第31話


 身支度を終えた俺は屋敷から出ると、街の外れにあるエブラム教の教会へと向かった。

 周囲の建物と比較すると不釣り合いなほど大きな建物は、美しく飾り立てられていた。


「これは……エルミカ。おはようございます」


 そして教会の前を掃除している女性が一人。

 ファルティナである。

 彼女は毎日、自らの手で自分の教会を掃除しているのだ。


 相変わらず、真面目な子である。

 こんないい子が、運命のいたずら次第で闇落ちするとは……。

 もっとも、そんな未来は俺が絶対に阻止するが。


「どのようなご用件ですか?」

「黄金祭の予定を聞きたくて」

「その日は炊き出しを行う予定です。温かいスープを配ろうかと」


 実は黄金祭は神聖教国、都市連合、聖王国の全てで共通している祭りである。


 神聖教国では太陽神ではなく、エブラムの誕生を祝う祭りという名目になっているが……。

 どうやら多神教アンチのエブラムであっても、太古の大昔から続く伝統を滅ぼすことはできなかったようだ。

 もしくは、お祭り自体は好きだったのか。


 というか、実はエブラム教とアマティア教は水と油のように正反対に見えて、実は要所要所では似ている部分も多い。

 特に神話のテキストはそっくりだ。


 エブラム本人は聖王国の出身……というか彼は聖女ナディアの兄なので、当然と言えば当然の話である。

 彼は聖王家の王子だったのだ。

 故にエブラム教の祭祀の多くは、アマティア教から拝借されている。


 どれだけアマティア教を憎んでも、その骨身に染みた文化慣習や宗教価値観までは否定しきれなかったのだろう。


 アマティア教に対するエブラムの複雑な心境が伺い知れる。


 というわけで、この日はエブラム教も信者獲得のために炊き出しなどの慈善活動を行うのが通例である。


「パーティーのお誘いでしょうか? お気持ちは嬉しいのですが……司祭としては、このような厳かな日に、華やかなパーティーに出席するのは……」

「私的な内々のパーティーだから。その辺りは安心してもらっていい」

「なるほど。え……内々?」


 もしかして。

 と、ファルティナは両手を頬に当てた。


「そ、それは、私とあなたの二人きりで夜を過ごすという……い、いけません! 私は主に身を捧げた……」

「安心して欲しい。ララとクルシュナも一緒だ」

「あぁ……そうですか。そうだと思いました。一安心です。はい」


 ファルティナの機嫌が露骨に悪くなった。

 むすーっとした顔で、小石を足で弄り始める。

 いかにも「私、不機嫌になりました」と言わんばかりである。


「それとプレゼントを贈ろうと思っているんだが……欲しいものはあるか?」

「どうせ、クルシュナさんにもララちゃんにも、贈るんですよね?」

「贈らないわけにはいかないだろ」

「女誑し」

「要らないならいいけど……」

「要ります!」


 ファルティナは大きな声で叫ぶように言った。

 そして俺を睨みつけた。


「もし、私だけなかったら、一生恨みます。毎日、あなたの脛を蹴り上げに行きますから。覚悟してください」

「毎日、会ってくれるんだな」

「ふん!」


 ファルティナはプイっと顔を背け、頬を膨らませた。

 それから視線だけをこちらに向ける。


「……あなたが選んでくれたものなら、何でもいいです」

「そうか。それなら俺のセンスで選ばせて貰おう」

「でも、私は司祭なので。あまり豪華な装飾品を目立つような場所に身に付けることはできませんから」

「ふむ、なるほど」


 要するに指輪や首輪はアウトか。

 まあ、前者はともかく、後者は司祭でなくともアウトな気はするが。


アンクレット足輪とか?」

アンクレット足輪!?」

「ダメか?」

アンクレット足輪……なるほど、そういうことですね。ふふ……」


 ファルティナは途端にニヤニヤと上機嫌な表情になった。

 

「心を込めてくれるなら、構いません」


 ファルティナはウキウキとした表情でそう言った。

 そんなにアンクレット足輪って、良い物か……?




