第6話 旅は道連れ

 剣聖ビシュナは、調査団の部下たちに言い放った。


「私はシゲン先生を探すため、これより単独行動に移る」

「い、いけません。ゴルガーさんが反対します。まずは報告に戻られる方が良いかと」

「シゲン先生が捕まらないのでは同じだ。こうしている間にも、彼は遠くに行ってしまう」

「お待ちください、ビシュナ様ぁ!」

「おまえたちはシゲン先生に王都名誉賞が与えられるように議会に申請を出してくれ」


 彼女は部下が止めるのも聞かず、一人で馬を走らせた。


(シゲン先生に……。会いたい。私は彼から剣術を学びたいのだ)


 馬を走らせながらも、自分の気持ちの変化を観察する。


(この胸の高鳴りはなんだろう? 先生のことを思うとドキドキが止まらない。剣術の高みを目指すことが、これほどまでに人生を豊かにするなんて……!)


 最強と謳われた彼女は、ある意味、人生を嘆いていた。

 この世は自分より弱い者ばかり。そんな世界で、いったい何を目標にすればいいのか? と。彼女は生きる指標を見失っていた。だがそれも昔の話。

 

「必ず見つけます! シゲン先生!!」


 彼女の叫びは、喜びで満ちあふれていた。


  *  *  *


──シゲン side──


 俺は、森林帝国モルビヤの安宿で、久しぶりに熟睡した。

 良くきしむ安物のベッドではあったが、それでも寝心地は最高だ。

 野営では、いつも地面に布を敷いて寝ていたからな。

 歳を食うと、どうにも腰にくる。


 窓の外を見ると、空はどこまでも青く、抜けるような快晴だった。


「うん。良い朝だ」


 ロントメルダからの追っ手は、まだ来ない。だが、いつ現れるか分からない追跡者から逃れるため、もっと遠い場所へ向かわなければならない。

 俺はギルドで地図を買い、それを頼りに進むことに決めた。ゆっくりと暮らせる安住の地を求めて。


 地図には、「五連の滝」という名所があった。五つの滝が連なる美しい景観だという。歩けば一週間はかかるだろうか。特に行先はないし、これはついでに見ておきたい。

 俺は新たな旅路に心を躍らせながら、足を進めた。


 森をしばらく歩くと、突如として男の悲鳴が聞こえてきた。

 声がした方へと急いで向かうと、数人の男たちが血まみれで地面に倒れていた。


 この傷と出血の量からして、もう助かりそうにないな……。


 どうやらモンスターに襲われたらしい。

 彼らが乗っていたと思われる馬車は横転し、周囲にはブラッドハウンドが群れをなしていた。

 ブラッドハウンドは、この森に棲む狼の怪物だ。その名の通り、真っ赤な毛並みを持つ人喰い狼である。

 最後の生き残りと思われるのは、尖った耳の少女だった。

 初めて見る……。ヒラキ村で話は聞いていたんだがな……あれはエルフだ。

 彼女は狼たちに追い詰められ、怯えていた。


「ガウゥウウウウッ!!」


 一匹のブラッドハウンドが、エルフの少女に飛びかかる。


 おっと、そうはいかない。


 俺は鞘から刀を抜き放ち、横一閃でブラッドハウンドを両断した。

 瞬間、狼の群れに緊張が走る。

 瞬時にして俺のことを警戒した。

 ブラッドハウンドは頭がいい。

 襲った人間を食べるのは、安全が確保されてからと決めているらしい。

 そのため、仲間を殺した俺を新たな脅威と認識し、集団で襲いかかってきた。


 俺は次々と襲ってくるブラッドハウンドを斬りつけていく。

 五匹ほど倒すと、ブラッドハウンドの警戒心は最高潮に高まった。

 次は、一斉に協力してくるだろう……。

 一匹の犠牲で俺の一太刀を誘い、その隙に俺に噛みつこうという魂胆だ。ブラッドハウンドは言葉を喋るモンスターではないが、今はそういう空気を醸し出している。いわゆる阿吽の呼吸ってやつだな。 

 俺が一人で戦っている以上、必ず隙が生まれる。特に、斬撃を放った直後は、他の防御ができない。


「ガルゥウウウウウ!!」


 飛び上がったブラッドハウンドは三匹。その後ろには、二匹が時間差で飛び上がっていた。

 やはり一斉攻撃だ。頭のいいモンスターは、必ずこういう連携を取る。


「すぅーー……」


 俺は大きく息を吸い、呼吸を整えた。


「阿吽神影流。獣の型──」


 俺は刀を振り下ろした。

 五つの太刀筋が、まるで山猫が獲物を捉えるように鋭く発生する。


「──猫狩ねこがり


 俺の斬撃は、五匹のブラッドハウンドを一瞬で両断した。

 猫で狼を狩るってのはなんだか笑えるよな。


 斬った直後、俺の姿勢は瞬時に残心へと移行する。

 残心とは剣術において、次の攻撃に備えることだ。

 斬り終えた後も油断大敵。

 脇を締め、後ろ足の踵は常に浮かせ、いつでも踏み込んで次の太刀を打ち込めるようにする。


 さぁ、来い。

 俺は次も打てるぞ。


 残された狼たちは、俺の気迫にたじろいだ。

 そして、尻尾を巻いて去って行った。


 うん……それが賢明な判断だ。

 戦いを続ければ全滅する。俺だって、無傷ではいられないかもしれない。

 不毛な戦いを避けるのは、生物として当然の行動だろう。

 さて、


「大丈夫か?」


 俺はエルフの少女を見た。

 彼女は俺の言葉にビクッと体を震わせている。

 歳の頃は十二、三。エルフらしく美しい見た目をしている。

 全身は擦り傷だらけだが、致命傷はない。

 首輪と手枷……。エルフの奴隷か……。

 と、いうことは、周辺に転がっているのは奴隷商人たちだ。

 モルビヤに運ぶ途中だったのだろう。


 一応は、奴隷商人たちの生死を確認する。

 助かるようなら手当てをしてやった方がいいからな。

 しかし、


「ダメだ……。全員死んでる」


 少女はブルブルと震えるだけだった。

 よほど怖い思いをしたのだろう。

 こんな少女に恐怖心を植え付けるなんて、奴隷商人というのは罪作りな存在だよ。

 こうなったのは、天罰かもしれん。


「傷の手当てをしないとな」


 優しく言ったつもりだったが、少女は体を引いて震えた。

 怖い目に遭ったばかりで、簡単には人を信用できないのだろう。

 彼女の身の上を思えば不憫だよ。

 そうだ。


「そのまま、動かないでくれよ」


 と、俺は刀を上段に構えた。

 驚いた少女が息を吸ったその時だ。

 二筋の斬光。


「ひぃいいいいいいッ!!」


 少女の悲鳴と同時。

 彼女の手枷と首輪は切断された。


「それがあったら傷の手当てができないからさ」

「…………………………」


 少女は驚きを隠せない様子だった。

 身軽になった手首を何度も触って確かめている。

 少々、荒っぽいやり方だったかもしれないが、彼女の傷は一刻も早く治してやりたいからな。


「俺は、シゲン・カチバナだ」


 少女は何も喋らない。

 だが、丸く大きな瞳で、俺の顔を不思議そうに見つめていた。

 そこにあるのは興味心。恐怖は感じない。

 怯えが消えたのならそれでいいさ。

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