第6話 霊媒師と魔女

 魔術師ギルドの受付では、顔馴染みの見目麗しい受付嬢さんが、小さく手を振ってくれている。


 ツンと鼻をつく薬品の匂い。フラスコを使って真剣な表情で、それらを混ぜ合わせている、ギルドの職員たち。


 2階に上がれば高額な大絨毯の上に、整理された本棚や、休憩用の円テーブルと椅子が置かれている。


 棚の栄養剤ポーションの隣に、有名どころのワインが並んでいて、ボクたちの姿が瓶に映っていた。


「それで。なんの用だ、術師ネモネ」


「なに、用事のついでに君にだけ通用する開門の呪文失敗談を、この娘に伝授していただけさ」


「あの騒動の1つは、お前の根も葉もない噂のせいだったろうが!」


「他2つは解決に協力してあげたんだから、そんなカリカリ怒らない怒らない。今回の用件は3つでね。レボルト君、例の物をお願いします」


「うむ。こちらを見てくれ、支部長殿」

 

 レボルト君は遺跡で見つかったグレムリンの杖と、古ぼけた盾を円テーブルの上に置いた。


「なんだ、これは?」


「遺跡から見つけてきた物で、鑑定をお願いしたいんだよ」


「貴様の所で行えば良いだろう。なぜわざわざここに頼む?」


「アリーシアの近くで発見されたからね。あ、グレムリンの杖はどうにもならなかったら、解体処分するか、封印措置をお願いするよ。料金はこれね」


 ボクは金貨袋から、大金貨を10枚テーブルの上に置いた。


 お貴族様の買うような本の価格、2冊分。


 庶民では生涯見ることもない大金だけど、彼は、ためらうことなく金貨を手にとって、自らの前歯をガリッと突き立てた。


「クッ、本物か。お前みたいなのが金貨袋を持っていると、一番気が気じゃなくなる」


「そうだろうね。それで、彼女の用件なんだけど」


「あなたは、ふがふが?」


 ボクたちに会った時と同じように、人数を言おうとしたメーアヒェンちゃんの口を、急いで手で塞ぐ。


 それでも遅かった。ファルクラム君は、自分の舌打ちを隠そうともしなかった。


「これだから北東の術師は、ギルド支部にも入れられんのだ。だから魔力が減るなどという噂を流される」


 口を塞がれても、構わず毛先を弄っていたメーアヒェンちゃんの手先が止まった。


 魔術に詳しくないレボルト君も居て、その上、仮にもギルドに協力的な人物の前でこれか。


 ここは少し、キツめに注意すべきかな。


「ねえ、それ支部長として、本気で言ってる?」


「ただの根も葉もない風説だとも。そんな事実は存在しない。だが、付き纏う霊魂、とりわけ殺人数を口に出されるのは、たまったものではなかろう?」


「言い分は分かるけど、どうしてそうなるか明確な知識と考察を持って、その言い方を止めてないんだよね。ファルクラム支部長様?」


 幼い頃に才覚を見いだしてしまった霊媒師は、人と霊魂の区別が付きにくい。特に、憑きまとう死人の霊魂は、よく見えてしまう事がある。


 つまり、彼女たちにとっては、ただ人数を確認しているだけに過ぎない。


 加齢と共に改善することもあるけど、辺境出身で20歳にも満たないのなら、それも難しい前例があった。


「おい、支部長殿」


 ずっと黙ってくれていたレボルト君が、彼の態度に辛抱できなくなったのか、口を挟んできた。


「先程から黙って聞いていれば、組織を預かる人間として、少々態度が上手くないのではないか?」


 レボルト君は柄こそ握っていないけど、もう剣の鞘に左手で手を添えている。


 肌を刺すような空気に、ボクは人差し指だけで、テーブルの上をゆっくりと叩いた。


「わかった。先に正確な重要度を伝えなかった、ボクにも落ち度がある。ボクは今日、自分の生命よりも重要で、手段を選ばないためにここに来ている。いいかい、手段を選ばないために、だよ」


