爽月と彩月【上】

第13話

「どこをほっつき歩いていたのよ! せっかくパパとママが二十歳はたちのお祝いにバースデーディナーを予約してくれたのに遅れちゃうじゃない!」


 爽月のヒステリックな金切り声に耳の奥でキーンと嫌な音が鳴る。言われてみれば、今日の爽月はカジュアルなパーティードレス姿であった。

 膝上丈の黒のストリートワンピースにピンクベージュのバルーンスリーブチュール、ミルクティーのような薄茶色に染められたウェーブのかかったロングヘアは丁寧に結い上げられて、華やかな容姿の爽月を更に引き立てていた。

 いつもより派手さが増した化粧やつけ爪もしっかり整っているので、本当に出掛けるところだったのだろう。

 眉を吊り上げる爽月に及び腰になりながらも、どうにか「ごめん、爽月」と謝罪を口にする。


「でもディナーの話なんて聞いていないし、用があるから帰ってきて、としか言われなかったから……」

「そんなの普通言われなくたって分かるものでしょう!? あーあ、これだから馬鹿は嫌いなのよ!」

「何をやっているんだ、お前たち」

「うるさいわよ。やだっ、なにその汚い格好っ!」


 彩月たちの声に反応してリビングから顔を出したのは、通勤時とは違ってオシャレにスーツを着こなした父親とパーティードレス姿の母親であった。二人ともに爽月と同じように余所行き用の格好をしていたので、ディナーの話は本当なのだろう。

 爽月は猫撫で声を上げながら、「パパ、ママ、聞いてよ〜!」と両親に駆け寄る。


「彩月がね、帰りが遅いことを咎めたら、私が悪いみたいに話すの! 誕生日に家族水入らずの時間を過ごすのなんて当たり前なのにね!」

「そうなのか、彩月! お前はせっかくの誕生日を寮じゃなく実家で過ごさせようという姉の思いを踏みにじるつもりかっ! こんなグズに優しくしなくて良いぞ、爽月。時間の無駄だからな」

「あんたみたいなこの家の恥晒し、本当なら家にも入れたくないのよ。それなのに帰りが遅くなっただけじゃなくて、そんな薄汚い格好で敷地内に入ってきて、ご近所さんに変な噂を立てられたらどうするの! 爽月の将来を台無しにするつもりっ!?」

「でも、私は……」


 怒鳴り散らす両親に反論しかけて、彩月はぐっと言葉を飲み込む。二人はいつ何時だって爽月の味方だ。何を言ったところで、未熟な彩月が敵うはずもない。

 それならここは怒りを堪えて謝罪した方が早く終わる。

 彩月は「遅くなって、すみませんでした」と、悔しさを堪えて頭を下げたのだった。


「そんな汚い格好で家の中を彷徨かないでちょうだい。爽月の好意であんたの部屋はそのままにしているからさっさと着替えて。玄関や廊下に付けた汚れは私たちが帰ってくるまでに掃除するのよ。少しでも残っていたら二度とうちに入れないからね!」

「はい……」


 彩月の話に一切耳を傾けず、ただ延々と繰り返される叱責。一年半前に家を出た時と変わらない両親の態度に全身が重くなる。

 その度に早くこの家族と縁を切って離れたい、それが叶わないのなら誰か連れ出して欲しいと願ってしまう。そのためにも早く次の進路を決めなければと気持ちが急く。この焦りが原因でこれまで何社も落ちたというのに、何も成長しない自分に嫌悪感さえ覚える。


「ところであんたの隣にいるうさぎは何? 随分と薄汚いけれど、河原でぬいぐるみでも拾ってきたわけ?」


 ねっとりと纏わりつくような爽月の声で下に目を向ければ、玄関前で別れたはずの響葵がぬいぐるみのようにちょこんと後ろ足で立っていた。

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