第2話 侍 対 剣聖
俺のベッドを囲むのは、不思議な服装の人たちだった。
なぜか言葉が通じる。
夢だろうか?
両手を見ると、血管が植物の根っこのように浮き上がっていた。
落雷の衝撃だ……。
「ここは……?」
「ヒラキ村じゃよ」
ご老人はニコリと笑う。
その笑みの優しいこと。まるで菩薩。五光が差しているようだった。
外に出ると、俺は目を疑った。
昼間だというのに空にはうっすらと月が二つあり、色鮮やかな見たこともない鳥が飛んでいる。
周囲の草花も、日本のものとは明らかに違う。
どうやら俺は異界に迷い込んでしまったようだ。
異国ではなく、別の世界。そう感じたのは、流れている空気だった。
俺が住んでいた日本とは明らかに違う。
ここは妖怪のような、モンスターと呼ばれる存在がいて、魔法が使える人間がいる不思議な世界だった。
「ヒラキ村はできたばかりの村でな。土地を開拓しておる途中なのじゃよ。自然は豊かじゃが土地は荒れておる。よければ手伝ってくれんかのぉ?」
俺はヒラキ村の住民となって暮らした。
それから、三年が経つ。
村人はみんな優しい人ばかりだ。
共に土地を開拓し、田畑を耕す。日本では味わったことのない平和で穏やかな日々。
だが、残念なことに、この世界にも貴族がいて、平民から労働力を搾取していた。まぁ、これだけはどうしようもない。権力者が平民を統治するのは、どこの世界も同じ社会の縮図である。
モンスターとの戦闘も経験した。オーク、コボルト、リザードマン。多種多様なモンスターと戦った。阿吽神影流はモンスターとの戦闘でも有用だったのである。
村人は俺に家を作ってくれた。その上、土地までも与えてくれた。
開墾した土壌が豊かになって、来月には麦が獲れる。
そんな時だ。
剣聖ビシュナの率いるロントメルダ騎士団がやってきた。
* * *
──時は今。
剣聖といってもまだ少女だ。
そんな若い女の子が俺のことを睨みつける。
「この村は数日後にゴブリンの大群に襲われる。私たちが食い止めますから、今すぐに明け渡すのです」
ゴブリンの群れは三百体以上だという。
対するロントメルダ騎士団は二十名程度。
土地を渡せばここは戦場になるだろう。騎士団が有利になるように、田畑は燃やされ、家は破壊されてバリケードを作るのだ。
素直に従えばよかった。
俺の三年間の苦労が、水の泡になるとしても……。だが、この土地を耕し、村人と共に汗を流した日々の中で芽生えた、土地に対する愛着心がそれを許さなかったのだ。
いや、ビシュナの言い分はわかっている。彼女の言動は、俺たちヒラキ村の住民を助けるための提案なのだ。
分かっているのだが、三年の苦労はどうしてもデカい。
上の者に逆らって、良い結果になったことなんて、一度もないことは重々承知している。それでも、みんなの苦労を壊されることだけは絶対に避けたかった。
「俺も手伝いますから、ゴブリン対策を一緒に考えましょうよ」
「それはできない。戦闘の素人は足を引っ張るだけ。そんなことで犠牲者を増やしたくはないのだ」
「そこをなんとか……」
「くどい! ゴブリンは群れを成している。ゴブリンキングを筆頭に三百体以上はいるといわれているのだ。この村が落ちれば被害は王都まで拡大する。戦闘の素人が参加すれば、それが仇となる可能性があるのだ」
ダメだ。聞いてくれない。
このプライドの高い感じはなんとなくわかる。
父が君主に進言して、そこから一家の人生が狂ったように。上に逆らっていいことなんて何一つないのだ。
だが、どうしても譲れない。
俺は日本刀を抜いた。
「恨みはないんだ。でも、この土地を荒らされるのは困る」
「片刃の剣か……。変わった武器だな」
「刀っていうんだよ」
「細いレイピアタイプ……。耐久力がなさそうだ」
ご名答。日本刀は切れ味はいいが、いかんせん西洋の剣と比べて耐久力がないんだ。
ビシュナは面倒くさそうに鼻で息を吐いた。
「国家反逆罪だ。全力で阻止する」
俺は自分の土地を自分で守ると主張しただけなのに、とんだ言いがかりをつけられたもんだ。
「お前のような人間は初めてではない。戦場では必ず反対勢力が現れるのさ。それを阻止するのが私の役目でもある。被害を最小限に食い止める。これも剣聖の役目。覚悟はできているな?」
ああ、これは殺人予告だな。
大義の前では、俺の命なんてゴミ同然なのだろう。
ああ、嫌だ嫌だ。そういうのは本当に嫌いなんだ。
