第17話 強敵にわくわく

 俺は、門下生たちの強い要望もあって、ウォルトの依頼を受けることにした。

 なにより、氷漬けにされている妹が不憫でならなかった。

 大切な妹を想う兄の気持ちは、痛いほどよくわかるのだ。


 それにしても、氷結のデュラハンとはどんなモンスターなのだろうか?

 この世界に来て三年。いまだかつて戦ったことのないタイプのモンスターだ。

 あの剣の達人であるウォルトでさえ、討伐を躊躇うほどの強さ……。


 俺はウォルトに案内された客室で、ぼんやりと夜空を眺めながら考えた。

 不思議なものだな……。

 氷結のデュラハンは、少女を氷漬けにするような恐ろしいモンスターだというのに……この胸の高鳴りはなんだ?

 

 強い存在に出会えることが、こんなにも嬉しいとはな。

 スローライフが我が本懐と思っていたのだがなぁ。

 これも侍としての本質か……。自分の腕を試さずにはいられない。


「いかん……。寝れなくなる」


 早朝からの出発だからな。

 ベッドのシーツを持ち上げると、そこにはすでにエラリアが寝ていた。


「あ、先生……」

「おい。おまえの部屋は隣りだろう?」

「だって……。私は先生の弟子だもん」

「弟子と師匠は一緒に寝るもんじゃないぞ」


 俺が出ていくように諭すと、彼女はしょんぼりとした表情になった。


「一人は落ち着かなくて……」


 ポツリと出たのは、紛れもない本音のようだ。

 彼女は奴隷商に攫われて酷い目に遭ったからな。

 一人でいるのは心細いんだ。


「じゃあ……一人で寝るね……。おやすみ……」


 見てられないくらい悲しい顔をする。


「おい待て。一緒に寝るんだろ?」

「え……。いいの?」

「ああ。別にかまわんさ。もう、慣れちまった」

「あは! やった! ありがとう!」


 エラリアは俺の胸に飛び込んできて、ぎゅっと抱きついてくる。


「ったく。甘えたの弟子だな」

「えへへ」


 俺はエラリアと一緒に寝ることにした。

 彼女は、まるで花のように甘い石鹸の匂いがする。

 一緒に寝るのも悪くないな、なんて柄にもなく思ってしまった。


「ねぇ先生。強いモンスターと戦うのって怖くないの?」

「……そうだな。怖くないと言ったら嘘になるかな」


 彼女は俺に抱きついた。

 その小さな体は、かすかに震えている。


「怖いのか?」

「ううん。だって先生と一緒だもん」

「強い敵と戦うのも修行の一環だぞ?」

「戦うのは怖くない……」

「だったらなんだよ。俺だって負けることがあるかもしれないぞ?」

「負けたっていいよ」


 彼女は額を俺の胸に擦り付けた。


「無理しないでね」


 この世界では、モンスターに殺されることが日常茶飯事だからな。

 彼女はそれを案じている。

 俺は彼女の小さな頭を優しく撫でた。


「無理はしないから安心しろ。もう寝よう」

「うん」


 彼女は自然を愛するエルフの少女だ。

 俺の中に渦巻く、このウズウズする衝動は、きっと理解できないのかもしれないな。  


  *  *  *


 翌日。

 ウォルトは俺たちのために、頑丈な馬車を用意してくれた。


「デュラハンの棲家は魔氷山脈です。あそこは極寒の地ですから、途中、村によって防寒着を買いましょう」


 ウォルトの弟子たちが見送る中、俺たちは出発した。


「ねぇ、ウォルトさん。お弟子さんは連れて行かないの?」

「……氷漬けにされちゃ困るからね。本当は君も道場に残っていて欲しいんだよ」

「私は嫌だよ。先生の弟子だもん。見学するのも修行の一環」


 ウォルトは苦笑いを浮かべたかと思うと、真剣な表情で語り始めた。


「何度かギルドに要請を出して、デュラハン討伐に乗り出したことがあります……。しかし、どの挑戦も失敗に終わり、犠牲者が増えるばかりです」

