第5話 死んでーそして、

森を抜け、街へ戻ろうとしたその時だった。

胸の奥をざわつかせる気配が走り、俺は無意識に足を止める。


 ――ズズッ。


 濃い茂みをかき分け、現れたのは一体の異形。真紅の体毛に覆われ、額からは鋭い角。ギラギラと光る眼が、まるで獲物を嘲るようにこちらを見据えていた。


「赤牙ゴブリン……!」


 リーナの声が震え、頬の血の気が引いていく。

「うそ……! あれは上位種のはずよ! なんでこんな森の浅瀬に……!」  


ソフィアが杖を握りしめるが、その手は小刻みに震えていた。

 赤牙は低く唸り声を上げると、地面を蹴りつけ突進してくる。普通のゴブリンの比ではない速度だ。


「危ない!」  


思わず叫び、俺はリーナの前に飛び出した。


――ズブリ。

 鋭い牙が胸を貫く。肺が潰れ、喉の奥から血が逆流し、視界が赤に染まる。

「がはっ……!」


 呼吸ができない。意識が闇に沈んでいく。

 最後に見たのは、リーナの涙が頬を伝っていた。


 ――次に目を開いた時。

 俺の身体は無傷だった。血も傷も何も残っていない。だが、胸を貫かれた激痛の記憶だけが鮮明に残っていた。


「……ユウト!? 今、確かに……!」  


リーナは目を見開き、声を震わせる。

「生き返った……? そんな、ありえない……!」


 ソフィアは泣き腫らした顔で、両手を口に当てて震えている。


「後で説明する。――今は、戦うぞ!」  


俺は震える指で剣を握り直し、二人に叫んだ。


 赤牙ゴブリンはまだ健在だ。牙を血に濡らし、獰猛に笑っている。リーナの斬撃は分厚い筋肉と毛皮に弾かれる。



「こいつ、硬い!」

 「《ライト・アロー》!」  


ソフィアが光の矢を放つが、赤牙は腕で弾き、逆に突進してきた。


「リーナ、下がれ!」


 俺が横から斬り込む。刃は赤毛を裂き、血を散らすが致命には至らない。


 「足元を狙います!」  


ソフィアが詠唱を紡ぎ、赤牙の足元を光が焼く。


「今だ!」


 リーナが横から突き、剣を肩口に深く突き刺した。


「ギギギィィィィ!」  


赤牙が暴れ、リーナの身体が弾き飛ばされそうになる。


「リーナ!」


 俺は咄嗟に彼女を抱きとめる。

「……ユウト、無茶しないで!」

「仲間だからな、三人でいくぞ!」


 俺が正面から斬り込み、赤牙の注意を引く。リーナが横合いから斬撃を浴びせ、ソフィアが後方から矢を連射する。攻撃のリズムが徐々に噛み合い、赤牙の動きが鈍る。


「これで終わりよ!」  


リーナが叫び、渾身の突きを赤牙の喉へ突き立てた。赤牙は断末魔をあげて崩れ落ち、先ほどまでの喧騒が嘘のように森に静寂が戻る。リーナは荒い息を吐きながら膝をついた。


「……本当に、死んだと思ったのに……どうして……」  


その瞳は涙に濡れ、揺れている。


「ただ……守りたかった。それだけだ」

「……馬鹿。でも……ありがと」  

 リーナは顔を背け、唇を噛んだ。その頬はほんのり赤く染まっていた。ソフィアは泣き腫らした目で、それでも優しく微笑んだ。


「ユウトさん……生きてて、本当によかったです」


 俺は二人に頷き返した。

 ――死んでも戻れる。だが、この勝利は俺一人のものではない。三人で戦ったからこそ勝てたのだ。


 ギルドへ戻ると、試験官たちは目を丸くした。

「新人が赤牙ゴブリンを……だと?」

「おいおい、冗談だろう……!」


 だが討伐証明の魔石が、俺たちの勝利を裏付けていた。


「……合格どころか、前途有望だな。だが、無茶はするな。」


 試験官たちは顔を見合わせ、やがて頷いた。俺たちの冒険者カードに、正式な印が刻まれる。こうして俺たちは、冒険者としての第一歩を踏み出したのだ。

 夜。街の酒場金鹿亭は、灯りと笑い声に満ちていた。香ばしい川魚の香草焼き、濃厚な麦粥シチュー、イノシシ肉の燻製、蜂蜜酒。木のテーブルには所狭しと郷土料理が並ぶ。


「これがカルナの郷土料理なのね……悪くないわ」。

「おいしいですっ!」  

 リーナは少し照れくさそうに微笑む。ソフィアは頬を染めながら何度も皿を空にしていた。俺もまた、胸の奥にじんわりと熱いものを感じていた。死に戻って得た力よりも――仲間と笑い合う時間のほうが、ずっと大切に思えた。


 酒場の片隅では、他の冒険者たちが噂している。

「新人三人組が赤牙を倒したらしい」

「本当かよ」

「だけど、赤牙の討伐証明の牙を持って帰ってきたらしいぜ」

「っけ、女2人と男一人のパーティーなんぞすぐに崩壊するにきまってらあ」

「そりゃおまえさんの、嫉妬ってやつじゃないのか」

「何だと!!」


 酒場の喧騒を耳にしながら、俺は静かにグラスを掲げた。


「これから、よろしくな」

「まあ、そこまで言うならいいわよ」

「はい!よろしくお願いします!!」


 リーナとソフィアも頷き、三つの杯が重なった。

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