第6話

 ファルティナにキスされた。

 その瞬間、体が燃え上がるように熱くなった。


 興奮から来るものではない。

 本当に体が熱い。

 特に切断された傷跡が、耐え難いほど熱い。

 全身に激痛が走る。


「抵抗しないで……受け入れてください」


 藻掻こうとしたその時、耳元で囁かれる。

 鈴がなるような声が俺の耳を擽る。

 

「う、受け入れる?」

「はい。この熱を……私の魔力を」


 言われるままに体の力を抜く。

 熱は相変わらずだが、痛みは消えてく。

 そして俺は自分の右腕が疼くのを感じた。

 なくしたはずの感覚が伸びてきている……!


「私の体を、つながりだけを、意識してください……んっ」


 再び唇を塞がれる。

 ファルティナは何度も啄むようにキスをし、それからピッタリと唇を合わせて来た。

 チロチロと唇を舐められる。


「……んぁ、は、む……っちゅ」


咄嗟に口を開けると、ファルティナの舌が口の中に入り込んできた。

 最初は遠慮がちに、舌で舌を探る。

 互いの舌が何度もキスをする。

 段々と舌の動きが大胆になってくる。

 舌が絡め取られ、吸われる。


「はぁ……ん、ちゅ……」


 ファルティナと俺の体が繋がり、溶け合い、一つになる。

 そんな錯覚を覚えた。

 右腕の感覚が伸び、はっきりしていく。

 そして……。


「感覚は……ありますか?」


 ギュッとファルティナに右手を握られた。

 指と指が絡み合う。


「あぁ……感じる」


 俺はファルティナの手を握り返した。

 するとファルティナは安堵した様子で笑みを浮かべた。


「良かった……初めてでしたので、成功するか不安でしたが。やってみるものですね」

「……なるほど?」


 つまり今のは治療行為だったのか。

 だよな? お礼でセ◯◯スなんてあるわけないよな?

 エロゲじゃあるまいし!


「それで……今の治療行為の概要を説明していただくことは可能か?」

「……」

「ファルティナ殿?」


 返事がない。 

 よく見るとファルティナは俺の胸板の上で寝息を立てていた。

 魔力感知を発動してみると、彼女の莫大な魔力が底を尽きていることが分かった。

 おそらく、先程の治療は魔力と体力、集中力を使うのだろう。

 スヤスヤと心地よさそうな寝顔だ。

 こうしてみると、年頃の少女らしい。

 闇落ちを回避できて良かった。


「しかし……これは酷いな」


 俺はファルティナが脱ぎ捨てた“抜け殻”に視線を向けた。

 そして半裸の俺の胸板の上で、下着だけのファルティナが寝ている。

 完全に事後である。

 誰かに見られたら、俺の勇者としての社会的地位が……。


「ファルティナ様! ご無事で……」


 その時である。

 ファルティナの秘書官が扉を開け、部屋に入ってきた。

 目があった。 

 

 不味い。


「こ、これは一体……」

「ま、待て! 話せば分かる!!」


 十五分後、騒ぎに気づき目を覚ましたファルティナが説明してくれたことで、俺の冤罪は晴れた。

 危うく、俺が犯罪者ガチャの対象になるところだった。

 危ない、危ない。


 それから秘書官が用意した着替えを着たファルティナは、先程の治療行為について説明してくれた。


「魔力を同調させて、魔法の効力を高めると……なるほどね」

「はい。そのためには肌を合わせ、お互いの感応性を高める必要がありました」


 実は自己治癒と他者に対する治癒では難易度が違う。 

 例えば俺は自分のちょっとした傷くらいなら治せるが、他者の傷は治せない。

 これは人によって魔力の波長(性質?)が異なるからだ。


 ファルティナと言えども、四肢の欠損の治療には何ヶ月も掛かる。

 何度も魔法を掛け直し、間隔を開けながら、傷を直していく……というよりは手足を生やしていくのだ。

 魔法一つでニョキニョキ生えたりはしない。


 だから予約が二年待ち状態なわけだが……。


「エルミカ様は自己治癒を習得されているようでしたから。エルミカ様の自己治癒能力を引き上げ、さらに私の神聖魔法を重ねがけしました」


 短縮することもできるらしい。

 原作ではそんな技術はなかった。

 というか、そもそも原作では普通に手がニョキニョキ生えて来る。

 この世界は必ずしも原作の通りではなく、ゲームではあった仕様がなかったり、逆になかったものがあったりする。


「上手く同調させられるか不安でしたが……その、思ったよりも、相性が良かったようです」


 いろんな幸運や条件が重なった結果らしい。 

 ファルティナは恥ずかしそうな表情でそう言った。


「で、ですから……あくまで、神聖な治療行為です。け、決して……そういうみだらなことをする意図があったわけではありません。か、勘違い、しないでくださいね?」

「もちろん、分かっている。……ありがとう、ファルティナ殿」


 「ツンデレ乙」と言いたいところだが……。

 聖女ファルティナは主人公ですらも攻略できないキャラクター。

 俺みたいなニセ勇者のニセモノに惚れるわけがないので、今のは本心だろう。


「しかし神聖魔法にそのような手法があったとは」

「え? あ、えっと……」


 俺の言葉にファルティナが動揺した。

 視線が泳いでいる。何か、後ろめたいことでもあるのだろうか?


「……その実は禁術でして。教会図書館の禁書目録に記載されている内容ですから……」

「なるほど。では、他言無用としよう」

「ありがとうございます」


 ファルティナは恐縮した様子で頭を下げた。

 そんな大層な技まで使ってくれたのだから秘密を守るのは当たり前なのだが。


 しかし、あんなナメクジの交尾みたいなキスをする必要があったのだろうか?


「(古代の神殿娼婦の房中術――性魔術を参考にしたなんて言えない……と、というか、興味本位とはいえ、そんなえっちな魔法を研究したことがあるなんて言ったら、私のイメージが……)」


 聞きたいことは山ほどあるが、ファルティナは顔を両手で覆い、恥ずかしそうに足をモゾモゾとさせている。

 これ以上追及したら、セクハラになりそうだ。


 いや、セクハラされたのは俺だけどな。

 インフォームドコンセント受けてないし。


「ところでお一つ、私からもお伺いしても?」

「どうぞ」

「どうして私が危機的状況だと、分かったのでしょうか?」


 まあ、気になるわな。

 とはいえ、この手の質問は今まで何度もされている。


「実は少しだけ……未来のことを知っているんだ。他言無用で頼むよ」


 俺は意味深な笑みを浮かべて言った。

 たまに漫画とかゲームで出て来る「世界の真相について全部、もしくは一部を知っているキャラ」ムーブだ。

 普通なら頭がおかしいと思われるが、俺くらい強くて人助けをしていると、相手の方が深読みして、怪しみながらも納得してくれる。


「なるほど。未来ですか。もしかして、私のあれも……」


 狙い通り、ファルティナはあっさりと納得してくれた。

 ……いや、ちょっとあっさりし過ぎだな。

 大丈夫か?


「どうかされましたか?」

「いや、随分とあっさり信じるのだなと」

「あら? 実は嘘でしたか?」

「まさか。嘘などついていないが……」

「でも全ての真実を言っているわけではない、と。あぁ、いえ、詮索するつもりはありませんから、ご安心を」


 ファルティナは自身の胸に手を当てる。

 そして嬉しそうに微笑んだ。


「もしも、あなたが私を利用して此度の事件を仕組んだとしたら、私にもっと過大な要求をしたでしょう。しかしあなたは何も望まなかった。それだけで十分です」


 あぁ、なるほど。だから「何でもする」なんて迂闊なことを言ったのか。

 てっきり失言だと思っていたが、俺を試していたのか。

 襲われた直後で混乱していただろうに。

 本当に頭が回るな……


 勝手にエロゲ展開だと思っていた俺の頭がエロゲだった。

 そうだよな。

 聖女が性女なわけないもんな!


