第15話 ビシュナの追跡
森林帝国モリビヤ。
ビシュナは、シゲンが潜伏しそうな場所を追っていた。
(ここは入国審査が甘い。潜伏するならこの国だ……)
国内にある剣術道場を訪ねるも、手がかりはなし。
(先生の腕なら、剣術で生計を立てると見たんだがな。ここより先に行ったか?)
彼女はギルドを訪ねることにした。
受付嬢は不審な目で彼女を細める。
「冒険者の情報は基本的に公開できません。ビシュナさんは、どういった任務でしょうか? 帝国の人間ですか?」
「いや……。その……。単なる人探しさ」
「でしたら、対応できません。捜査令状でもあれば別なのですが」
「ありがとう。他を当たるよ」
そう言って、踵を返す。
ギルドの酒場には昼間でも人がいた。
(こんな場所に先生がいるとは思えんが、念の為だ……)
軽く探して、シゲンが居ないことを確認する。
「おいおい。すっげぇ美人だな」
「綺麗すぎよ……」
「たまんねぇ……」
「仲間探してんのかな?」
剣聖の彼女にすれば、ヒソヒソと噂をされるのは慣れっこである。
それにしても冒険者たちの人相が悪い。
(こんな場所に先生がいるわけないな。長居は無用か……)
そう思って立ち去ろうとした、その時だ。
「おっとぉ。どこ行くんだよ可愛い子ちゃん。俺を無視するとはつれないなぁ」
全身にタトゥーが入った、赤いモヒカンの男が立ちはだかった。
「俺はナイフ使いのレップだぜ。ヒャッハーーッ!」
彼は自前のナイフをペロリと舐める。
「貴様に用はない。失せろ」
「おいおい。ちょっと尖りすぎてんじゃねぇの? この国はよぉ。喧嘩には寛大なんだぜぇ」
「ほぉ……。それはいいことを聞いた」
「ケヘヘ。だからよぉ。このナイフがブスリと、おまえの脇腹に入っちまうなんてことあるんだよ」
彼女にすれば、こういうゴロツキも慣れっこである。
「忠告しておくが。それ以上、近寄ると後悔することになるぞ?」
「ヒャッハー! まさか、俺に惚れちまうとかぁ? ゲヘヘヘヘ! もっと密着しちゃおっかなぁ。どうせ股間は密着することになるしよぉ」
ベコォッ!
突然の接触音にレップの顔が歪む。
ビシュナの裏拳が顔面にヒットしたのである。
彼は五メートル以上も吹っ飛んで、酒場の壁にめり込んだ。
場内が「ひぃええ……」と引いている。
そんな中、ビシュナはグッタリとするレップの胸ぐらを掴んだ。
「起きろ」
と、彼の頬をビンタで連打した。
ベベベベベベベベベベベッ!
「はぎゃあ!」
「私は人を探している。シゲン・カチバナという男だ。なにか知らないか?」
「ゲッ! シ、シゲンだと!?」
「なにか知っているのか?」
「お、教えて欲しけりゃ情報料をよこしな!」
「ふむ」
と、再び往復ビンタ。
ベベベベベベベベベベベッ!
「ぷぎゃお!!」
「この国は喧嘩に寛大なんだよな? だったら、殴り続けてやろうか?」
「わ、わかった! 言うから手を離してくれ!」
「いいだろう。ただし、逃げたら殺す」
レップは全身から血の気がひいていた。
「熊殺しのシゲン。今、話題になってる」
「どういうことだ? 詳しく聞かせろ」
彼女が手刀を立てると、レップは身を引いた。
「お、落ち着けって。話すからビンタは勘弁してくれよ」
「ガセネタを掴ませるなよ」
「わ、わかってるよ。ちょうど、一週間前くらいかな。そのシゲンって男が来たのはよぉ」
(やった! ついに足取りを掴んだぞ!!)
