9話 盾と剣

勇者は、久々な感覚に焦りを感じていた。

(なんだ、この戦闘能力は?)



スッと両手を下げ、少し体を傾ける独特の構え。

そこから、信じられない徒手の技が自分を襲ってくる。

その目は、油断なくこちらを睨みつける。


敵である彼女の姿は、憎たらしくもどこか美しさが備わっていた。




勇者は戦いの中、相手を観察し分析する。だが、すればするほど相対するイルがとてつもなく強い事が浮き彫りになっていく。



ト……ト……



ゆっくり近付いてくる。

その一挙手一投足が、緊張感を高める。



「っ⁉︎」


突然、姿が消える。

いや、正確には視界から消えた。


なぜならイルは、その高身長から想定できないほどの低さから、高速で接近。

勇者に拳を叩き込む!


高身長な身体、長い手足で繰り出されるのは単純な力技!

かと思うと次の瞬間、鋭い手刀が絡みつく用に放たれてくる。


変幻自在の攻撃はまるで、毎日行っている鍛錬の時、剣を振る際に思い描く「理想の敵」。

それがそのまま出てきたみたいだ。




様々な剣技、型を収めた身だがそのどれを出してもかわされ、的確に反撃をもらう。

こちらからの攻撃が当たらず、向こうからの攻撃が必ず嫌なタイミングで襲いくる。

こんな逸材が、名を上げることなく今まで潜んでいたのか…。



にやりと、思わず笑みが浮かぶ。

強者との戦闘に、どこか楽しさを見出している自分がいる。

それは、むしろ心地よさを感じる。


(まったく、つくづく私は〝剣バカ〟なんだな。)

自分に自分で呆れてしまう。





だが、勝負は勝負。

甘くない世界に身を置く彼も、また勇者である。

この戦いで得るもの、失うものの天秤を容赦なく突きつけられる事は知っている。揺るぎない強さを示すためには、目の前の最強の敵を確実に葬り去らなければならない。


暗黙の了解のもと、正々堂々と一対一の勝負。


……たとえ、それを破ろうとも。







ブラッドは、いまだ相手の速さについていけていない。ダメージだけが積もり、足元がふらつく。


「くそっ!くそっ!

動けよ、体ぁっ‼︎」


「…遅いぞっ!」


相手のサーベルのような剣。

その斬撃が四方から高速でくる!


元々、足場が悪い山岳地帯。

さらに黒い剣士と比べて重量があるブラッドは、まるで手足に重りを付けているよう。



「っ!しまっ…」


ふらつく足が小さなくぼみにとられて、一瞬棒立ちになるブラッド。

刹那、すでに敵は剣をふりかざして迫っていた。

防御に使っていた剣が間に合わない!

咄嗟に、盾を構えるブラッド。



カアァァァン…!



乾いた鉄同士がぶつかる音がして、なんとか防いだブラッド。




(そうかっ‼︎)

その瞬間、ブラッドは閃いた!

そして、相手の俊敏な撹乱を追う事をやめた。戦闘に、頭をフル回転させる。


「素早い」と言う事は、「軽い」と言う事。


鋭利な刃でスパッと切り裂くのが相手の戦法。

ならば、それを受け切る。

それが今の最善の方法だと辿り着く。





(…こいつ、なんだ?)

カゲは違和感を覚える。


相手から焦りが消えた。

何か策を思いついたと勘付く。

だが、攻撃を止める訳にはいかない。

なぜなら、この戦士を足止めしているのは自分の方だからだ。



数的有利は相手側だ。

もし、勇者の方に加勢されれば

…あり得ざることだが、勇者が万が一やられれば、形成は一気に傾く。

このパーティーで、自分はアタッカーだが、同時に〝潤滑油〟の役目でもある。自慢の足でサポートもこなす。


今、この少年をあのダークエルフに加勢に行かせるわけにはいかない。連携が容易に出来ない以上、相手側には絶対連携させず、各個撃破していく。


自分が信じる彼のために、仕事は完遂しなければ。





ギャリギャリギャリッ‼︎

「っ……‼︎」


一層激しくなるカゲの攻撃だが、ブラッドは動かない。剣で、かろうじて受け切っている。



(くそ…!まずいぞ!)

一方、カゲも必死だ。

予想以上に、ブラッドに粘られている。

早めに決着を決めた方が良い、でなければズルズルと粘られたら、それこそ相手の思う壺。

…急所を突く。今までよりも早く、鋭く…‼︎


ほとんど残像しか視認できない、カゲの超高速連撃!

複数人から攻撃されているような錯覚さえ覚える。



その中の一撃が、ブラッドの首元を正確に狙う



バキィッ‼︎




「なっ⁉︎」

「…待ってたぜ!」


カゲの刃が砕けた。

しまった、これが目的か!


狙い澄ました急所突き、それを狙ったブラッドの見事なパリィが炸裂する!


武器を壊せば、いかに速い相手でももう怖くはない!

ブラッドの腕には剣は握られておらず、あの山賊から譲り受けた盾だけがあった。




…なるほど、最初から〝攻め〟は捨てていたか。

愛刀を砕かれたカゲは、距離を取るしかなかった。


「どうだっ!」


苦笑いをするしか無いカゲ。

この勝負、ブラッドに軍配が上がった。

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