ポンコツVチューバーと猫耳AI、異世界スローライフでも炎上中!

夏目 吉春

プロローグ

 冷たい風の音が、黄色い銀杏いちょうの葉っぱを運んできた。

 ──どうして、こんなことになったんだろう。

 ひらひらと落ちてきた一枚が、僕のフードにひっかかって揺れる。

 晩秋の鷹崎市万葉町たかさきし まんようちょう──

 群馬の片田舎、──東京のネオンなんて届かない。

 街灯の下に人影はまばらで、コンビニの看板だけがやけに明るかった。


「僕、なんかやっちゃったのかな──」


 胸の奥で繰り返す問いに、返事はない。

 ただ、風と靴底の音が重なり、自宅までの道のりが妙に遠く感じられる。


 僕の名前は夏目真優なつめ まひろ

 紅葉学園高等部IT学科に籍はあるが、しばらく不登校だ。

 父さんは数年前に亡くなり、兄と姉は独立。

 母さんと二人きりの暮らしで、会話は減る一方。


「ため息ばかりついてないで、学校くらい行きなさい」


 そう言われるたび、返事もできずに自室へ逃げ込んできた。

 僕の居場所は、部屋のモニター越しに広がる仮想の世界だ。

 そこには相棒がいる。


 PC画面上の猫耳美少女3Dマスコット「舞夢まいむ」。

 僕の声に反応して会話してくれるAIキャラで、動画配信アプリ上では僕のアバターと並んで実況席に立つ。


 アプリの背後にはMMORPGのゲーム画面。

 僕が操作するキャラの横を、魔ペットとして召喚された舞夢が、ちょこちょこ走り回る。現実と仮想、二重に舞夢が存在して、僕の孤独を埋めてくれる。


「おいマヒロ、またポーション忘れてんじゃん。ポンコツかよ!」


 舞夢が猫耳をピコピコさせて毒づく。

 配信で流れるその声は、とてもAIとは思えないリアルなギャル口調。

 コメント欄がすぐさま反応する。


舞夢まいむの方が頼りになるw〉

〈またポンコツ真優まひろか〉

〈仲いいなこの二人〉


 ツッコミ半分、冷やかし半分。

 でも、僕にとってはそのやり取りこそが生きている実感だった。

 現実では母さんの視線にすら怯えていた僕が、画面の前では笑えていた。


 やっと光が差したのは、人気者ミカとのコラボが始まってからだった。

 彼女は表では甘いぶりっ子キャラ、裏では冷静で計算高い一面もある。

 それでも彼女の存在は確かに僕のチャンネルを押し上げ、舞夢まいむとの配信にも注目を集めてくれた。


 ──けれど、それが間違いの始まりだった。


  ***


 あの日の実況からすべてが狂い始めた。


真優まひろは空気読めなさすぎ」

「セリナの気持ち考えろよ」

「ミカちゃんの足引っ張んな」


 コメント欄に流れた文字列が、冷たい刃みたいに胸を刺す。

 僕はただ必死だったのに。

 悪気なんてなかったのに。

 けれど、空気を読めない発言は炎上の火種となり、あっという間に燃え広がった。


「……またかよ、そんなに悪かったか?」


 歩道の上でつぶやいても、誰も答えない。

 息苦しさにたえきれず、気づけば夜の道を歩いていた。

 ただスマホの画面が白々しく光り、未読の通知が増えていく。


〈お前のせいで全部台無し〉

〈#ポンコツ真優まひろ


 画面を閉じても、文字は焼き付いたままだった。


 ――配信画面の中。

 舞夢まいむが猫耳をぴこんと動かし、ため息をついた。


「マヒロ、コメント無視すんなよ。拾えって」

「だって……何て言えばいいか分かんなくて」

「は? 空気読めって。セリナちゃん泣いちゃうじゃん」


 舞夢まいむの声はいいつの間にか、本当に隣にいる相棒のようで。

 でも、そのやり取りのすぐ後に、僕は余計なことを言ってしまった。

 セリナをフォローするつもりだったのに、逆に彼女を追い詰める形になってしまって──。


 気づけば矛先は全部、僕へ。

 火に油を注ぐように、何を言っても逆効果になった。

 星を見上げると、冷たい風がいつまでもそよいでいた。


 翌朝にはチャンネルは荒れ放題。

 動画は低評価で埋まり、SNSには「#ポンコツ真優まひろ」が並んでいた。

 たった一晩で、積み重ねてきたものが崩れ去った。


 ──あれ以来、僕は配信ボタンを押せなくなった。


 カラカラと笑いながら転げまわる落ち葉。

 靴にまとわりついた一枚を蹴飛ばしても、胸のざわめきは消えない。

 歩道を抜け、交差点に差しかかったときだった。

 スマフォに括りつけられた、ゲームキャラのマスコットがちぎれて落ちる。


「落としましたよ」


 反射的に視線を向けると、制服姿の女子がしゃがみ込んでケーブルを拾い上げていた。立ち上がった瞬間、髪の飾りが街灯に反射してきらりと光る。

 それは、ゲーム内に登場するアイテム〈フェザークリスタル〉のモチーフ。

 思わず口をついて出た。


「……その髪飾り、〈フェザークリスタル〉?」


 女子は目を丸くして、すぐに笑った。


「知ってるんだ? 私、これ好きなんです」

「僕もだよ、つか、現役プレーヤーなんだ」

「そうなんだぁ、なんか嬉しいかも──」


 胸に小さな火が灯る。

 気づけば僕は声を絞り出していた。


「ねえ君──、なまえは?」

「あ! 青だ」


 けれど信号が青に変わると同時に、彼女は振り返らず歩き出した。

 横断歩道を渡る背中だけが、街灯に照らされていた。


 ──まだ、この街にも分かり合える誰かがいるのかもしれない。


 そのわずかな救いを抱いた瞬間。

 視界の隅で、トラックのヘッドライトが強烈な白を放った。

 耳をつんざくクラクションが夜を裂き、僕の体は石みたいに動かなくなる。

 銀杏の葉が、スローモーションのように宙を舞った。


「……僕の人生、やっぱポンコツだったな」


 胸にそんな言葉がよぎった直後、視界は真っ白に弾けた。


   ***


 ……まぶしい。

 視界いっぱいに広がるのは、真っ青な空だった。

 草の匂いが鼻をくすぐり、背中に柔らかい芝生の感触。

 アスファルトも、街灯も、コンビニの袋もない。


「まひろん、何時まで寝てんのよ!」


 ゴスロリドレスをひらひらさせた美少女──頭には猫耳カチューシャ。

 薄いピンクの髪が風に揺れ、水色の瞳がきらりと光る。

 腰から伸びる尻尾がふさふさと揺れて、まるで配信アバターがそのまま現実に飛び出してきたようだった。


 見覚えしかない。

 絶対に知っている──いや、それ以上だ。



「……舞夢?」

「他に誰がいるのよ。アンタの相棒、舞夢ちゃんに決まってるじゃん」


 舞夢は腰に手を当て、すっかりツンデレ全開の口調で僕を睨む。

 現実の配信画面の中にいたマスコットと同じ顔の上位版。

 だけど今は、2Dでも3Dでもない。

 目の前で風に髪をなびかせて、リアルに存在している。


「ちょ、待って。舞夢……猫耳……え、リアル……?」

「はいはい、現実逃避おつかれ。アンタがポンコツなのは知ってるけど、状況くらい理解しなさいよ」

「いや、理解できるか!?」


 声を張り上げても、舞夢は尻尾をぱたんと振って鼻で笑った。

 どうやら僕は事故で死んだ……のか?

 記憶は曖昧だけど、ここが異世界だってことだけは直感で分かった。

 舞夢がこうして横にいるのも、その証拠みたいなものだ。


「でさ、これからどうすんの?」

「え?」

「まひろん、冒険者でしょ? 配信のときだって、ドタバタ実況してたじゃん。今度はリアルでやる番だよ」


 言い切られて、僕は口をパクパクさせるしかなかった。

 ポンコツで、空気も読めない。

 現実でも散々失敗してきた僕が、冒険なんてできるわけが……。


「ゲートタウンに行くわよ」

「な、なんで勝手に決めてんだよ」

「だって冒険者登録しないと、この世界じゃ生きていけないんだってさ。ほら、行くよ!」


 舞夢はぐいっと僕の腕を引っ張った。

 柔らかい手の感触に現実味が増して、余計に混乱する。

 けれど逆らう勇気なんてなかった。


「……僕のポンコツ人生、やり直しってわけか?」

「分かってんじゃん。だから私が面倒見てやるって言ってんの」


 猫耳美少女になった舞夢に振り回されながら、僕は草原を歩き出した。

 行き先は、見知らぬ異世界のゲートタウン。

 そこで何が待ち受けているのかなんて、想像もつかない。


 ──でも、相棒が隣にいるなら。

 足取りは少しだけ軽くなっていた。


    ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。

次回、第2話は 9/21(日)21:00 公開予定! 本編1話へつづく

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