「シゲンはカブトベアのクエストを
「…………」
「カブトベアだぜ? 普通は三人以上のパーティーを組んで倒すモンスターだ。それを
(先生なら当然だろう。パーティーを組んでやる利点がないからな。なにせ、あの方は、三百匹のゴブリンをたった一人で殲滅してしまう実力なのだ)
「んで、狩ってきたのはカブトベアの上位種。カブトベアボスの首だったんだ」
「うん。それで?」
「酒場にいた俺たちは信じられなかったさ。だってよぉ。シゲンは俺にボコボコに負けていたからな。あんな弱っちぃおっさんが、カブトベアボスを倒せるはずがないんだよ」
「負けていた?」
「ああ。おっさんは俺に手も足も出なかったんだぜ。激よわだぜ」
レップは眉を寄せる。
「だからよぉ。なんでそんなおっさんが、カブトベアボスの首を獲れたのか謎だったんだ。でもよ。おっさんいわく『手負いだったからラッキーで勝てたよ。きっと、あのカブトベアボスは崖から足を滑らせて落ちたのだろう。そこに俺が居合わせて簡単に倒せてしまった』って言ったんだよ。それを聞いて、俺たちは納得したんだ。ラッキーなら当然かって」
ビシュナは腕を組んだ。
(いや……。おそらく嘘だ)
彼女の考察を裏付けるように、レップは汗を垂らした。
「んで次の日だよ。ギルドの冒険者が、三匹のカブトベアと一匹のカブトベアボスの遺体を発見したのはな」
ビシュナはピクリと眉を上げた。
「不思議なことに、クマの遺体には無駄な傷が一切なかった。首を一撃でバッサリだよ。見事な腕前だ。これは一体誰がやったんだって? ギルドでは持ちきりなんだ」
ビシュナは思わずニンマリと笑ってしまう。
胸の高鳴りが抑えられないのである。
彼女は荒くなった呼吸を鎮めながら聞き続けた。
「これは噂だけどよ。あのシゲンって男……。刀を装備していたからな。奴の仕業じゃないかって。そうなったんだ。巷じゃあ『熊殺しのシゲン』なんて恐れられているよ」
「噂じゃないさ」
「え?」
「先生なら、あり得る話だ」
「せ、先生って?」
(さては調査団の追っ手から逃れるために実力を隠したな。だから、レップにも負けたんだ)
「俺はよぉ。シゲンじゃないと思ってるんだよな。だってよぉ。あのおっさんは弱々だったんだぜ? 四匹のカブトベアなんて倒せるわけがないんだよ」
ビシュナは冷ややかに笑ってしまう。
「おまえ……。殺されなくて良かったな」
「え?」
「シゲン先生は私より強い」
「ええええええ!? 嘘だろ!? じゃ、じゃあ、四匹のカブトベアを殺ったのは……」
「もちろん、シゲン・カチバナだ」
レップは血の気が引いていた。
自分はなんて恐ろしい男に喧嘩を売ってしまったのだと。
ビシュナはいても立ってもいられない。
「で! 先生はそれからどうした!?」
「いや……。このギルドで働いのはあの日だけさ。ボスの
「行き先は!?」
「し、知らねぇよ」
彼女がギロリと睨むと、レップは汗を飛散させた。
「本当だって! 疑うなら他の奴にも聞いてみろって!」
(熊殺しの噂が立っているくらいだ。本当に知らんのだろう)
ビシュナはすぐさま酒場を出ようとした。
「待ってくれよ! シゲン先生を探すんならよぉ。伝えといてくれよ。ナイフ使いのレップは反省してるってさ!」
明らかに、シゲンからの報復を恐れての発言である。
でも、ビシュナはクスっと笑ってしまう。
「ふっ。バカだな。先生はおまえなんか眼中にないよ」
と、彼女は馬に乗る。
レップはそんな彼女の背中に向かって叫んだ。
「ほ、本当に反省してるからって! 伝えといてくれよぉおおおお!!」
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