 シーメオン家の屋敷に併設された、訓練場。

 そこで二人の人物が剣を構えていた。


「『断剣!』」

「『星光剣!』」


 二人……俺とクルシュナの剣から放たれた魔力が、激しく衝突する。

 大気を震わし、土埃が舞う。


「はぁ……ごめん。休憩していい?」

「もちろん」


 俺が答えると、クルシュナは地面にへたり込んだ。

 体が汚れるのも気にせず、大の字になって横たわる。


「はぁ……やっぱり反動が大きいなぁ、これ」


 これとは神威憑依の奥義、星光剣のことだ。


 神威憑依の使用中、クルシュナは星から無限の魔力供給を受ける。

 クルシュナは俺と同じように自己治癒を身に着けているため、魔力も体力も常に回復し続ける。 

 事実上、HPとMPが無限に回復し続ける。


 しかしだからといって、無限の魔力が使えるわけではない。

 一度に引き出せる魔力量は神威憑依を使っても上がらないのだ。


 プールの水量がいくらあっても、蛇口の大きさが変わらないければ、一度に引き出せる水の量は変わらない。


 しかし星光剣はその上限――蛇口の大きさを一時的に引き上げることができる。


「反動が大きすぎるのが難点だな。長期戦になるなら、逆に使わない方がいいかもしれない」

「うん……そうだね。慣れの問題もあると思うけど」


 クルシュナは大きなため息をつく。


「どうにも……僕自身の力じゃないから。制御するのが大変でね」


 神威憑依で供給される魔力は、星神であるアマティア神由来の物。

 要するに自分の力ではない力を使うことになる。

 それが体に負担を掛けるらしい。


「もうちょっと、手軽に練習したいんだけど……」

「他人の魔力を……練習ねぇ」


 ふと、以前にファルティナやララにやられたセクハラを思い出した。


 ファルティナは接吻を通じて、俺の魔力を操作する技をやってみせた。

 ララは接吻を通じて、俺の魔力を吸い上げ、自分の力に還元してみせた。


 この二人の技能を使えば、負担も減るのではないか。


「何かある?」

「……いや、ない」


 さすがに「鍛錬のために俺とべろちゅーしようぜ」とは言えない。

 ……少なくともそれに頼るほど、困っていない。


「ふーん」

「どうした?」

「女誑し」

「なんで!?」

「何となく。女の勘」

「男だったくせに」


 そんな元王子様現王女様のクルシュナは、今は一人の冒険者として都市連合で活動している。

 王族としてではなく、騎士としてではなく、冒険者の一人として。


 「冒険者として都市連合で戦いたい」というクルシュナの我が儘を国王が渋々叶えた。


 という体の援軍派遣である。

 

 まだまだ聖王国の内部には都市連合への援軍派遣に消極的な勢力も多い。

 彼らに対して一定の配慮を見せた形になっている。


「黄金祭のプレゼントだけど……指輪でいいよな?」

「うん! ……丁度、指が寂しくなったところだからね」


 クルシュナは俺に手の平を見せながら言った。

 彼女の指には、まだ王家の指輪――印章は戻っていない。


 王族としての籍はあるが、それに伴う権利は没収されたままだ。


 貴族が見れば、彼女がまだ「国王の命に逆らった罰」を受けたままであることが分かる。


「ふふ、楽しみにしているからね?」

「言っておくが、薬指のサイズに合わせるつもりはないからな?」

「わ、分かってるよ! そ、それくらい!!」


 クルシュナは顔を真っ赤にして叫ぶように言った。

 冗談だったんだけどな……。


 そんなにムキになるなよ。





 黄金祭のパーティーは大きなトラブルなく、終わった。

 ファルティナもクルシュナもララも楽しそうにしていた。


 ……まあ、ファルティナとクルシュナはちょっと喧嘩していたようにも見えるが。

 しかし世の中には喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。

 

 二人の人生には喧嘩友達なんてものは存在しなかっただろうし。


 しかしプレゼント交換の時のあの一瞬の間……あれは何だったんだろうな?

 ギスって音がしたような気がするけど。

 そんなに変な物は贈ってない……いやまあまあ変な物はあったけど。


 要望は叶えたはずだが。


「……さて、そろそろ出かけるか」


 全員が寝静まったタイミングで俺はベッドから起き出した。

 こっそりと屋敷から抜け出し、レナードとリーゼがいる孤児院へと向かう。


 プレゼントを二人に渡すためだ。


 一年間、利口にしていた良い子にはサンタさんがプレゼントを贈ってくれる。

 みたいなイベントがこの世界にもあるのだ。


 原作では二人とも貧しさ故にプレゼントを貰えなかった。

 昔は非常に悲しい思いをしたと、語っていた。


 この世界では、そんな思いは絶対にさせない!


 というわけで俺は毎年、二人にプレゼントを届けに向かっている。

 もちろん、二人だけに贈ると雰囲気悪くなりそうなので、孤児院の子供たち全員に渡している。


 というか特定の孤児院だけ贔屓するのもどうかと思うので、都市連合の殆どの孤児院には何らかの形で寄付やプレゼントを贈っている。


 勇者っぽいだろ?

 だから孤児院の先生に任せていれば二人が寂しい思いをすることはないが……。


 しかしやはりレナードとリーゼは俺にとって特別な存在。

 自らの手でプレゼントを渡したい。


 というわけで俺は毎年と同じように、煙突から内部に侵入しようとするが……。


「むむ……!!」


 誰か、起きている。

 この気配は……レナードとリーゼか!!