日本でも、俺の待遇は最悪だったからな。この世界でも上司の言いなりなんてのは、まっぴらごめんだ。
「私はビシュナ・クローゲン。名を聞いておこう」
「シゲン・カチバナ」
ビシュナは凄まじい速度で斬りつけてきた。
俺は紙一重で避ける。
「動きだけは自信があるようだな!」
ビシュナの連続攻撃。
俺は左右に体を振って避け続ける。
「どうした!? 逃げるだけでは私は倒せんぞ!?」
はいはい。これはブラフね。
俺が攻撃に転じれば、半歩前に踏み込むことになる。
ビシュナはそのチャンスを狙っているのだろう。
日本刀の切れ味は鋭いが、いかんせん、西洋刀に比べて薄いんだ。距離が縮まれば受け太刀が必要になる。硬度比べでは確実に負けてしまうだろう。
彼女は刀の破壊を狙っているんだ。
「くっ! ちょこまかと! どうした!? 怖気付いたか!?」
彼女の動きと呼吸の流れで動きの予想はできる。
だが、動きが早すぎて攻撃に移れない。加えて無駄のない動き。
さすがは剣聖。気軽に懐に入らせてくれそうにないぞ。
「な、なんだあの男!? 速いぞ!?」
「剣が当たらないだと!?」
「し、信じられん! ビシュナ様の攻撃を避けている!?」
「何者だ!?」
騎士団が騒ぐのも無理はない。なぜなら、ビシュナは本気を出しているからだ。確実に、さっきより斬撃の踏み込みが深くなってきている。俺に攻撃を当てようと、前に踏み込んで距離を詰めてきているのだ。
まぁ、それでも俺には当たらないんだがな……。
「くっ! 避けるだけか! この卑怯者め!」
彼女は直線的な動き。
対する俺は円の動きでかわし続けている。
彼女がいくら前に踏み込もうが、俺は円の動きでそれをかわし続けるので当たることはないのさ。
やがて、ビシュナの剣が地面に食い込む。
「あ……!?」
よし、剣が止まった!
地面から抜くのに一秒はかかるだろう。この一秒が命取りなんだ。
俺が刀を振り上げると、彼女は勝ち誇ったようにニンマリと笑った。
「剣聖を舐めるなよ」
彼女は片手で剣を握っていたのだ。空いているもう片方の手は、懐から取り出した短剣を握っていた。
なるほど。地面に食い込ませたのはわざとか。俺に踏み込ませる作戦。
ビシュナの短剣が俺の喉に向かう。
「もらった!」
でもな、それはお汁粉より甘い作戦なんだ。
相手の懐に入る時、短刀の攻撃に備えるのは侍ならば
俺はその短剣を峰打ちで弾いた。
少女の顔が苦悶に歪む。
「くっ……!?」
弾かれた短剣は垂直に舞う。
瞬間。彼女はもう片方の手に握っていた剣を地面から引き抜き、俺に向かって斬りつけてきた。
「短剣も囮なのさ!」
なるほど。流石は剣聖──。
「終わりだぁああああああッ!」
横一閃。
しかし、俺は宙に飛び上がっていた。
俺の刀が狙うのは、クルクルと回って落ちてくる短剣だ。
「
それは鷺が川魚をついばむように。俺が打ちつけた短剣は、ビシュナの頬をかすめた。
「狙いは顔じゃないんだよな」
俺は彼女の背後に回っていた。
「なに!? いつの間に!?」
飛鷺は囮。
短剣が攻撃を逸れた安堵と、俺が背後に回っていた恐怖心。入り混じった二つの感情を払拭するように、彼女が攻撃に転じようとする呼吸。それじゃあ、遅いんだよ。
ビシィイイイイイイイイイイイイイッ!!
俺の放つ斜め一閃。
落雷のような斬撃が、彼女の背中を襲う。
ビシュナは白目を剥いて地に伏せた。
「安心しろ。峰打ちだ」
気絶する彼女を横目に、君主に反抗した父上のことが頭を過ぎる。
ああ、やっちゃったなぁ……。
後悔の念とともに刀を鞘に収めると、騎士団員が騒ぎ立てた。
「し、信じられん! ビシュナ様が!?」
「ぜ、全員でやるんだ!」
「ビシュナ様の仇!」
「生きて返すな!」
「騎士団の名誉にかけて!」
くだらないプライドだなぁ。
団員たちは複数で俺に向かってきた。
俺だって、自分の人生を幸せがかかってる。
負けるわけにはいかないのさ。
再び刀に手をかける。
「うおおおおおおッ!!」
俺は雄叫びを上げながらビシュナ騎士団に対抗した。
十分後。
「はぁ……はぁ……」
俺の周囲には二十人を超える団員たちが地に伏せていた。
「安心しろよ。峰打ちだからさ」
全員が白目を剥いたまま気絶している………。
これって……………………。
「ぬおっ! やっちまったぁああ!!」
絶対に問題になるやつ。
お上に逆らった父上は切腹まで追いやられたのだ。
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