「何人くらいで挑戦したんだ?」

「最大で二十人のパーティーを編成して挑んだことがあります。ですが、凍りついた妹を運び出すのが精一杯で……。半分以上も犠牲者が出てしまいました」


 かなりの強敵のようだな。


「相手は氷の魔力を使うのか?」

「ええ……。ですから、水属性の魔力を使う水神流剣技アクアグラデスとは相性が悪い。ギルドを仲介したパーティーは炎属性の魔法使いを中心に編成しました」

「だったら、有利じゃないか。炎は氷を溶かすだろう?」

「いえ……。それがそうでもありません」


 ウォルトの額からじんわりと汗が滲み出る。


「奴は……。氷結のデュラハンは、炎までも凍らせてしまうのです」

「それは厄介だな……。なにか策はあるのか?」

「はい」


 と、返事とともに彼の表情が確信めいたものに変化した。

 なんだか少し嬉しそうだ。

 その顔はどこか狂気を孕んでいる……。なんというか、俺がワクワクする気持ちにも似ているな。

 剣士特有のものか……。

 努力して積み上げてきた結果を試せることに、嬉しさを隠せないのだ。


「僕は、氷の魔力を斬り裂く剣撃を磨いてきました」

「相当な自信だな」

「ええ……。打倒デュラハン。そのことばかり考えて過ごしてきましたからね……。でも、そんな僕にあなたは勝った」

「……………」


 なるほど。だから、俺を誘ったわけか。

 ウォルトはニコリと笑う。


「僕たち二人なら大丈夫。頼りにしています」


  *  *  *


 周囲の空気がひんやりとしてきた頃。

 俺たちの馬車はコルド村に到着する。

 そこは、魔氷山脈から一番近い村だった。


「ここで防寒着を買います。必要な武器やアイテムはここで揃えましょう」


 人口はおよそ四百人。まぁまぁ大きな村だ。

 村の道具屋には、モンスターの素材を使った防寒着が並んでいた。

 カブトベアやブラッドハウンドの毛皮を使っているのが、なんだか感慨深い。

 村人たちは、ウォルトの存在をよく知っているようだ。


「また、挑戦するのかい?」

「ええ。妹を助けたいのです」

「気をつけなよ。デュラハンは氷漬けの人間から精気を吸って強くなってるんだ。ここの村人も何人かさらわれちまったよ」

「次は勝ちます」


 俺たちは防寒着や食料など、必要なアイテムを揃えて村を出た。


  *  *  *


 馬車を進めると、吹雪の中に巨大な廃城が見えた。


「あそこです。あの廃城に氷結のデュラハンが住み着いているのです」


 廃城は大きい。

 壁にはヒビが入り、様々な部分が壊れて、その歴史を感じさせた。


 馬車を止めると、城門が自然に開く。


「ほぉ……。自動とは便利だな」

「いえ……こんなことは初めてです」


 城の中から、四人の人間が現れた。

 一人は執事。三人はメイドの格好をしていた。

 メイドの背には高低差があり、三人とも特徴的だ。

 中肉中背なメイドがランプを掲げると、その明かりが俺たちを照らす。

 執事はヒョロヒョロで色白。目の下には黒いクマがあった。

 妙に不気味で狂気的な笑みを浮かべると、キラリと光る犬歯が見えた。


「ようこそ、いらっしゃいました魔氷城へ」


 あからさまに怪しい四人だが……。もしかしてここに住んでいるのか?

 などと思っていると、ウォルトは奥歯をギリリと噛み、眉間にしわを寄せた。


「なんだこいつら……。村の情報でも、人が住んでいる話は聞いてないぞ」


 エラリアは俺の裾を摘んだ。


「先生……。あの四人の中に、強い魔力を持った人がいるよ」

 

 もしかして、デュラハンが化けているのか?

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