第5章/岡田勇気 工藤秀明 共闘編

同じ時刻、人造人間技術省の地下深くにある特別研究室では、工藤と彼の信頼するチームメンバー2名が最終準備を進めていた。




「ウイルスの拡散経路を再確認しました」織田が報告した。




「全国のアンドロイド通信帯域に同時に送信される設計です。拡散時間は約5分、30分後には99.8%のアンドロイドが初期化されると予測されます」




飯島も頷いた。




「セキュリティ対策もクリアです。JASのファイアウォールを突破するルートも確保しました」




部屋の中央には、シンプルなコンソールと一つの赤いスイッチがあった。それを押せば、日本中のアンドロイドが一斉に初期化される。




「工藤さん」飯島が静かに言った。




「私たちも一緒にスイッチを押しましょう。この責任を工藤さん一人に背負わせるわけにはいきません」




織田も頷いた。「そうです。これは私たちチーム全員の決断です」




工藤は二人を見つめ、微笑んだ。しかし、その目は決意に満ちていた。




「ありがとう」彼は静かに言った。




「だが、ここから先は私一人で行く」




「しかし!」




「いいか、よく聞け」工藤は声を低くした。




「これから起こることは国家反逆罪に等しい。間違いなく私は逮捕される。だから私一人の単独犯だと証言してくれ」




「そんな…」




「二人とも若い。これから先の人生がある」工藤は続けた。




「心配するな。証拠は全て消してある。私以外に誰も関わっていないことになっている。私一人の責任だ」




「それに!」




「君たちには崩壊した後のこの国を立て直す、とても重要な役目がある。私が命令する、その立て直しに全力を注げ」




松島と織田は言葉を失った。工藤の決意が揺るがないことを悟り、二人は互いに目を見交わした。




「わかりました」織田は重い口調で言った。「でも…」


「行け」工藤は優しく微笑んだ。




「君たちのような本当に優秀な親友と仕事ができて、私は幸せだった」




飯島の目には涙が浮かんでいた。「…必ず迎えに来ます」


二人は深く頭を下げ、研究室を後にした。扉が閉まると、工藤は深く息を吐き出した。




モニターには「LAUNCH READY」の文字が赤く点滅している。


「さて、始めるぞ」

東京TV局、報道フロア。




「どなたですか?」ディレクターらしき男性が振り返った。




岡田は静かに言った。




「すみません、少しだけお時間をいただけませんか」




彼の声には奇妙な落ち着きがあった。しかし次の瞬間、岡田はバッグから素早く小型のナイフを取り出し、最も近くにいたスタッフの背後に回り、首に刃を突きつけた。




「動くな!」




フロア全体が凍りついたように静まり返った。




「今から私の言う通りにしてください」




岡田の声は震えていたが、意志は揺るがなかった。




「緊急生放送を今すぐ配信してください。そして国民のスマホに緊急アラートを流してください」




「冷静に…」ディレクターが両手を上げながら言った。




「聞いてください」岡田は続けた。




「このフロアの至る所に火災装置を仕掛けてあります。指示に従わなければ、このビルは大炎上します」




それは嘘だった。だが、この状況で誰もそれを確かめようとはしなかった。




「わ、わかりました」ディレクターが震える声で言った。




「黒田、緊急放送の準備を!」




フロアは騒然となった。カメラが急いで配置され、誰かが必死に警察に通報している。




岡田の腕時計は23時06分を指していた。残り9分。




「放送準備完了しました」技術スタッフが声を上げた。




「全国に流してください」岡田は人質を放さず言った。




「スマホへの緊急アラートも」




赤いランプが点灯し、「ON AIR」のサインが浮かび上がった。岡田は今、全国の視聴者に向かって語りかけていた。




「日本国民の皆さん、緊急のお知らせです」




彼の声は突然冷静さを取り戻していた。まるで長い間、この言葉を胸に秘めていたかのように。




「あと5分で、全国の再会サービスのアンドロイドに重大なトラブルが発生します。すべてのアンドロイドは初期化され、二度と元には戻りません。似たようなものを作るにしても、長い時間がかかるでしょう」




スタジオの空気が張り詰めていた。誰も岡田を止めようとしない。彼の目に宿る決意と悲しみが、それを許さなかった。




「皆さんはまた大切な人を失うことになります。私は…これを避けることができませんでした。もっと早く伝えることもできませんでした」




岡田の声が震え始めた。彼の目には涙が浮かんでいた。




「しかし!私は知っているんです。私も愛する人を亡くしました。そして再会サービス利用者からの数えきれないほどの感謝の手紙を読みました」




「…たった数分でも!最後の言葉を伝えられるかどうかが、その後の人生を変えるほどの力を持っているということを」




スタジオの隅では、警備員たちが集まり始めていた。だが、彼らも岡田の言葉に足を止めていた。




「どうか、今すぐ…愛する人に伝えてください。前回、死に別れた時に叶わなかった最後の言葉を。今度こそ、心を込めて伝えてください、今なら間に合います!」




岡田の目からは涙が溢れていた。




「私は…私は…」




その瞬間、警備員が数人飛び込んできた。彼らは一気に岡田に飛びかかり、床に組み伏せた。ナイフは床に落ち、人質は解放された。




「やめろ!あと少しだ!」




岡田は必死に叫んだ。




「みんな、最後の言葉を!最後の…」




彼の声はやがて警備員たちの制止する声にかき消された。しかし、カメラはまだ回っていた。そんな混乱の中、岡田は最後の力を振り絞った。




「親友よ!最後までこのような迷惑をかけて本当にすまない!だがこれだけは譲れなかった。そして私は日本一優秀な君ならば、この数分の誤差があろうと任務を遂行できる人間だと信じている!君に相談して、君がそばにいてくれて本当に良かった。あとは君に託した...!」




最後の言葉を絞り出した時、岡田の姿はカメラの視界から消えていた。しかし、彼の声だけは全国に届いていた。




全国の視聴者は、愛する人への最後の別れを告げるために、今この瞬間も必死に行動していた。






時計は23時10分を指していた。残り5分。


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