第4話 1―4
村人たちには、馬車の荷台部分の周りに寄り集まって待機してもらうことにした。
無理してレイロアまで歩いて向かう手もあるが、夜道を年寄りに子供を連れてとなると厳しい。
夜行性のモンスターは昼のそれより凶暴かつ手強いというのもある。
「さて、私たちはどうします?」
「あのトロールは放ってはおけん。いつ
「ゴプリンたちが少しでもダメージを与えてくれていたらいいんですが……」
遠目にトロールたちのいた方向を見るが、状況はよくわからない。
燃えていた民家は既に焼け落ち、わずかに残り火が燻るのみだ。
その残り火に映し出された影がいくつも蠢いているが、戦況は不明だ。
「もう少し近付いてみよう」
ラシードさんに続き、僕たちは暗闇の中、ゆっくりと歩を進めていく。
倒れたゴブリンに躓かないよう、目を凝らしながら教会の前まで戻った。
トロールは倒れていた。
残り火に照らされた十数匹の生き残りは皆、トロールの腹の上を見つめている。
その小山のような腹の上には、一匹のゴブリンの姿が。
あのモヒカンだ。
モヒカンがゆっくりと剣を掲げ、勝鬨を上げる。
周りの生き残りたちもそれに続く。
傷ついた身体から残りの生命力を絞り出すようにして雄叫びを上げる。
トロールにゴブリンにオークという醜いモンスターが織り成す光景が、僕にはとても美しく見えた。
「……倒しちまったのか、あの
ラシードさんは、信じられないものを見るように勝者たちを眺めていた。
「あっ、ジャックいるよー」
ルーシーが指差す方へ視線を向けると、木の枝にガイコツが引っ掛かっていた。
トロールに弾き飛ばされたのだろう。
木の上の彼に声をかける。
「おいジャックぅ、無事か?」
「とろーるニくりてぃかるクライマシテ……」
「それはまた……でも無事なようだね」
するとその様子を見ていたラシードさんがあきれ気味に笑った。
「ほんと丈夫だな、骨の旦那は」
ジャックをトールさんのハルバードを借りて下ろしていると、生き残りたちがこちらへ歩いてきた。
慌ててトールさんにハルバードを返し、ルーシーに目配せする。
戦闘になりそうなら『嘆きの声』で先制してもらうのだ。
モヒカンを先頭にしたゴブリンたちはボロボロだった。
数もわずか16匹。
そんな彼らであるが、大仕事を成し遂げて自信に満ちた表情をしていた。
モヒカンは剣を手にしていない。
僕たちの目の前まで大股で歩いてきて、身振り手振りをし始めた。
ラシードさんが首を傾げる。
「……何か、伝えようとしているのか?」
モヒカンは自分を指差し、森の方を手で指し示す。
あっ、もしかして……。
「出ていくから追うなって事?」
僕が身振りを交えてそう言うと、モヒカンは大きく何度も頷いた。
「なるほどな……」
「どうしましょう、ラシードさん?」
「まあ、一番厄介な奴を倒してくれたわけだし……見逃すか」
もちろんこちらの言葉も通じないので、全員が武器を納める事で意思表示した。
それに満足したのか、モヒカンが何事か声をかけてから森の方へ歩き出した。
生き残りたちもそのあとに続く。
数歩歩いてから振り向き、ジャックへ向けて親指を上に立てた。
ジャックも同じ動作で返す。
そうか、ジャックは泥仕合の相手。
これは――友情?
モヒカンが暗闇の中に消える直前、僕はふと思い立ち
鑑定を行った。
ゴブリン 【大物食いのジルベル】
トロールという大物を倒し
ジャックと泥仕合してた時より明らかに強そうだったし。
「どうかしたか、便利屋?」
「いえ……あのモヒカン
「はあっ!? 嘘でしょう?」
「ほんとです、トールさん。二つ名からして、さっき
「
「どうする? 追いかけて討伐する?」
「……いや夜の森の中だ、無理だろう。それに同じ
「僕もそう思います。交渉可能だし、何となく憎めなかったし」
「じゃあ追跡断念とギルドに報告しましょうか。……ファ~ア、眠い」
「もう夜中ですしね」
「お前は馬車で寝てたろう?」
「寝てません」
「あんなイビキかいててよく言うよ……村人を教会に戻して朝まで休もうか。避難させたばっかりだが」
「ルーシーはげんきだよ!」
「ルーシーは夜型だからね……僕も眠い」
ジャックはまだモヒカンの去った森の方を眺めていた。
「マタ会オウ、
◇
夜が明ける。
東の空にかかる鱗雲がぼんやりと光を帯びる。
やがてその光は麦畑を黄金色に輝かせ、ユパ村にも降り注いだ。
村の中は酷いものだった。
ゴブリンの死体がそこらじゅうに転がり。
家々は崩れ、あるいは焼け落ち。
トロールの踏み荒らした穴がそこかしこにある。
だが救いもあった。
行方の分からなかった村人たちが、朝になり一人、また一人と戻ってきたのだ。
畑仕事などで村の外にいた村人たちが、ゴブリンの群れを見かけた段階で自主的に避難していたらしい。
たくましいものだ。
結果、重傷者こそいたが死人はいなかった。
村の惨状を見れば奇跡的だ。
僕は怪我人の治療にあたり、【鉄壁】とジャックは村の男衆と共にゴブリンの遺体を集める。
放置すれば恐ろしい感染症を招く上、アンデッド化する危険性もあるため、燃やしておかねばならないのだ。
ちなみにルーシーは十字架の中だ。
日が完全に上る頃、ビリーさんが十数人の冒険者を連れて村へ戻ってきた。
「トロール倒したのか! 上手くやったんだな!」
「いや、あのままゴブ共が倒しちまった」
「はあ?」
「そして新しく
「はああ?」
事の顛末を説明すると、冒険者の数人が馬に乗りレイロアへ引き返していった。
後続の救援が必要ないこと、新たな
「しかしゴブリンばかりとはいえ、数が多かったからだいぶ稼げたな。俺はレベルアップしたぞ」
「ん、俺もだ」
「私もです。便利屋くんも上がったでしょう?私たちよりレベル低いんだし」
「……」
「便利屋くん?」
「……いえ。まだです」
「えっ?」
「嘘だろ? 冒険者カード見せてみ?」
そう言って、ビリーさんが僕のほうに手を伸ばした。
冒険者カードとはそれ自体がマジックアイテムで、個人あるいはパーティで討伐したモンスターが自動的に記録されるものだ。
記録を参照して経験値を管理し、レベルとして冒険者カード上に表示される。
「よせ、ビリー」
ラシードさんが割って入り、ビリーさんの伸ばした手を下げさせた。
「便利屋は職業が司祭なんだよ」
トールさんがハッとした顔をする。
「……そういうことね。なぜ便利屋くんがソロなのか、ようやくわかった」
「どういうことだ? 司祭だとまずいのか?」
そう、司祭だとまずいのである。
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