204号室【ホラー注意】夜に読まないで

にとらかぼちゃ

204号室

​僕の住んでいるC県K市には何もない。文字通りなんもない田舎だ。本当のど田舎と比べたら田舎じゃないと友達は言うけれど、僕の感覚からすると、刺激もなく、ただただシケた街だ。都内へのアクセスは電車で小一時間ほどだから、遊びに行くにはちょうど良い。それでも、この街で自分の人生を終わらせるのは少し寂しいと思った。いつかこの街から出て、中目黒か青山で暮らしてみたい。それが僕の密かな今の野望だ。まあ、そんなことを言っても、コンビニでアルバイトをしてミュージシャンを夢見るシケた今の生活では夢のまた夢な気もする。

​今晩もコンビニのバイトが終わり、帰るところだ。珍しく中番だったので、22時に上がれた。住んでいるマンションの共用駐輪場に自転車を止め、部屋に戻るところだ。駐輪場は5列ほど横に並んでいて、雨よけの屋根がついている。夜は蛍光灯でところどころ明かりはついているが、正直暗くて見えづらい。

​僕が住んでいるマンションは6階建てで、かなり部屋数が多い。マンションと言えば聞こえはいいが、名前ばかりの団地だと思ってもらえれば差し支えない。築40年以上だろうし、壁のペンキは剥がれ、通路も電球がところどころ切れたままだ。当時は流行りの作りだったようだが、今はそうでもなく、空いている部屋も多い。何せ、コンビニアルバイトの僕が生活していられるようなところなんだから、大したところじゃないのは想像できるだろう。僕はこのマンションに住むにあたって、空き部屋の多さと安さで決めたくらいだ。真ん中には中庭がついていたが、誰も使わないので雑草がいつも生えていた。珍しく先週刈り取られたようで、今はきれいになっていた。どの棟も階段はガラスの扉の中にあり、それを昇降して各自の部屋に行く。僕の住んでいる部屋は2階で、マンションの端の方だ。隣に人が住んでいない空き部屋なので、多少ギターが弾けるのがありがたい。あとは特に自慢することはない。

​階段を上り部屋に戻るのだが、このマンションはいつでも階段と通路が暗く、一年中嫌な空気が漂っている。ジジジと蛍光灯は今にも切れそうだ。階段を上りきったところの電球なんかは、すでに切れて1年以上もそのままだ。管理会社に電話しても「わかりました、対応します」と言われるだけで、すぐに忘れられるらしい。僕は今日もこの暗い階段と通路を通り、自分の部屋に来た。扉には「204号室」と書かれている。2階の4番目の部屋だからなのだが。扉を開け、部屋の中に入って左側の電気をつけた。

​相変わらず、自分で言うのも嫌だが、汚い部屋だ。8畳1間でキッチンと部屋が一緒になっている。キッチンには洗い物が溜め込んであり、1週間放置しているので生ゴミの匂いが漂っている。洗い物をしようとは思うが、誰かを呼ぶわけではないのでやる気が起きない。机にはスコアブックや作りかけの歌の譜面の上に、ペットボトルや弁当の空き箱、飲み干したカップ麺のカップには割り箸が重なったまま置いてある。大抵、コンビニ帰りに買ったものだ。片付けと掃除が死ぬほど面倒くさいので、どんどん部屋は汚くなっている。今日も買ってきた安い豚骨醤油のカップ麺にお湯を注ぎ、キーマカレーのおにぎりを蓋代わりに温めているところだった。

​ピンポン

​部屋のチャイムがなった。珍しく誰か来たようだった。22時を過ぎているのに誰だろうと思った。「はい、何ですか?」と扉を開けずに聞いてみると、宅配便だという。今はネットショップが主流になり、物流の末端は遅い時間まで配達をしていると聞いたが、こんな時間までやるなんて大変だなと思った。対面するのも面倒くさいので、「玄関前に置いておいてくれ」と言ったが、サプライズの荷物らしく、対面で渡すようにとのことだった。よく意味がわからなかったので、誰からか尋ねたら僕の知っている名前だったので、対面で受け取ることにし、扉を開けた。

​配達の男は60代くらいの年配の男だった。緑色の帽子を被り、制服を着ていた。目深に帽子を被っているので顔はよくわからなかったが、薄気味悪い笑顔だった。「実はY城公子さんという方からサプライズで荷物が届いてまして、申し訳ないのですが、一緒に一階まで取りに来てもらえますか?」と言われた。僕はこの名前に思うところがあったので、怪しかったがその申し出を受け入れることにした。すぐに戻るし、ろくなものもないので、鍵もかけずそのまま部屋を出た。

​スタスタと暗い通路をその男の後ろを歩いていく。“Y城公子”、彼女は僕の同級生だったが、もう、死んでいるはずだった。なんでその名前で荷物が届いたのだろう。階段を降りていくと、配達員は僕を中庭に案内した。「あちらにサプライズの荷物があります。お客様の指示により、あちらで開封していただきたいとのことです」配達員はガラス扉を開けて僕を荷物の方へ誘導した。中庭の真ん中に不自然に荷物が置いてある。僕は言われるままその荷物の方へ歩いていった。それはトランクケースほどの大きさもある荷物だった。端の方に一つか2つがある薄明かりの中庭で、荷物には彼女の名前が書いてある。そして、受取人には僕の名前が確かに書いてあった。

​恐る恐る僕は段ボールを開封し、中身を確認した。

​中からは異臭が漂ってきた。ビニールで密封はされていたようだが、開けると同時にアンモニアや他の腐敗臭と混ざった、得も言われぬ匂いがしてきた。暗い薄明かりの中だったが、それはバラバラの肉片だとわかった。

​“Y城公子”、それは去年の暮れ、同窓会で会った後、再び会ったときに思い余って僕が殺してしまった女の名前だ。誰にも見られていなかったので、バラバラにして山中に捨てて埋めてきたはずだった。僕が配達員を確認しようとしたとき、背中で声が聞こえた。

​「公子、よかったな、そいつ、今死ぬぞ」

​その時、足元が突然開き、僕は穴に落ちた。僕の身体には無数の何かが刺さった。

そう、​僕は死んだ。








※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体、その他のコミュニティとは一切関係なく、暴力や自殺その他犯罪を推奨するものではありません。

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