 どうやら寝ているフリをして、謎のサンタクロースを捕まえようという作戦らしい。


「こんなこともあろうかと、準備しておいて良かった」


 俺は煙突から催眠ガスを注入する。

 五分後、レナードとリーゼの二人の気配が弱まるのを感じた。

 寝たようだ。


 あらためて俺は煙突から内部に侵入。 


 リーゼの寝顔を五分眺めてから、プレゼントを枕元に置いて行く。

 そしてそのまま屋根裏部屋へと移動。


 しばらくして朝日が昇る。

 そして……。


「わぁ!! 今年も来てくれたんだ!!」

「このお人形、欲しかったの!!」

「もう、積み木で喜ぶ年じゃないんだけど……」

「じゃあ、貰っていい?」

「ダメ!!」


 子供たちが喜ぶ声が聞こえてくる。

 

 ちなみにここの孤児院の子供たちは原作では奴隷にされて死ぬか、魔族に喰われて死ぬかしている。

 性奴隷にされて性病で苦しみながら死んだ子もいたな……。


 そんな彼ら、彼女らがプレゼントで幸せそうに大はしゃぎしているのだ。

 これほど素晴らしいことはあるまい。

 いいことしたなぁ。


「クソ……途中で寝落ちしちまった。今年は捕まえてやろうと思ってたのに」

「本当に誰なんだろうね? ありがたいけど……でも、毎年、侵入されてるのって、防犯上、ちょっと不安……」


 レナードとリーゼの声が聞こえる。

 二人とも、もうサンタクロースを信じているような年齢ではないらしい。

 

 まあ、成人するまで続けるけどな。

 お前らの子供にもプレゼントを贈ってやるよ。


 覚悟しておけ?


 俺はこっそりと孤児院から脱出する。

 来年も楽しみだな!


「何をしているんですか? エルミカ」

「……え?」

 

 俺が帰ろうとしたその時。

 道に仁王立ちするように、白銀の女が立っていた。

 ファルティナだ。


「ただの慈善事業だと思っていたけど……さすがに催眠ガスはおかしくない?」

「あの孤児院に身内でもいらっしゃるのですか?」


 クルシュナとララもいた。

 ……どうやら後をつけられていたらしい。


 俺としたことが……。

 

「いや、俺は全ての孤児院に同じようなことをしているよ? 今日はたまたま、あの孤児院だっただけ……」

「それは嘘です」


 ララは俺の目をジッと見つめた。


「シーメオン家の帳簿を確認しました。確かにエルミカ様は全ての孤児院に何らかの寄付を送っていますが……あの孤児院にだけ、特別手厚い支援をしています。それにエルミカ様が最初に支援を始めた場所が、あの孤児院です。エルミカ様にとって特別な場所であることは間違いありません」


「と、特別……た、確かに特別な場所だ。あそこは七魔将の一人、シュヴァインを討ち取った場所でな。俺にとってもいろいろ思い入れが……」


「その前から支援していますよね?」


「……」


 不味い。

 言い訳が思い浮かばない。


「まさかとは思いますがエルミカ……隠し子がいるわけではないですよね?」


 ファルティナがムスっとした顔で俺に詰め寄る。

 あぁ……なるほど?

 そういう発想になるのか。


「別に責めるつもりはありません。私はその立場にありませんから。しかし隠しているのは……」

「あ、僕は全く気にしないよ! 王族や貴族に隠し子がいるなんて、よくあることだからね!」

「クルシュナ、あなたは黙っていてください」

「そういう君こそ! 隠し子くらいで責めるなよ! エルミカほどの男なんだから、隠し子の十人、二十人くらいいてもおかしくないだろ!」

「別に責めてません! ただ、隠すのは良くないという話をしているだけです」


 ファルティナとクルシュナが喧嘩を始めた。

 というか、「十人や二十人、隠し子がいてもおかしくない」って人のこと何だと思っているんだ。


 俺はヤるとしたら、ちゃんと避妊する。

 まあ、この世界ではまだヤったことないが。


「まあ……隠し子ってのは半分正解ではあるな」


 俺の言葉にファルティナとクルシュナが言い争いを止めた。

 ララの目が大きく見開かれる。


「ただし、俺の隠し子じゃない。というか、俺に隠し子はいない」


 その言葉に三人は怪訝そうな表情になる。

 ……本当に俺に隠し子がいると思っていたのか。

 お前ら。


 ちょっとショックなんだが。


「あの孤児院にリーゼって子がいるんだけどさ」


 まあ、三人には話していいだろう。










「あの子、俺の妹なんだよ。腹違いの」





_____________



3話で書いてるので実は今更。


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