「私たちだけの秘密としましょう」


 ファルティナは唇に人差し指を当てた。

 ……いや、結構いろんな人に言っちゃってるけどな。







 エブラム教会に属する司祭は第一から第八までの位階によって区分される。

 最高位は第一位であり、その席数は十二と定められている。


 この十二人の第一位司祭たちの合議によって、エブラム教会全体の意思が決定される。

 そしてこの日、とある第一位司祭の下にその報告が届けられた。


「ズバーラ司祭。サデスが白鳥を捕らえたようです」

「おぉ! 素晴らしい!!」


部下の報告に、瘦せ細った骸骨のような顔をした男――ズバーラ司祭は笑みを浮かべた。

 彼は他の第一位司祭と比較し、神学や法学の知識は浅く、また神聖魔法の才能もなかった。

 しかし人の弱みを付け込むことは得意であり、また裏社会とのパイプを持っていた。

 

 その能力と人脈を使い、謀略によって同僚を蹴落とすことで、出世し、第一位司祭の地位を手に入れた。


 だが彼の野心はそこで終わっていなかった。

 同輩の第一位司祭を蹴落とし、その頂点に立つ。


 その最初のターゲットとして選ばれたのが、ファルティナの父親だった。


「もうすぐ鳴き声を上げそうとのことです。どうぞ、仕上げをお願いしたいと」

「サデスのやつめ。分かっているではないか」


 ズバーラ司祭には趣味がある。

 それは拷問だ。

 特に若くて高潔で才能のある女性司祭が、拷問で悲鳴を上げ、屈し、身に覚えのない罪を認める瞬間が好きだった。


「あの美しき白鳥は、果たして羽根を毟った後も高潔でいられるだろうか」


 ファルティナは天才だ。

 神学にも法学にも深い知識があり、また神聖魔法の才能は群を抜いている。

 そして何より、「聖女」と讃えられるほど国民から人気がある。


 ズバーラ司祭にはない物を全て持っている。

 そんな彼女を辱め、貶めたい。


 その欲望が今、叶う。

 だから、だろうか。


 普段なら慎重なこの男は、あっさりと腰を上げた。


「それでは白鳥の下へと行こう」


 馬車に乗り、ファルティナが捕らえられている場所へと向かう。

 到着したのは、何の変哲もない、聖都の郊外にある別荘。

 するとそこにはサデスが待っていた。


「ようこそ、我が主。お待ちしておりました」

「出迎え、ご苦労。さて、白鳥はどこだ?」

「こちらでございます」


 屋敷の中に入り、その地下室へ。

 薄暗い地下室には、一人の女性司祭が鎖で吊り下げられていた。


「っひ! いや、もう、やめて……」


 泣きそうなか細い声。

 彼女の心が折れかけているのは間違いない。


「くくく……」


 ズバーラ司祭は女性司祭の胸部……大きく膨らんだ胸に視線を向ける。

 ゆっくりと手を伸ばす。


「い、いやぁ……」


 ムニュっと胸を揉む。


「おぉ……若いのに、これほどの……」


 ふと、違和感を覚えた。

 あれ?

 こんな感触だっけ? ちょっと違うような……。いや、でも個人差はあるのか?


 疑問を抱きながら、女性司祭――ファルティナの顔を確認する。

 しかしそこにいたのはファルティナではなかった。

 瞬間、ズバーラ司祭の体が宙に浮いた。


「ぎゃぁぁあああ!」


 体を蹴り上げられ、天井に叩きつけられたズバーラ司祭は絶叫を上げながらのた打ち回る。


「あぁ……すまん。ちょっと加減を間違えた」


 ふん!

