第28話 勝手すぎる男


 メイドがティーセットを置いて去ると、習慣的に【真眼】で調べてしまった。

 過去のことで怒っているとはいえ、シエラが俺に毒を盛るとは思っていない。

 これは癖みたいなものだ。

 飲食できるものを目の前にすると、つい原材料を調べてしまう。

 美味しい弁当作りのコツはどこに潜んでいるかわからない。

 素材には常に目を光らせていたかった。


「この焼き菓子は美味いな」


 菓子をモグモグとほおばっていると、リリカが遠慮がちにたずねてきた。


「師匠、間違っていたらごめんなさい。でも、いま少し魔力が動きましたか?」

「ほお、よく気がついたな。焼き菓子が美味そうだったから、なにが使われているか調べたんだよ」


 強力な魔力を必要とするが、【真眼】のために動かしたのはほんのわずかの間だった。

 それを見逃さないとはたいしたものだ。

 やはりリリカはおもしろい。


「師匠はそんなこともできるのですね」

「と言っても、完璧にはわからないし、料理を再現できる技術もないけどな」


 弁当屋としては料理の技術をこそ上げなければならない。

 俺もまだまだ修行の道半ばということだ。


「そういえば身体強化魔法の修行はどうなっている?」

「毎日、鍛錬はしています」

「俺たちのような商売は体が資本だ。日々怠ることのないようにな」


 俺とリリカがまじめな会話をしている横で、パリピはゆらゆらと部屋の中を動き回っている。

 足音をたてないその様子は、パリピが達人であるという証だが、なんだか幽霊のようにも見えた。


「パリピ、なにやってんだ?」


 声をかけるとパリピはバツの悪そうな顔になった。


「噂に名高い夢幻の魔女の屋敷を観察しており申した」

「なんだ、シエラのことを知っていたのか?」

「もちろんでござる。夢幻の魔女が主催する【夢見の会】は有名ですから。拙者はず~っと参加したいと思っておったのです」

「でもあれ、お高いんでしょう?」

「年会費は300万レーメンでござる」

「うげっ」


 思わず声が漏れてしまった。

 たしか、会員はけっこういた気がするぞ。

 シエラのやつ、どんだけ儲けているんだ?


「しかも、一回の参加料は10万レーメンとのことでござるよ」

「どんだけかねをとるんだよ……」

「それでも参加者は引きも切らずで、現在は新規会員は募集していないとのことです」

「パリピ、よくそんなのに参加したがるな」


 ギャンブル癖のある俺が言うことじゃないけどさ。


「どんな欲望でもかなえてもらえるんですよ。参加したいにきまっているじゃないですか!」

「しょせん夢じゃねえか。そんなのでいいのかよ?」

「貯えを取り崩せばなんとか……」

「やめとけって」

「いやいや、皇帝のハーレムの主、長屋の奥さん、手の届かない憧れの人。夢の中ならどんな願いもかなうでござる」


 パリピにチラッと見られて、リリカは身震いした。


「パリピさん、夢の中だったとしても、私に変なことをしないでくださいね」

「も、もちろんでござる! 姉上にそのようなことは……」


 こいつ、絶対にリリカと恋愛関係になる夢を見るつもりだな。


「でも、シエラは新規入会を打ち切っているんだろう? パリピが入り込む余地はないな」

「そこでござる! 師匠から、シエラさまに口利きをしてください」

「やだよ。これ以上シエラに借りを作るのはごめんだ」

「師匠ぉ」


 甘えた声を出してパリピが縋りついてくる。

 これがリリカだったら甘い顔をしてしまったかもしれないが、欲望にまみれた男の頼みを受け入れる俺ではない。

 それに、本当にシエラに借りは作りたくないのだ。


「頼むんだったら自分で頼め」


 きっぱりと断ったのだが、やっぱりパリピはしつこかった。


「それでは、剣術勝負をしましょう」

「なんだと?」

「三本試合をして、拙者が師匠から一本でも取れたらシエラさまに口利きをお願いします。あ、でもチンアナゴとかはなしで」

「おまえ、都合のいい条件ばっかり並べるな。それに、俺にはなんのメリットもない勝負じゃねえか」


 勝手すぎるぞ。


「そこは、弟子に胸を貸すというていでお願いします」


 ますます勝手すぎる。

 だが、面白いかもしれない。

 パリピの剣術がどの程度なのか確認しておくのも師匠の務めだろう。

 先日は【チンアナゴ】だけで終わったからな。


「身体強化系の魔法はどうする? それも使わないのか?」

「それは拙者も使いますので、師匠もごぞんぶんに」

「パリピってつくづく勝手なんだな」

「いやあ」


 俺はひとつも褒めていないぞ。

 なにを照れているんだか。


「まあいいだろう」

「よろしいのですか!?」

「俺から簡単に一本とれるとは思うなよ」


 途端にパリピが怯んだ。


「あ、あと敢闘賞かんとうしょうをください」

「はあ?」

「たとえ師匠から一本とれなくても、拙者が頑張ったなぁ、と師匠が感じたらご褒美ということで」

「本当に勝手すぎるぞ……」

「まあまあ」


 どうせシエラの調薬は時間がかかる。

 いい暇つぶしになるだろう。


「だったら庭でやるか?」

「それがいいでござる」


 だが、ここでリリカが口を出した。


「庭で試合をしたら、シエラさんに叱られませんか?」


 それもそうだ。

 あいつはいろいろと細かい。

 整えられた芝生をえぐりでもしたら夢来香を渡してもらえないかもしれないぞ。


「よく気がついてくれた。さすがは俺の一番弟子だ。己の欲望のために師匠に挑む三番弟子とは大違いだな」

「師匠! 男なら師匠だって俺の気持ちがわかるでしょう!?」

「だから挑戦を受け入れてやってるじゃないか。仕方がない、アレを使うか……」


 俺は空間収納から分厚い本を一冊取り出した。

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