第11話

(どうしよう。早く帰らないと爽月とお父さんたちに何を言われるか……)


 墨色の空の中天近くに差し掛かる十六夜と密集した家々に灯り始めた明かりが急かすように彩月を照らす。

 小言だけなら良いが、きっと無傷では済まない。

 自分の思い通りに物事が進まずヒステリックになる爽月と、そんな爽月の味方をする両親。

 彩月と血の通った家族である三人が彩月の心を抉って、身体に傷を負わせる。

 昔から両親は爽月ばかり大切にしているところがあり、爽月も家族の中心的存在として好き勝手に振る舞っていたが、ここまであからさまに差別されてなかった。

 こうなったきっかけというのも二年前の晩冬。

 その年に受けた大学受験の合否が彩月たちの双子の命運を分けたのだった。


(私も爽月みたいに美人で優秀だったら、こんなことにならなかったかもしれないのに……)


 優秀な双子の姉とその付属品として生まれてきた妹。

 姉が綺麗なものだけ集めて生まれてきたなら、妹は姉が捨てた廃材を集めて生まれた。

 それくらい爽月と彩月には天と地ほどの隔たりがあった。

 対人関係でさえ、周囲に好かれる人気者の姉と姉の影に隠れて相手にされない妹という構図が出来上がっている。

 何をやっても姉の影に隠れて目立たず、何の役にも立たない無能。それを理由に姉と両親からは好き勝手言われて傷付けられる日々。

 家を追い出されてようやく解放されたと安心していたら、今度は都合の良い時だけ呼び戻されるようになってしまう。

 無視して逃げ出したのなら現在暮らしている大学の学生寮まで押し掛けてくるから仕方なく従っているが、こんなことならもっと遠くの大学に進学するべきだったと入学してから後悔したくらいだ。


「やっぱりさっきのお兄さんについて来てもらえば良かったかな。優しくてカッコいい人だったから、きっとミーハーな爽月はお兄さんの言葉を信じてくれるはず……」

「あんなの気障ったらしいの間違いだろう」


 聞き覚えのある毒舌に飛び上がりそうになると、彩月は嫌な予感がして恐る恐る振り返る。

 もしやと思った通り、先程の黒うさぎが彩月のすぐ後ろを歩いていたのだった。


「君の家というのはどれなのだ? 遅くまで付き合わせてしまったから、さぞかし家族も心配していることだろう」

「うさぎさん、ついてきちゃったの!?」


 うさぎに目線を合わせようとその場で足を止めて膝をつけば、すぐ目の前まで来てくれる。

 後ろ足で立ち上がったうさぎは鼻をヒクヒクと動かしながらじっと彩月を見上げたのだった。


「傷だらけの君を一人で帰すわけには行かないからな。心配しなくても俺は自力で家まで帰れる。アイツが心配性なだけだ」

「でも家に帰るまでにうさぎさんに何かあったら……」

「そんなことより、ここで立ち止まっていて良いのか。先を急いでいるということは何か用事があるのだろう?」

「そうだった。早く帰らないと爽月が……双子の姉が怒るの。急がないと!」


 うさぎのことも心配だが、これ以上待たせた分だけ爽月の不機嫌も増してしまう。

 こんなことなら、別れる前に男性から連絡先を聞くべきだったと後悔するが今更遅い。

 それならと彩月はうさぎを抱き上げて歩き出す。うさぎを気遣いながら歩くのでスピードは落ちてしまうが、これなら多少肩の荷が下りる。

 男性への連絡方法や引き渡し方など、うさぎに関しては家に着いてからゆっくり考えれば良い。

 突然彩月に抱えられたからか、当のうさぎは「おおっ!」と小さく声を漏らしつつも、大人しく腕の中に収まってくれたのだった。

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