 そんな声と共に、ファルティナ司祭――に変装していたエルミカは、鎖を引き千切った。





 エルミカ――俺に蹴り上げられたズバーラ司祭は、俺を指さしながら叫んだ。


「サデス!! こ、殺せ! この男を……!!」

「我が主、申し訳ない」


 サデスは下種な笑い声を上げながら、ズバーラ司祭に言った。


「司法取引って、やつです」

「き、貴様ら……! こ、この私に、このような真似をして、ただで済むと……」

「それはこちらの台詞だ。ズバーラ司祭……いや、ズバーラ」


 低い声がした。

 暗がりの中でたたずんでいた、大柄な男が姿を現す。 


 その男の顔に大きな火傷痕があった。

 髪は銀色、瞳はアメジストのような深い紫色。

 焼け爛れた顔で輝く片方の瞳は義眼である。


 彼の身分を考えれば傷を治すことは容易だが、あえてそれをせず、残している。

 そこからその性格は推察できるだろう。


 エブラム神聖教国、“保守派”筆頭。

 第一位司祭の一人。


「ム、ムルハド司祭……い、いや、これは……」

「一発、殴らせろ」

「っひ……!」


 ムルハド司祭は大股で歩きながら、ズバーラ司祭に近づく。

 ズバーラ司祭は怯えた様子で顔を両手で覆うが……。


「この生臭坊主が!」


 それは蹴りだった。

 しかも股間だった。


 「うわ、痛そう……」と俺の言葉と共にズバーラ司祭の体が回転しながら床を転がり、最後に壁に叩きつけられ……。


「うぐっ……」


 沈黙した。

 ……ちょっとやり過ぎじゃないか。


「酷い音が聞こえましたが……お怪我は……ちょっと! これはやり過ぎでしょう!!」


 隣の部屋で待機していたファルティナが、声を荒げた。

 彼女は大慌てでズバーラ司祭の治療を始める。


「は、破裂してます……出血で死んだらどうするつもりですか!? 裁判もなしに私刑を行うなど……司祭としてあるまじき行いです」


「ふん。生臭坊主の欲望の元を断ってやったのだ。やつは私に感謝するべきだろう」


「であれば、ムルハド司祭」


 ファルティナはムルハド司祭の下に歩み寄る。

 自分と同じ色のアメジストの瞳に見つめられたムルハド司祭は、目を逸らす。


 義眼だけ動かず、ファルティナと目が合っているのがシュールだ。


「あなたも去勢されますか? お父様」

「あぁ……いや、その……」


 ムルハド司祭は言い淀み、そして……。


「私が間違っていた」


 ファルティナに謝罪した。









「裏切った? 別に私は皆さんの仲間になったつもりはありませんよ。今までは利害が一致していたから、行動を共にしていただけです。とはいえ、誤解させ、皆様の心を傷つけてしまったことは私の不徳の致すところです……申し訳ありません」


「いえ、別に魔王の配下になったつもりはありませんよ。利害の一致で手を組んでいるだけですから。そもそも私に力をくださったのは……いえ、何でもありません」


「あなたは心の底から、この世界に守る価値があると思えるのですか?」


「復讐? まさか、恨んでなどいません。復讐など、愚かで無駄で非生産的な行為です。私はこの力をもっと有意義なことに使います」


「善が得をし、悪が損をする。私はそんな普通な世界を作りたいだけです。この世界は少し、悪意に寄っているように思います。言葉だけでは解決できない。私はそれを思い知りました。だから悪を一掃します。創造の前には破壊が必要です」


「巻き込まれる人がいる? ……はい、おっしゃるとおりです。心苦しいですが、致し方がありません。より大きな善のためには犠牲はつきものですから」


「皆さんとは戦いたくはありませんが……そうですか。残念です。ご安心を。きちんと埋葬して差し上げますから」


「まさか、ここまで追い込まれるとは……強くなりましたね」


「……あなたに阻まれるとは。無念です。しかしどうしてでしょうか。少し安心している自分がいます。……このような気持ちだったから、負けたのですね」


「あなたに二つ、忠告を。力を振るう者は必ず力によって倒されます。……あなたが教えてくれたことです。対話を忘れないでください。そして、もう一つ。もしあなたが本当に世界を救いたいと思っているのであれば……」







 ――魔王は殺してはいけません。







 朦朧とする意識の中、私はそれを口にした。

 果たして私の言葉は彼に伝わっただろうか。


 そんなことを心配する余裕は私にはなかった。


 力が抜け、体が冷たくなり、意識が深い深い闇の底へと落ちていく。


 私はこの後……どうなる?

 もしかして、死ぬの……?


 やだ。

 やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。


 母を殺して。父を殺して。師を殺して。教えに背いて。みんなを裏切って。

 でも、何もなし得てない。

 何も残せてない。


 私は何のために生まれたの?

 

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。 


 死にたくない。

 誰か、助け……。







 ――タスケテヤロウカ?







「いやぁあああ!!」


 私――ファルティナは自分の叫び声で目を覚ました。

 寝具は寝汗でぐっしょりと濡れている。


 心臓が張り裂けそうなほど、音を立てている。


 い、今の夢は……。


「あれ……?」


 何の夢を見ていたっけ?




_________






力、力が欲しいか……?


私はフォローと星が欲しいです。


あぁ、神よ……。

どうか私にフォローとレビュー(☆☆☆を★★★に)を……。


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