多分、一分。
豆ははこ
1 夏と春と時計台
『やっと会えたわね、
月夜の晩は、運良く金曜日だった。
お客様は、月が満月になると同時に現れた。
高い高い、この時計台のいちばん上にいたらしい。
本名が
じいちゃんの友達は『春ちゃんにべた惚れだからな。夏になりてえんだよ』って笑ってたっけ。
「俺、じいちゃんに似てますか」
『じいちゃん。ああ、そうだわ。時の経つのは早いわね。じゃあ、お孫さんね? 二人は?』
「じいちゃん……祖父は10年前に亡くなりました。祖母は入院中です。あ、たまにしか病院に来ないからって、軽い熱中症で入院したので、院長先生がこの機会にいろいろ検査もしておきましょう、って。だから、元気です」
そうだ、思い出した。
あの大病院、院長先生の奥様がばあちゃんの店のお客様だったんだ。
ばあちゃんは、着物専門の洗濯屋さん。
一緒に店をやっていたじいちゃんが亡くなってからは、店じゃなくて個人でお客様からの依頼を承っている。
『次の満月に、大事なお客様がみえるかも知れないから、時計台に、お願い』って。
お見舞いに行ったらこう頼まれたので、預かった鍵で金庫を開けたら、その中に羽衣があった。
それが、大事なお客様の依頼品だってことは、すぐに分かった。
『お悔やみ申し上げます。人は早くに儚くなるから……。でも、小春は元気なのね。そちらはよかったわ』
「はい。ありがとうございます。こちら、お客様のお品です」
『ありがとう、さすがはあのお店ね。綺麗にしてくれたわ。それにしても』
「はい」
『驚かないのね』
最初から、お客様はふわふわと浮いていた。
そして、なんだか透けていた。
「天女さん、天女様? がお客様だってことですか。はい、べつに。幽霊だったら怖かったかもしれないけど」
『夏吉と同じ顔で、小春と同じことを言うのね。面白いわ。肝が据わっていて、いいわよ』
ふふ、と微笑むお客様。
すると、月明かりのなかに、蝶がひらひらと舞い始め、するりと蝶は姿を変えていく。
蝶の柄の半襟だ。
『お代よ。小春が着物を着るときに、使うといいわ。寿命は延ばせないけれど、寿命までは健康でいられるから。仕事も、小春がしたければしなさいね、と伝えて』
「ありがとうございます。寿命がいつか、は聞いたらいけないですよね」
『その質問も、小春と一緒。小春は夏吉のことを考えていたみたいだけど。お孫さんは小春のことを?』
「はい」
『そう……いい子ね。どうしようかしら、あなた、着物は着ないわよね?』
「着ることは、着られます」
『感心ね。なら、夏吉の着物を着たらいいわ。じゃあ、あなたにも。小春のように素敵な子と、出会えますように』
もう一つの半襟は、満月の柄だった。
そして、羽衣を抱いたお客様は、ふわりと飛んでいった。
半襟の柄のような、満月に向かって。
「じいちゃんよりは、似合わないかも」
「夏さんくらい、男前よ」
次の面会日。
俺は、じいちゃんの着物を着ていった。
あの蝶の半襟も、お客様のことばも。着物姿の俺も。
どれもみな、ばあちゃんには喜ばれた。
すると、ちょうど開いていた扉から、失礼します、と看護師さんが入ってきた。
「こんにちは。お着物、とてもよくお似合いですね。わたしも着るの、好きなんです。そのお月さまの半襟も、素敵ですね」
「ありがとうございます」
お礼を言ったら、ばあちゃんは、にこにこしていた。
『さっそく、見つかったみたいね』
あのお客様の声も、聞こえた気がした。
※本作は、クロノヒョウ様自主企画
第68回「2000文字以内でお題に挑戦!」企画 お題『天女の住む時計台』投稿用に書いておりました作品の文字数を減らして投稿しております。
https://kakuyomu.jp/user_events/16818792439807410028
本作の元となりました作品は文字数オーバーで投稿できませんでしたが、素敵な作品が揃っておられますのでよろしければぜひ。
本作を投稿作品として掲載いたしますこと、お題をお借りいたしますことにつきましては、主催者クロノヒョウ様のご許可を頂いております。
クロノヒョウ様、まことにありがとうございました、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます