第64話 テレジアの機嫌
バルガスが出て行くと、部屋をノックする音とテレジアですと言う声が聞こえた。
「入ってくれ」
私がそういうとドアが開いた。
姿を現したテレジアは、静かにドアを閉めてこちらを向いた。
娼館に着いた時、久しぶりのせいか以前にも増して奇麗な気がしたが、装いの違いか化粧を変えたのか、あるいはこれもスキルなのかわからないが、匂い立つような美しさだ。
「お話があるとのことで参りました」
深く頭を下げたテレジアに、私は椅子に掛けるように言った。
「面倒な仕事をさせているが、何か問題はないか」
私の前に座ったテレジアは首を振り、順調です、問題はありませんと答えた。
「ところで、アンリエッタを面倒見てくれて感謝する。ほかに匿うところも人も思いつかなかったのでな」
いいえ、といった後でテレジアはわずかにためらいがちに私に訊ねた。
「あの娘をどうされるのですか。お屋敷に連れて行くと聞きましたが」
「うむ、あの娘には療養させた後、助けた報酬代わりにやってもらうことがある」
私がそういうと、テレジアはわずかに憂鬱そうな表情をした。
「悪いようにするつもりはない。安心せよ」
「いえ、あの、アルバート様のお世話をさせるのでしょうか」
そうか、テレジアは私がアンリエッタを、妾か何かにするのではないかと疑っているのか。
「テレジア、君は何か妙な勘違いをしているな」
「そのようなことは・・・。ですが、あのアンリエッタの初々しい美しさは、たぐい稀なものですので」
何か言い淀んで、テレジアは私を窺い見た。
「確かにな。あれは帝国の女優だ。第二皇子の姦計で処刑されそうなので助けた。しかし、テレジア勘違いするな。私は、私欲で配下を危険にさらすような主人ではない。それに、もしもお前が思っているようにあれが女として欲しいと思うのであれば、この手で救い出す」
「失礼したしました。私は思慮が足らない者です、どうかお許しください」
うつむいたテレジアの顔にはかすかに笑みが漏れているような気がした。
「誤解が解けて何よりだ。アンリエッタは確かに容子は良いが、幼すぎる」
私がそういうとテレジアは、あらっというように意外だというような表情を浮かべた。
「殿方は若いご婦人には目がないと思っておりましたが」
「まあ、そういう男が多いのは確かだが、私は当てはまらないな。それにテレジアであれば、いくらでも姿が変えられるだろう。年齢などどうにでもなるではないか」
テレジアはこれにはやんわり首を振った。
「作り物は本物には敵いません。サキュバスの誘惑は邪な欲望には無敵ですが、純粋な愛には無力です」
なるほど、しかしそうなると、私のテレジアへの気持ちは邪な欲望なのか、いつかテレジアに聞いてみよう。
「ところで話は変わるが、ラプラスの用意した女たちの出来はどうだ。私は君が連れてきて、いざ来てみたらがっかりさせるのはダメだぞと注文を付けたのだが」
「連れてきた男たちががっかりすることはないでしょう。何しろあのラプラス様ですから、これまで培った男の欲望を十分満足させる女たちだと思います。タイプもそろっておりますので、ほとんどの男は夢中になるでしょう」
ほほぅ、と私が興味を示すと、テレジアは途端に警戒するように私を可愛く睨んだ。
「検分するだけだ。君に美しさで勝てる者など無いのはわかっている、少なくとも私にとってはな」
私が笑いながらそう言うと、テレジアは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「アルバート様はお人が悪いですわ。私はなにもそんな風には・・・」
と、もごもご言っているテレジアを私は立たせると、ラプラスの作った女たちを見るために部屋を出た。
楽しみというのもあるが、それよりせっかくここまで来ていながら、ラプラスの労作を見なかったとなると、彼に文句を言われそうだからだ。
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