第1話~第10話

第1話 異世界には美少女がいるらしい

 火曜日の昼休み。代り映えのない、いつも通りの日だった。


 教室は授業中とは打って変わって、昼ご飯にありつく生徒たちで賑やかだ。


 さっきまで机に突っ伏していたはずの生徒がいきなり元気を取り戻し、友人らと話に花を咲かせている。


 かくいう俺は、一週間はまだ始まったばかりだというのに、もうすでに眠気と疲労感が凄いことになっている。


 大きな口を開けあくびをしていると、誰かがドスンと俺の机に弁当を置いた、と同時に目の前の席に座った。


「なぁオウリ、知ってるか?」



 染谷そめやだ。中学からの友人である染谷は、取り出した箸で俺の卵焼きを奪いながら、にやりと笑う。


「何がだよ。てか毎度毎度人のおかず取りやがってっ、卵焼き返せ!」



 なんとか奪い返そうと箸を伸ばすも虚しく、母の愛情こもる卵焼きは、食い意地モンスターの口の中に放り込まれてしまった。


 一瞬、このおかず泥棒をどうしてくれてやろうかと考えたが、代わりに染谷の弁当のウィンナーを取り上げたことで、この事件もおあいこに終わる。


「で、何を知ってるって?」



 冷めてもジューシーなウィンナーはなかなか美味しかった。


「くうぅ、俺のウィンナー⋯⋯!」


「先に取ったお前が悪い」



 最終的にはお互い様だろうが、原因を作ったのは間違いなく染谷の方だ。


 メインのおかずを取られた染谷は嘆きながらスマホの画面をこちらに向けた。


 動画一覧の一番上にあった動画をタップし再生する。


 ふたりのデフォルメ化された顔だけのキャラが機械音声で情報を届ける、よく見る感じの動画だった。


 たしか、『ゆったり動画』とかいう。


「魔界では、牛とか豚とか動物の肉は食わないんだ。だから魔界で出るハンバーグは肉じゃなくてヘルシーな豆腐ハンバーグらしい」


「なんだよそれ。そもそも魔界に豆腐なんてあるのか?」



 牛や豚より豆腐の方がよほど食べなさそう、というより魔界ににがりや大豆なんてあるのかよ。大豆をこして豆腐を作っている悪魔の姿なんて想像もつかないが。


 何の根拠もなさそうな染谷の話に不信感を抱きながら、助かったもう一つの卵焼きを食べる。


 かつおだしベースのだし巻き卵だ。


 染谷がスマホの画面を指さす。ここに書いてあるだろ、みたいな表情だ。


 確かに、染谷の言っていた豆腐ハンバーグの話が出ていた。


 動画のタイトルは『知られざる魔界の日常生活とは!?』と、よく目にするようなありきたりなもの。


 ハンバーグの他には電化製品がない代わり、魔法で火を出しお湯を沸かしたり、シャボン玉を出して洗濯したり、ハンバーグの話よりかはまだ信じられそうな話が紹介されていた。


 だがそのどれもが創造の範疇を過ぎないというか。


 いまだほかの世界との交流も少ない中、いまいち信憑性に欠ける気がする。


 これをまさかこいつは本気で信じたのだろうか?


 三年ほどの付き合いでこいつが人の話を信じやすい単純な奴だとは分かっていたが⋯⋯。


 変な勧誘に騙されたりしていないだろうか。

 友人として心配になった。


「でもいいよなーお偉いさんたちは。俺たちは記事とか動画でしか情報を手に入れられないけどさ。お偉いさん方は魔界も精霊界も六世界ぜーんぶ行き放題だ」


 椅子を前後に揺らし不満を垂れる。


 行き放題――。


 確かに、この十年で悪魔とか妖精とか、そんな二次元の世界にしか存在していないと思われた存在が確かに存在していると公表されて、一部ではすでに他の世界と交流をはかっている人もいるらしい。


 だがその大半が国会議員とか、誰もが知る一流企業の重役とかで、それも政治や貿易関連について会議を開くためのあくまでも事務的なやつだ。


 異世界観光だとか異世界人交流だとか俺たちがあこがれるようなイベントなどまだまだ遠い話だ。


 一般人の渡界すらまだ計画の序盤段階で全然進んでいないらしい。


 見ていたニュース一覧には来月行われる世界会議に先駆けアメリカに中国、イギリスやフランス、他数ヵ国が出席する予定であることを伝えるニュースが急上昇トップに来ていた。


 一般人である俺たちが渡界できるようになるのは一体何十年後になるやら、俺たちがよぼよぼの爺さんになるまで無理なんてことも十分あり得る話だ。


 別に冷めているわけじゃない。


 俺だって悪魔や妖精がいるなんて聞いたときは興奮して朝から晩までテレビニュースにかじりついていたし、母親に頼み込んで異世界関連の記事を集めてもらっていた。


 悪魔が、妖精が、妖怪が本当に存在している。そんなのワクワクせずにはいられない。


 でも実際はどうだろうか?


 いると分かっただけで、妖精も悪魔もこの目で見たことはない。


 報道もある程度のところで規制されている。異世界との会談が行われると報道はされても実際に映されるのは渡航の様子や各国首相の姿のみ。


 いまだ存在否定派が少なからずいるのもそのせいだ。


 この目で見ていないのに信じられるはずがない。魔法なんてものはあまりに非科学的で常識外れな空想に過ぎない。


 当然の意見だった。


 でも――


「死ぬまでには見たいな」



 透き通る虹のような羽を持つ妖精。兎や狐、オオカミの耳を生やした獣人。


 呪文を唱えれば火や水、光を放ち、箒があれば空を飛ぶ。いまだ創造の範疇をすぎない世界。


 それがただの夢物語ではなく、本当に実在しているというのだから、見ずに死ぬなんてことが出来るだろうか。


 魔法を使う異種族美少女を見れるなら、どんな過酷な運命にも立ち向かえる気がする。


 最近は六世界の存在が知られたことで異世界ものの、いわゆるラノベが増えてきている。


 ごく普通で目立たない学生、もしくはサラリーマン、引きこもりなどが転生し剣と魔法の世界で過酷な異世界ライフに挑んでいくやつだ。


 いくつもの出会いと別れ、命をかけた冒険が主人公を唯一無二の存在へと変えていく。


 そこには笑いがあり、時に涙がある。何より美少女がいる。


 主人公の周りに集まるのはいつだって訳ありな美少女たちだ。


 黒髪、金髪、銀髪、赤髪。


 とがったエルフの長い耳、ふわふわのケモ耳に尻尾、可愛らしい語尾も外せない。


 ツンデレ、清楚系、妹系、お姉さん系⋯⋯二次元の世界はバリエーション豊富だ。


 美少女の数だけそこには夢があった。


 では実際の異世界は美少女だらけなのかと言われれば見ていないを理由に首をかしげておくにとどめるが夢ぐらい見るのは自由だ。


「分かるぜ鷹梨。食べてみたいよな、異世界のハンバーグ」


「⋯⋯」



 パリンと夢の世界が壊れた音がした。


 こいつは食い意地しかないのか⋯⋯。


 呆れつつも染谷らしさになんだか笑えてきた。

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