悲劇連鎖
私には才能があるらしいです。ですが、それは強さを意味しません。私に才能という力があるように、小日向さんや天さんには今まで積み上げてきた訓練、経験があります。
同じだけの訓練、経験を積めば私は二人を超えられるのでしょう。ですが、そんな時間も機会も存在しないのです。私は、私にしか持っていない手札で勝負するしかないのですから。
「続きをするわよ。野乃花」
「えぇ。早く始めましょう」
私の持っている手札。それはきっと、この膨大な神力です。いくら使っても尽きることのないこの力を、私は使いこなせていません。だったら、この戦いの中で使えるようになれば良いだけの話です。
「いくよー! それじゃあ、始めっ!」
「来る……!」
開始の合図と同時に、地面を蹴る音が聞こえました。それと同時に、私は防護壁を展開します。まずは一撃、防ぐところから……! 私は布を前方に構えず、そのまま自らに巻き付かせました。
「なるほど。全身を防護壁の布で覆ったのね。でもそれじゃあ、攻撃も出来ないわよ」
「っ……! 速いっ……!」
初撃を防ぐことは出来ました。天さんのスピードに対応出来ないのなら、事前に全てを覆い隠せばそれで良いのです。ですが、それでは自分の防護壁に阻まれて矢の射出が叶いません。私は何も出来ないまま、全方位を駆ける天さんに翻弄され続けます。
「さぁ、どうするの?」
「少々、乱暴にいきます……!」
「もう一枚……!?」
右手に自らを守る防護壁を、そして左手にはその間に構築した、私と天さんを覆うほどの大きさの防護壁を展開します。これをそのまま狭めていけば……!
「私の神力が尽きるか、天さんが脱出するのが先か、勝負しましょう!」
「巫術の同時使用……ね。もうそんなことまで出来るなんて、素晴らしいわ」
天さんは微笑むと、刀を納刀して、姿勢を低くしました。何かが、来る。直感的に、そう感じました。
「叩けば響く。向上心が高くて、才能も十分。野乃花はきっと、強い巫女になるのでしょうね」
「――けれどね、野乃花が成熟するその日まで、私は貴女の眼前を走らなければならないの。いつか、貴女が花開くその時まで」
「だから、まだまだ負けてあげられないわ」
天さんの神力が高まるのが分かりました。それは、私のように元からある貯蔵量が多いのではなく、練り上げられた神力でした。ここから先が、天さんの本気……!
「――――ぁ」
視界が歪みます。天さんの姿は、いつの間にか目の前から消えていました。今までの速さとは次元が違う。本当に、何も見えませんでした。
「硬度ばかりでそれ以外が粗雑よ。もっともっと凝縮なさい」
後ろから、そんな声が聞こえました。やっぱり、まだま、だ……届か、ない。
1
倒れそうになった野乃花を咄嗟に支える。それと同時に、右手に違和感を感じた。私はそれを確認すると、少し嬉しくなった。やはり、この子は逸材だ。
「小日向。治癒の護符を貸してもらえる?」
「え!? 何処か怪我したの!?」
「右手が折れたわ。この子の防護壁、装甲型なんて比じゃないわね」
彼女が気絶したのは、防護壁を破ったからではない。防護壁によって防ぎ切れなかった衝撃が、彼女を襲っただけである。その対策をされていたら、今の私の装備では勝ち目は薄かっただろう。
「小日向。今度から通常武装以外も使いなさい。必要なら私のも貸してあげる」
「悔しいなぁ……たった一週間で奥の手まで出させられるなんてさ」
「心強いじゃない。これから先、野乃花がどんな成長をするの、か――」
ずきん。頭が痛む。とっくのとうに感じなくなったはずの感覚が、しきりに痛覚を刺激してくる。普段感じないそれは、私の知っていた苦痛よりも遙かに痛い気がした。
「ぅぁ……! なに、これ……!?」
「師匠! どうしたの!?」
「あた、まが……割れるみた、い……」
混じり合った感情が、一気に流れ込んでくる。そこに、幸福や安寧といった明るい感情は一片たりとも存在しない。ただただ、真っ黒に染まった憎悪、後悔、怨嗟の感情が渦巻いていた。
『――ごめんなさい、天さん』
『―――――――』
『……っっ! っうぁああああああああ!!!』
許さない。許さない、許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない――!!!
