第6話 弟子の覚悟、師匠の覚悟


「ひとつめの問題はナンバリングシステムがリリカに有効かどうかだ」

「と、いいますと?」

「これは俺が独自に開発した技術であり、他の人に試したことはない。果たしてリリカに効果があるかはわからない」


 ひょっとしたら、俺だけに有効かもしれないからな。


「そういうことなら、ぜひ私を実験台にしてください!」


 リリカは相変わらず真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくる。

 その愚直さがまぶしすぎて俺は目を逸らしたくなるくらいだ。

 だからこそ心配になってしまう。


「最初はかなり辛いぞ。魔力が魔経路を高速で駆け巡るから、体がかなり熱くなるんだ。いざというときは俺が補助するから死に至ることはないと思うけど、効果がなければ骨折り損のくたびれ儲けってやつになる。踏んだり蹴ったりと言い換えてもいい」

「かまいません。これも立派なお弁当屋さんになるための修行です」

「おまえってやつは……。ゆでる前のパスタくらい真っ直ぐだな……」

「それより、もう一つの問題というのは?」

「うむ、そちらの方が切実な問題だ……」


 俺は思わず言葉に詰まってしまう。

 だが、そんな俺をリリカは励ました。


「師匠、遠慮なさらずに言ってください」

「うむ……。あのな……、ナンバリングシステムを発動させるためにはリリカの魔経路を開く必要がある。そのためには……リリカの魔法穴を、魔力を込めた俺の指で突かなければならないのだ」

「へっ? それだけのことですか?」

「バ、バカ者! 魔法穴はけっこきわどい場所にもあるのだぞ!」


 うら若き乙女の体をつつくなど、師匠としてやっていいのか、というためらいがあるのだ。


「私は師匠を信じています! 師匠のされることなら気にしません。むしろありがたく感じます!」


 そう言って、リリカは突如シャツのボタンに指をかけた。


「おい、なにをしているんだ!?」

「魔法穴の正確な位置を突くのでしょう? だったら脱いだ方がいいのかなって……」

「そんな必要はない!」


 この娘はどこまで真っすぐなのだ……。

 というか、天然?


「【心眼】を使えば魔経路や魔法穴、神経や血管なども見える。だから服を脱ぐ必要などない」

「心眼?」

「身体強化魔法の応用だ。五感をフルに高め、すべての情報を目に集めることができる」

「すごい! 師匠はそんなことも?」

「食材となる魔物を狩ったとき、血抜きや神経締めをするときに便利なのだ」


 神経締めは魚系の魔物を活け締めする技法で、神経を破壊することで魚の旨みを保つことができる。

 また、敵の急所を確実に見抜くのにも便利だ。


「そんな素晴らしいものなら私も覚えたいです。師匠、どうか私にナンバリングシステムをお授けください」

「しかしなぁ……」


 俺の肚はまだ決まらない。


「リリカは彼氏とかいないのか? もしいたら、嫉妬されそうで心配なんだけど?」


 これのせいで別れ話になんてなれば、どう責任を取っていいかわからない。


「彼氏なんていませんし、これは修行です。恥ずかしいことなんてなにもありません。師匠、私は師匠と一緒に最高のお弁当をつくりたいのです!」

「…………」


 俺は大馬鹿者だ。

 師匠と言えば親も同然、弟子と言えば子も同然。

 それなのに俺はリリカを女として見ていなかったか?

 気遣いは当然必要だが、これは俺の意識の問題だ。

 俺というやつはなんとダメな男なんだ……。


「ライトニング!」


 その瞬間、俺の頭上に轟音が鳴り響いた。


「し、師匠に雷が落ちた!?」

「心配するな、これは自分でやった……」

「まさか、いまの雷は師匠が自ら?」

「うむ……」


 滝に打たれる滝行たきぎょうならぬ、雷に打たれる雷行らいぎょうだ。

 髪の毛がチリチリになってしまったが、これも自分に対してのいましめである。


「師匠、大丈夫ですか……?」

「平気だ、むしろ心が定まった。よし、これよりリリカの魔法穴を突く!」

「お願いします!」


 俺は呼吸を整え精神を統一する。

 リリカは身につけていたナイフを外し、無防備に俺の前に体をさらけ出した。

 あ、服は着たままだけどね。

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