Q.Fラン魔法学部からは就職できない?〜超魔法学歴社会を生き延びます〜
あかむらコンサイ
第1話 絶望まじりの入学式
春の柔らかな日差しが、真新しい制服に身を包んだ若者たちの希望を照らし出している。
今日この日、国立魔術大学マギア・クルスの門をくぐる者は、誰もが等しく国の未来を担うエリート候補生だ。この入学式が始まる道中を成すその群衆たち––––––とりわけ、その一員である私もまた、輝かしい未来への切符をその手に握りしめている、はずだった。
「……はぁ」
私……セラフィナ・ローゼンタールの口から漏れたのは、この晴れやかな日に似つかわしくない、深いため息だった。
「セラフィ、しっかりしなって! せっかくの入学式だよ?」
隣を歩く親友のシャルロットが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の励ますような声色が、かえって胸に痛い。
「シャル––––––分かってる。分かってるけど……」
–––––––––そう、「魔法」が多大な研究の果てに、細分化・体系化・そして系統化され、「魔術」と再定義され、はや1000年以上。
世界は、魔術を一つの習得可能な技術領域として扱い、また、それを世界運営に最も密接に関わる概念として位置付けた。
超絶簡単にいえば、「魔術の出来で就職が決まるようになった」のである。
––––––それゆえ、18,20そこらのうら若き少年少女たちに求められたのは、過酷な受験戦争を勝ち抜き、より良い魔術大学にはいること。
そして、その中でも、なるべく「就活に強い」「職につける」魔術分野を学ぶことで、大学卒業後の進路––––––民間の魔術工房や、宮廷の傘下に入ることが、至上目標と化していた。
そして、本日入学式が行われるここ、国立魔術大学マギア・クルスは、文字通りの、この国の頂点に位置する最高学府。
卒業生から輩出された元老院議員、工房経営者、魔術研究者、魔術者……その錚々たる面々の数は、名前をあげようとすれば枚挙に遑がない。
もはや将来の安泰も約束されたような、「勝ち組の人生」への重要な切符。その入手場所–––––––––
ただ、それはたった一つの例外を除いての話だ。
「よりにもよって、なんで『
試験当日に限って、高熱を出した自分が恨めしい。筆記は満点近くだったというのに、実技で振るわず、全不合格こそ免れたものの、弾き出された先がそこだった。
就職実績は毎年ワースト一位を独走。過去には卒業生が一人も就職できなかった年もあるという、学園の汚点たる、最底辺工房。それが『
道すがら、私たちの前を歩く集団から楽しげな声が聞こえてくる。
燃えるような真紅の制服は、花形中の花形である『
彼らは皆、これからの大学生活への期待に胸を膨らませ、互いの門域の素晴らしさを語り合っている。
翻って、私たちが着ている制服は、何の変哲もない、くすんだ濃紺色。それが『基礎魔術』門域の証だった。
「おい–––––––––見ろよ。今年もいるぜ、『
「うわ、本当だ。なんでわざわざ国立大まで来て、基礎魔術なんて学ぶかね?」
「どうせ、試験の出来がお粗末だった連中の掃き溜めだろ。関わらない方がいいぜ」
すれ違いざまに投げかけられた嘲笑に、私は唇を噛み締める。ルナが「気にしちゃダメだよ!」と私の腕を掴むが、悔しさは消えない。
違う。私は、こんなところで終わるつもりなんてない。必ず、誰よりも優れた実績を上げて、見返してやる。
「ぜ、絶対に––––––––––––」
「絶対にいいとこ、就職してやるんだからァ–––––––––ッ!!!!」
そんな決意を胸に、徐に走り出す。
創立1000年を超えるこの巨大な学舎は、同じく巨大な白亜の大理石の階段で、私たちを迎え入れる。
・・・
私たちは、荘厳な大講堂での入学式に臨んだ。
手続きはスムーズで、思ったより早く座ることができた––––––というより、「基礎」が冷遇されているのか、巨大な講堂の後ろ端に案内された都合、大して移動する必要がなかった、というだけなのだが。
心なしか他の門域の生徒のものより座り心地の悪い椅子に座りながら、ぼんやりと私は入学式の説明を聞いていた。
恒例のような挨拶。祝辞。特に学長の祝辞は退屈そのもので、思わず眠りこけてしまうほどだった。
ふとそんな折、眠気を覚ますような映像が視界に映る。
その像の主は、画面の端から壇上に飛び出してきた一人の女子生徒––––––在校生、それも最高学年である四年生だろうか。
学生とは思えぬほどの、落ち着いた雰囲気。それでいて、隙を見せないような荘厳な美しさが映える、白髪の女性だった。
「本日、この新学期より–––––『
––––––凛。
その声音を一言で表すなら、この形容が的確だろう。
美しく、透き通るような白髪を靡かせ、同じく会場中に通り抜けるような澄んだ声の主。女である私でさえも、思わず息を呑んでしまうような存在だった。
