飯食べたり、勉強したり、話したりできないかな?」


 言った。

 言った言った。

 言った言った言った。


 ちゃんと言えた。


 心臓がこれまでに経験したことないくらいバクバクしてるし、俺も風邪引いたくらいに熱くなっている。

 こんなにも、こんなにも本音をぶつけるということは大変なんだ。

 

 正直に言って喋りながらずっと逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 大きなものを得られるかもしれない。

 でもそれより大きな傷を負うかもしれない。

 後者の想像が話を続けるのに比例して膨らんでいった。

 逃げてしまえば負うのはそこまでの傷だけで済む。

 もしかしたら昨日の俺なら逃げてしまっていたかもしれない。

 

 でも俺は逃げなかった。

 このまま達成感に浸りたいところだが、それは柚木さんの言葉を待ってからだ。

 ただ俺が喋って終わりという簡単なものでもない。


「ありがとう清水君……話してくれて」


 風邪の影響か、柚木さんの声は少し掠れていた。

 俺は急いで水をコップに注ぎに行き、彼女に渡した。

 体を起こしてコップを受け取って水を飲み干すと、純度50%くらいの笑顔を浮かべる。


「ねえ、今度はウチの話聞いてくれる?」


 そう言った柚木さんは瞳の奥が少しだけ揺れていた。

 

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