「⋯⋯なんだと?」


 これ以上は話す気はない。アリーシアの街に迷惑をかける気もない。でも、これで少しでも察せない鈍さなら、鑑定の仕事ごと取り下げるしかない。 


 彼は手を口で覆って、ボクの目を見つめている。少しでも本気が伝わるように、目は、そらさない。


「そうか。ならば先ほどの無礼な発言は、撤回するとしよう」


「うん。互いに仕切り直そう。それで、メーアヒェンちゃんの用件なんだけど」


 まるで彼女は取っ組み合いでも始めるように、ズイッと小さな身体をよせて、ファルクラム君に手紙をぐいぐい押しつけた。


「もう、いじわる言わないで」


「⋯⋯フン、その度胸だけは買ってやる。内容は、ふむ」


 手紙を読んだファルクラム君の顔つきが変わっていく。どうやらボクが思ったより、重要な報告だったらしい。


「いいだろう。最後の用件は?」


「クビになっちゃったからさぁ、悪いんだけどメーアヒェンちゃんのついでに、ボクのギルド再加入手続き、やってくれない?」


「⋯⋯おい、もう冗談はよせ。術師ネモネ」


「いやだから、クビになったんだってば」


「あの腕前で宮廷魔術師のお前が、クビにされるわけがなかろう。本当になに言ってるんだ、お前?」


 うーん。まったく信じる気がないみたい。これはもう、ここで切り上げるしかないかな。


「どうしても必要なんだよ。何度も言うけど、手段を選んでられない理由があってね。とりあえず下で手続きするから、そういう事でよろしく」


 腑に落ちないような表情の彼に別れを告げて、ボクたちは下の階へ降りて行った。



◇◇◇



 階段を降りる途中で、先に歩いていたレボルト君が足を止めて、背中を向けたまま話しかけてきた。


「魔女よ、貴様何を考えている?」


 何を考えていると来たか。確かにボクは彼に魔導具の鑑定をするとしか、伝えていない。疑問が出てくるのは当然だった。


「魔女らしい事を考えてるって、ところかな」


「なんだと、どういう事だ?」


「悪いけど立ち話するには、アリーシア市内じゃ目も耳も多すぎる。街の外に出てから話しましょう」


「む⋯⋯わかった。後で必ず話せ」


 階段を降りる。先ほど手を振ってくれた、顔見知りの受付嬢さんが、ボクたちの魔術師ギルド登録手続きを、対応してくれる事になった。


「では、今からアリーシア魔術師ギルド支部のご説明をさせて頂きます。当ギルドは変質魔法を主に研究、修得、行使を推奨しているギルドです。各魔術師、戦士ギルド様と連携し、市民の皆様に日々ご活用頂いております。ここまではよろしいでしょうか」


「わかった。へんしつ魔法ね」


 変質って言葉の発音がおかしい。これは、少し彼女に言い含めるべきかな。


「メーアヒェンちゃん。わからなかったら聞いて良いんだよ?」 


「ぶたない?」


「殴られたら、殴り返すのがアリーシアの街だよ」


 ボクとのやりとりが微笑ましかったのか、それともアリーシアへの話しぶりが面白かったのか、受付嬢さんはクスクス上品に笑ってくれた。


「では、実際に変質魔法を行使してみましょう」


 受付嬢さんは、よく掃除されたカウンターの上に、指先ほどの布切れをお皿に乗せて、並べていく。


 そして、短い杖を取り出すと、呪文を唱えて布切れを変質させ、ひと握りほどの砂に変えて見せた。


「ご覧頂いた通り、魔法で変質させれば他の何かに変化させる事ができます。杖をお貸しするので、実際に試して見て下さい」


「わかった。やってみる」


 彼女が杖を受け取って同じように呪文を唱えると、布切れは1つまみほどの雪に変化していた。


「雪になっちゃった」


「北の民ならよくあります。では、この魔法を持って、アリーシア魔術師ギルドへの入会を合格といたします。おめでとうございます」


「やったね。ボクもやってみるよ」


 メーアヒェンちゃんから杖を受け取って、呪文を唱える。


 カウンターのもう1枚の布切れは、赤暗い粉末のような、知らない何かに変化した。


「これ、なんだろう?」


「ふむ、少々お待ちください」


 受付嬢さんは図鑑を取り出して調べてくれている。鼻を近づけると、淡く樹脂系の香りに、ほのかなフルーティーな甘さが加わったような、奥深い香りがする。


「どうやら、竜血のようですね」


「なんと、竜の血なのか?」


「いいえ。ある特定の木に流れる、希少性の高い樹液です。南の離島にある物ですよ。これに変化してしまうのは、本当に珍しいようです」


 図鑑によると竜血は、染色、塗料、伝統的な医薬品、魔術的な意味のあるお香など、様々な用途があるようだった。


「どうでしょうか。そちらの戦士様も宜しければ、お試しになりませんか?」


「残念ながら才は無いと断言されているので、遠慮しておこう」


「では、ご登録手続きに、代筆は必要でしょうか?」


「いいや、ボクが全部書くよ。えっと」


 インク壺に羽根ペンを浸し、余分なインクを壺のフチで、そっとぬぐう。そのまま一息に、必要な事項を書き終えた。


「達筆だな?」


「まあね。次はメーアヒェンちゃんの番だよ。何歳だっけ?」


「えっと⋯⋯11から年始めのお祭りが、確か7回目だったから、ええっと?」


「じゃ、18歳ね。女の子、人種は北の民、髪は白金、瞳は青空、肌は雪色、体格は極小⋯⋯で、数えられる数は20まで。北東のクローネンベルク出身。霊媒師として、人数を言える程度っと」


 備考覧に代筆者であるボクの名前と、ついでに銅貨の種類は知っていると書き加えた。


「おや、霊媒師さまでしたか。ではメーアヒェン様。同じ種類の召喚魔法について、少々ご案内させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「いいよ。聞きたい」


「ありがたく存じます。では、帝都から西の街、豊かなブドウ農場を保有する、ガレリオンと呼ばれる街があります。その街の魔術師ギルドでは、召喚魔法の研鑽が、昼夜を問わず盛んに行われています。ご興味おありでしたら、是非一度ご来訪ください」


「えっと⋯⋯?」


「この壁掛け地図で、中央から左、紫色の旗が立っている場所が、ガレリオンになります」


 大木を削り、彫刻された壁掛け地図を手で示し、受付嬢さんは彼女に説明している。


 実に精巧なスカロジア大陸図。きっと、さぞ名のある名工が作ったのだろう。


「わかった、近くに行けたら行ってみる」


「はい。魔術師ギルドは知識と魔力、求道者への停車駅であり、それはいつ如何なる時代においても変わりません。皆様のまたのご来訪を心より、お待ちしております」


 最後に有名な著書からの引用を受け取って、僕たちは別れを告げて、魔術師ギルドを後にしていた。





◇◇◇


 次回『魔女と祝福』


 自らの企てを、そつなくレボルトに語るネモネ。そんな折に、思わぬ旅の道連れがまた増えた。女神のスカートに感動する傍ら、彼らを見定める不穏な影が⋯⋯?


 8話は帝国全土を揺るがす大事件。その発端となります。9話以降は、本格的な情報戦が開幕です。どなた様もお楽しみに。

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