5 リレー。
「どうぞ。サイズ合いますか?」
差し出された、紙おむつ。
Sサイズ。うちの子のサイズ。
メーカーも、同じ。おしりのところに、大人気のまん丸ヒーローがいる。
数分前。
私は、途方に暮れていた。
ベビーカーの子どもと、夫と、私。
ショッピングモール。
子連れ外出にも慣れてきて、うっかりしてた。
やってしまった。
おむつを、忘れてしまうなんて。
おしりふきだけ、二つも持ってきていたのだ。
私のほうから「たまには一人で行ってらっしゃい」って送り出したから。
夫は、たぶん、おもちゃ売場。
プラモデルかなにかをみているはず。
『ごめん、だけど』みたいなメッセージを……と思っていたら。
今。
赤ちゃんの服を着せ終わり、さっと手を洗い、戻ってきた、お母さんに。
「よろしければ、どうぞ」
もう一度、そう言ってもらえたのだ。
思い出した。
『昨日、ありがとね。ほんっとに、助かった!』
女子高校生だったとき。
返すね、と二つ。
今ならお手洗に常備をしてくれているところもあるという存在、ナプキンだ。
『一つでいいよ』って言ったのに。
『ほんっとに! 助かったから、気持ち!』
もう一度、繰り返して、言われたっけ。
クラスメートだけど、あんまり話したことはなかった子。
それからは、なかよくなって。
そうだ。
『おめでとう、あと、おつかれ!』って。
出産祝い。
チンするだけでおいしい、お高め冷凍スープ。
あの子が、おくってくれたんだった。
そして。
ここは、ショッピングモールの授乳室。
「ありがとうございます!」
「おたがいさまです」
お母さんは、笑顔。
たぶん、わたしも。
「あ、あのう」
「はい?」
「よろしければ、ごちそうさせてください」
わたしは、緊張している。
だけど。
二人とも、子どもをベビーカーにそっと寝かせた、そのあとで。
わたしは、自販機を指さしていた。
そこにも、おむつと同じ、まん丸ヒーローがいる。
「……ありがとうございます」
彼女は、りんご。
わたしは、いちご。
小さな紙パックにストローをさして、じゅっ、と飲む。
その間だけは、二人とも、無心になれたみたいだった。
「ありがとうございました。がんばりましょうね」
「はい、ありがとうございました」
さようなら。
子どもの名前も、聞いたりはしない。
それでも、自販機には、にこにこ笑うまん丸ヒーロー。
笑いながら、いろんなところにいるわたしたちを、応援してくれている。
そう。
わたしたちは、がんばる。がんばれる。
もしかしたら、わたしもまた、どこかで。
渡す側に、なるのかも。
そして、今日も、明日も。
どこかで、きっと。
こんなふうに。
リレーは、続くのだろう。
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