ノイズ混じりの映像。耳障りなほど大きな雨音。誰かを刺し貫く、野乃花の姿。
そして、それを眺める、悪感情を爆発させるもう一人の誰か。
『私は、お前を絶対に許さない……!』
「はっ……! 今のは……」
「師匠!? 大丈夫なの!?」
「え、えぇ……平気よ」
気がつくと、痛みは消えていた。試しに折れた腕を少し触っても、やはり痛みは感じない。今のは一体、何だったのだろう……
「今日はもう終わりにしよ? 九重後輩も気絶しちゃってるし」
「……そうしましょう。この腕が治ったら、私も一旦帰るわ」
「うん。気休めだけど、再生のおまじないもかけるね」
数十分ほどして、私の腕は完全に治った。野乃花はまだ目覚めなかったため、私は二人を置いて少し早めに帰宅することにした。
セーフティハウスで着替え、家路に辿る。その間、脳裏に浮かぶのは先ほどの光景だ。
巫女には特殊な才を持つ者も居る。そして、私には今までそのような才能など皆無だったのだ。しかし、そうでもなければ先ほどの光景に説明が付かない。一体、どういうことなのだろう。
いくら考えても答えは出ない。気がつけば、家に到着していた。あまり辛気くさい顔をしていては、星奈に心配されてしまう。私は切り替えるように、両手で頬を叩いて、玄関を開けた。
いつもは電気の付いた我が家だが、今日は全ての明かりが消えていた。時刻はまだ14時過ぎで、星奈はまだ学校だろう。そのままリビングに入り、電気を点けた。
――違和感。何か、些細な変化があるように思えた。普段の星奈が居る時とは違い、静かな我が家で私は居心地の悪さを感じながら、その正体を探った。
「……っ! これは……!」
この家には、結界が張られている。それは防護の役割と同時に、隠匿の神秘が込められた特注品だ。その精度は、優れた巫女でも言われなければ感じないほど、微細で隠されている。
違和感はそこだった。いくらほぼ感じないとはいえ、何十回とその結界に触れていれば身体がそれを覚えてる。だというのに、帰宅時に、私はその結界を感じなかったのだ。
家具をずらし、結界を構築する護符を確認する。私の嫌な予想は、どうやら当たってしまったようだ。
「結界が上書きされている……!?」
そこには、破り千切られ、新たな結界を上書きされた結界の護符があった。それはつまり、この家に、悪意ある何者かが侵入したことを意味していた。
「星奈っ……! きっと学校よね……!?」
私は星奈の通う高校へ電話を掛けた。心臓が早鐘を打つのを必死で抑え、学校の教職員に星奈を至急呼び出してもらうように伝えた。大丈夫。きっと、この待機音が終わる頃には、あの子の元気な声が聞こえるはずだ。大丈夫、大丈夫大丈夫だいじょ――
「あー、もしもし? 星奈さんのお姉さんですか?」
「っ! はい、妹はどうし――」
「星奈さん、今日は具合が悪いと早退してますよ。お家にいらっしゃらないんですか?」
「……え?」
ドクン。心拍数が上がっていく。違う、そんなはずは無い。星奈の神力は、感知されないように二重三重の対策をしている。万が一にも見破られるはずは無い。
「あ、あぁ……すみません。妹からの連絡、来てました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。――はい、はい。いえ、ありがとうございます。では、失礼します」
どんどんと加速する思考とは裏腹に、私の口からは適当な嘘が並び立てられていた。私は電話を切ると同時に、家を飛び出した。その道中、すみれと巴にも連絡をした。結果は、二人とも留守番電話に繋がってしまった。
緊急事態と判断。これから、星奈の捜索を始める。まず、私は小日向に電話をかけた。
「もしもーし! 師匠、何かあった?」
「小日向! 星奈とその友達の行方が分からないの! それに、家の結界も破られていた!何か、嫌な予感がするわ!」
「っ! 分かった! 私もすぐ準備して妹さん探すね!」
「お願い! 今は一刻も早く、三人を見つけ――」
その瞬間、頭に甲高い金属音が響いた。これは、変異種の気配……! それも、今までの比じゃないくらいの量だ。
「し、師匠……! この気配の数、絶対おかしいよ!」
「野乃花は起きてる!? 今すぐ掃討を始めるわ。それと並行して、星奈の捜索に当たりなさい!」
「分かった! 師匠も気をつけてね!」
まるで示し合わせたかのように、突然現れた変異種達。その気配は、特殊が過半数を占めていた。私はこの現象に、心当たりがあった。
「『悲劇連鎖』……!」
変異種という存在は、世が乱れるほど数や力を増すことが分かっている。彼らは人を襲い、それらを辻褄の合う形で死んだことにする。戦争や災害、大きな事故が増えれば、その口実は増え、結果的に変異種の増加へと繋がるのだ。
そして、きっと今この瞬間、大きな悲劇が起こった。だからこその、この変異種の突発的な発生だ。そしてこれは、これから始まる連鎖への第一歩に過ぎない。
「邪魔だ! 退け!」
眼前の変異種に槍を振るう。明らかに計画的で、それに示し合わせたかのように星奈が消えた。変異種といえど、こんなに知恵の回る奴は初めてだ。それに、現れる変異種が明らかに手強い……! これまでに無い異常なことが発生している。早く、三人を保護しないと!
「通させて貰うわよ……!」
星奈……! お姉ちゃんが絶対助けるから、それまで待っていて……!
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