第7話

 「何度でも言ってやらあ。やーい少年野球! 珍走団! 突っかかってくるしか能のないバカチン!」

 大ぶりな棒の攻撃などハナから当たらない。ひらりひらりとブルームの攻撃を避けながら、余裕綽々褐色の肌の子が飛び跳ねた。

「ちょこまかちょこまか、落ち着かねえ野郎だな」

「身軽と言いなさいよ単細胞」

「さっきからお前、ちょっと口悪くねえっ?」

 鼻白んだブルームにふふんと嗤って胸を反らし、移民の子が仁王立ちした。

「ほらよ、お望み通り落ち着いてやったぜ。かかって来いや、赤毛くん」

「こンの野郎っ!」

 ただの棒とはいえ金属だ。リーチだけならこっちが長い。それにこの状況ならこれが最善策だろう。そう計算してこれ見よがしに大きく身を引き、投擲でもしそうな格好でブルームが叫んだ。

「行くぞクソガキ、これでも食らえっ!」

「……これって、どれよ?」

 と言って首を傾げた移民の子を背後から龍頭守衛団(ドラゴン・ヘツズ)のゴロツキが羽交い締めにした。

「あーっ!」

 驚いて脚をバタつかせる闖入者に太い声が怒鳴りつけた。

「おいこら、大人しくしろ小僧!」

「いやーっ、やめてぼく手籠めにされちゃう~っ!」

「されねえよ!」

 とブルームが叫び、褐色の肌の少年がそのまま急に全身の力を抜いた。

「うわっ、重っ!」

 羽交い締めにしていた男が驚いて移民の子を改めて締め直す。

「じゃあ剣は返してもらいますよ、と」

「お前さっきから二回も卑怯な手使ったね? 男らしくない。じつに男らしくないぞ、お前」

 そういう手に続けて二度も引っかかった少年がじろりと冷たい目を向けてくる。

「そう? 男らしさじゃ、世の中渡っていけないんじゃね?」

「卑怯に世渡りする奴に言われたくないですねえ。根性、腐ってるよお前。そんな真っ赤な毛しちゃって、ほんとにまあ。いいの、顔だけじゃねえの」

 二人のやりとりにぷぷっと大人たちが吹き出した。

「なんだこいつ、面白えな。どっから来たんだ、真珠泥棒」

「泥棒だとお? なんだその言い草は。オレはまだ何も盗んじゃいないぜ」

「まだとか言ってる時点で、だな」

 うんうんと頷いている大人たちに少年は一言「逃げないんで放してください暑苦しいです」と言った。

「お前割とキモ据わってやがるな。スカリーんとこの次男坊といい勝負だ」

「スカリーってその赤毛くんかい? ま、実際彼はよくやったと思いますよ。序盤で剣取られてまあまあいい勝負でしたからねえ。卑怯ですけど。あいつ、ものっすげえ卑怯ですけど。おたくらどういう教育してんの、彼に」

「何目線で言ってやがんだよ」

 と毒づいたブルームに少年は答えた。

「上から目線ですが、何か?」

「お前よくこの状況でマウント取ろうとできんね。なかなかできねえよ、普通は」

 呆れ返ったブルームに少年が言う。

「ねえところでスカリーちゃん」

「……なに」

「お前ってチャラい系のチンピラ? 何か香水的なもんつけてる人なの?」

 と訊かれた質問の意図がまったく掴めずにブルームは赤みがかった眉を寄せて言った。

「お前こそ変なこと気にしてオシャレ系の泥棒なの? まあどう見ても数日風呂入ってなさそうな奴にオシャレもクソもないと思うけど」

「風呂は入ってねえけど移動もかねて川は渡ってるからオレはそんなに臭くない。むしろお前がなんか甘い匂いしねえ?」

「は?」

 分かんないならいいです、と言ってそっぽを向いた少年に大人たちが尋ねた。

「で、結局お前はどこのクソガキなんだ。名前は、歳は? 家出でもしてきたのか」

 少年は褐色の頬を膨らませて答えた。

「名前はシャイア。歳はええっと、ちょっと待て、こないだ十三になってからもう一、二年は経ってそうだから。だいたい十五くらいじゃないかね。家出というにはなんかもっと壮大な感じなんだけど、なんだろうなあ。あれじゃね、成長期における自己確立のための魂の漂流中、みたいな?」

「……言っている意味は全然分からないが、とりあえず宿無しなのかお前」

 そう訊いた強面のウィリーに、臆することもなくシャイアは頷いた。

「宿などなくても生きてはいける。まあ色々と厳しくはあるが」

「それで真珠泥棒でもしてメシでも食おうと?」

「いや別に正直そんなには盗む気はなかった。たまたま迷い込んだ先に無防備な真珠工房みたいのがあったから見てただけで。本気だったら昼じゃなくて夜に来る」

 と至極冷静にシャイアは言った。

「さっきからちょいちょい気になる言い回しなんだが、まあ、とりあえずまだ被害は出てないんだよな」

 こう見えて案外子ども好きのウィリーがタルボットに目を向けた。

「どうする、こいつ。捕まえるほどのことはしてないようだが、置いておくと危ねえぞ。保護者もなしで歳が十五とすこぶる微妙だ」

「面倒くせえな」

 困り顔の大人たちを尻目に当の本人がしれっと言った。

「オレ、このちょっと卑怯なスカリーちゃんのこと気に入ったわ。オトモダチになりてえから、仲間に入れてくれよ」

「いや、俺ら本当にチンピラでも少年野球でもないからね。一応ちゃんとした入団試験のある王立組織だからね」

 げんなりした顔で答えたブルームの後ろで大人たちが何やらごにょごにょと話し合っている。

「いやでもスカリーんとこのと互角ってことはな」「若え奴なら大歓迎」「強いことは確かだしだいぶ頭も回るぞこいつ」「何言ってるかはわからんが」「ブルームよりは賢そう」「次の試験まで居候」「まあ十五ならどうにかなるんじゃ」「男だし世話ってほどのこたあ要らんだろ」云々かんぬん。

 話の雲行きに顔を引きつらせたブルームと対照的にシャイアの方は明るい顔をしている。

「お前、本気でうちに入りたいんだな? 掃除当番全部一人でやってくれんなら、とりあえず次の試験まで持ち回りでメシ食わせてやるぞ」

 とタルボットが威厳に満ちた声で言った。

「やっりぃ! そんなら、よろしく頼みます。メシならなんでもいいよ、文句言わない。掃除も上手よ、こう見えてオレ几帳面なの」

「うそつけよ!」

 苦々しい顔で怒鳴ったブルームにシャイアはにっこりと友好的な目を向けた。

「まあまあ、こうなったのも何かの縁でしょ。末永くよろしく頼むよ、スカリーちゃん」

 すっと差し出された右手にブルームは仏頂面で返した。

「さっきお前に破壊されて、右手で握手できねえんだよ!」

 その日二人は左手で握手をした。

 医者に診て貰った結果、ブルームの右手はおそらくヒビが入っているということでとうぶんは剣が持てず、それからしばらく二人揃って掃除当番を請け負う羽目になった。

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