第31話 一等賞


 シエラの家を出ると、外はもう夜だった。

 空に月はなく、星がやけに明るく瞬いている。

 見送りに来たシエラに俺は礼を言った。


「きょうは助かったよ。この礼は必ずするから」

「大きな貸しにしておくわ」

「いいだろう。じゃあ」


 立ち去りかけて、俺はふと思い出す。


「おっと、忘れてたぜ。あのさ、シエラは【夢見の会】というのを開いているだろう?」

「それがどうしたの?」

「こいつを入れてやってくれねえか? かねはきちんと払うそうだから」


 パリピを指さすと驚きで口をあんぐり開けていた。


「し、師匠、どうして……?」

「自分で言ってたじゃねえか。敢闘賞とかなんとか。めげずに三回も頑張ったんだ。いちおう口利きくらいはしてやるよ。決めるのはシエラだけどな」


 シエラはパリピの方へ目をやる。


「あなた、料金は払えるの?」

「も、もちろんでござる」

「だったら、暇なときにいらっしゃい。話は通しておくわ」


 飛び上がって喜ぶと思ったのだが、パリピは返事をしないで考え込んでいる。


「どうした、パリピ? うれしくないのか?」

「せっかくのお話ですが、ご辞退申し上げます」

「おいおい、夢の中でウハウハじゃなかったのかよ?」

「拙者、つかめない夢を見るのはやめ申す」

「いいのか?」

「師匠を見て考えを改めました。拙者は形にできる夢を追うでござる」


 パリピがそう言うのなら俺に異存はない。


「だ、そうだ。シエラ、すまないが、いまの話は忘れてくれ」


 シエラは軽く肩をすくめる。


「私はどうでもいいわ。顧客はいくらでもいるから。まあ、ライガの弟子にしては賢明な判断ね」

「だとよ」


 骸骨のようなパリピの頬に赤みがさした。


「私もパリピさんを見直しました」


 リリカにも褒められてパリピは動揺している。

 まあ、人間ならいろいろある。

 儚い夢に漂うひとときがあってもいいと思うが、パリピが決めたのなら俺が口だすことじゃない。


「よし、帰るぞ」


 俺たちはシエラに手を振って帰路についた。



 新しい唐揚げ弁当はあっという間に人気を博した。


「え、売り切れなの?」

「ごめんなさい。今日はお客さんが多くて。明日のハンバーグ弁当も美味しいのでぜひいらしてください」


 店先でリリカが客たちに頭をさげている。

 作り手が三人に増えたのできょうは六十個の弁当をつくったのだが、午前中にすべて売れてしまったのだ。

 明日からはもう少し作る量を増やしてもいいだろう。

 鍋を洗い終えたパリピが自分の顔を揉んでいる。


「なにやってんだ?」

「冷めても美味しい唐揚げの応用でござる。塩と砂糖と水を混ぜて、肉によく揉み込むのが秘訣でしょう? 拙者の肉も柔らかくなるかと思いまして……」

「それで、砂糖と塩を入れた水で揉んでるの?」

「そうでござる」

「おまえはバカか」


 そんなことをするくらいなら化粧水を使った方がいいだろうに……。


「顔がかぶれる前に水で洗えよ。俺は外の片づけをしてくるから」

「承知つかまつった」


 まだ頬の肉を揉みこんでいるパリピを残して表に出ると、リリカが大柄な女と話をしていた。

 まだ客がいたのかと思ったが、それにしてはリリカの表情が硬い。


「リューネさん、その話は何度もお断りしたはずです」

「リリカ、よく考えて。未発見の魔窟の調査だよ。あんたの将来がかかっているの。この仕事がうまく片付けば私たちはさらなる高みへ行ける。弁当屋なんてしている場合じゃないんだよ」


 弁当屋なんて、とは心外だな。

 弁当屋は楽しいんだぞ。

 きょうだってお客さんに何度も褒められたんだからな。

 店主として、最高の気分だったのだ。


「リリカ、揉め事か?」


 割って入ると大柄な女は俺をじろりと睨みつけた。

 悪くない威圧感だ。

 並みの人間や魔物なら圧倒されて身がすくんでしまうだろう。


「こいつが店主で、リリカの師匠だね」


 リリカが気まずそうにうなずいている。


「店主のライガだ。あんたは?」

「私はリューネ。冒険者チーム・エターナルフォースのリーダーをしている」

「ああ、リリカが世話になっていたチームだね。きょうは弁当でも買いに来てくれたのかい?」

「違う。私はリリカを連れ戻しに来たんだ」

「ほお……」


 リューネは一歩前に出た。

 俺はそのままの態勢で対峙する。

 と、リューネは少しだけ驚いた表情になった。

 素人の俺が退かなかったのに驚いたようだ。

 だが、リューネから怒りは感じても殺気はない。

 俺を叩きのめすつもりはないのだろう。


「あんたはリリカの才能がわかっていない。そんな奴にリリカは任せられないよ」

「そんなことはないぞ。リリカの才能ならよくわかっている。先日だってキャベツの千切り競争で一等賞をとったからな」

「そんなことで才能を測れるかっ!」


 いやいや、相手は元宮廷魔術師長ウィルボーンと中央魔窟をソロで探索していたパリピだぞ。

 そんなやつらを相手に一等賞をとったのだ。

 スピードだけならパリピ、丁寧さならウィルボーン。

 だが、総合点ならリリカだった。

 まさに一番弟子の貫禄というやつを示したのだ。


「チッ、あんたと話していても時間の無駄だ」


 俺から視線を逸らせてリューネはリリカと向き合った。


「時間は先日伝えたとおりだ。明日は待ち合わせ場所に必ず来て」

「行きません」

「みんな待っているんだよ。仲間を見捨てるの?」

「ごめんなさい……」


 深々と頭をさげていたが、リリカの気持ちは変わらないようだった。


「私は待っているからね」


 寂しそうにそういうとリューネは去っていった。


「未発見の魔窟の調査だって?」

「はい、国からの正式な依頼だそうです」

「それは実入りのいい仕事だな。新しい発見だってあるかもしれない」

「わかっています」

「いいのか? 店は休みにしてもいいんだぞ」


 だが、リリカは微笑んで首を横に振った。


「私は師匠のそばを離れません。それに、私がいなくなったら売り上げが減っちゃうかもしれませんよ」

「それはあるな。看板娘を目当てにやってくるお客は多い」

「でしょう?」


 笑ってはいるが、リリカとしても辛いのだろう。

 だが、リリカが決めたのならそれでよしとしよう。

 俺は自分が伝えられることをリリカに伝えるだけだ。


「よし、休憩にしよう。賄いは焼き鳥だぞ。タレと塩はどっちがいい?」

「タレでお願いします!」

「了解。【心眼】の訓練をしながら串打ちだ」


 心から入り、真に至り、神に通じる。

 リリカの修行はまだ始まったばかりだった。

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