「おい、あれが生徒会長–––––––––」
「王国一番人気の魔術工房に内定確実っていう!?………『
「くうぅぅぅぅ俺、『元素』受かってよかったああああああああ–––––––––」
「「お前は一生縁ないから無駄無駄」」
前方の席から、男子学生たちのアホな会話が聞こえてくる。
その会話の低俗さに頭を痛くしていると、生徒会長は淡々と挨拶を終えて壇上から去ってしまった。
去り際にも残像一つ残らないような。そんな雰囲気の存在だった。
………在校生代表の歓迎の言葉も終わり、式が滞りなく進む中–––––––––式次第も終盤、司会のトーンが最後に変わる。
「–––––––––以上をもちまして、新入生の皆様への歓迎の言葉とさせていただきます。続きまして、本年度より新たに各門域の指導教員に着任される教員の紹介に移ります」
––––––新任教員の挨拶。
大学といえど教育機関、すなわち人員の集合体たる組織だ。
人事異動やその類もあるだろう、と当意しながら、私は司会の話に言葉を傾ける––––––。
「まずは、『
「–––––––––」
拍手と、期待に満ちた新入生たちのざわめき。
それに促されるように壇上へ上がった女性は、長身で黒髪の魔術師だった。
胴回りは華奢な体躯だが、背筋は鋼のように真っ直ぐに伸び、猛禽類を思わせる鋭い翠色の瞳が、無感情に会場を射抜いている。
「––––––アリシア・ボナパルト………4年前の、ここの卒業生です。称号は『
鈴の音のように鳴り響く、しかし一切の温度を感じさせない声。
あまりに簡潔な挨拶に、会場のざわめきが戸惑いへと変わる。だが、それも一瞬。司会者が慌ててマイクを握り直した。
「あ、ありがとうございました!。アリシア先生は、この大学の卒業生で、在学中––––––若冠22歳にして最高位である『覚者』に上り詰めた、稀代の大魔術師でございます!………つ、次の方のご紹介に参ります–––––––––っ」
慌ててマイクを取り戻した司会だったが、その声は上擦ったままだ。……それは、先ほどの挨拶への動揺だけでなく、これから起こる驚異的な発表に対しての期待に他ならない。
会場が、俄かにざわめき立つ。特に、前方の席に陣取る『戦闘魔術』門域の生徒たちの期待に満ちた声が聞こえてくる。
「今年の新任、噂通りかよ–––––––––ッ!」
「まさか–––––––––本当にあの、『十魔傑』の一人が、俺たちの指導員に!?」
……『十魔傑』。それは、王国に存在する数多の魔術師の中でも、頂点に君臨する十人の大天才にのみ与えられる称号。––––––本当にその一人が、この学園に?
「………『
司会の声と共に壇上に現れたのは、燃えるような真紅のドレスを纏った、女神と見紛うばかりの絶世の美女だった。会場から、割れんばかりの歓声とどよめきが巻き起こる。
「魔術師としての称号は、もちろん最高位である『
誇らしげに語る司会。羨望と嫉妬の入り混じった視線が、有頂天になっている『戦闘魔術』門域の生徒たちに注がれる。
いいな、と素直に思う。あんなすごい人に教わることができれば、どれだけ–––––––––。
真紅の『十魔傑』は、挨拶らしい挨拶もせず、壇上の中心へと歩み寄ると、ただ堂々と立って、周囲を一瞥する。
それは学生を見定めるような視線でもありながら、彼女がこの先課すのであろう試練に耐えうる原石を見つけるような目線であった。
––––––実に、圧倒的。その覇気、まさしく国家が誇る大魔術師そのものと言うべきものだった。
などと、呆けた目線を向けていたからなのか。
それとも、あの入試の日以来、私のツキというものは永遠にこの調子、なのか。
「……続きまして、」
司会者が、少しだけ歯切れの悪い口調で続ける。
「『
先程とは打って変わって、会場は水を打ったように静まり返る。興味などないとばかりに、欠伸をする者すらいる。
そんな中、のそりと壇上に現れたのは、一人の青年だった。
サイズの合っていないよれたシャツ。眠たげな目。どう見ても、これから未来ある若者を導こうという人間の姿ではなかった。
司会者が、気まずそうに彼のプロフィールを読み上げる。
「……称号は、『
識者。それは、魔術師としての基礎知識とその修練を認められた者に与えられる、下から数えた方が早い称号。卒業を間近に控えた学生レベルでも、持っている者はそう珍しくない。
––––––会場のあちこちから、失笑が漏れた。
(……やめて。もう、これ以上、私の希望を打ち砕かないで)
私が俯いて拳を握りしめた、その時だった。
マイクの前に立ったアイン・クラウゼルと名乗った男は、眠たげな目で一度だけ会場を見渡し、そして、全ての新入生の度肝を抜く一言を放った。
「––––––––––––えー、どうも。アインです。先に言っておきますけど、僕は誰にも就活斡旋する能力もないです––––––というか、自分が職業不安定です! 去年までニートでした! よろしく!」
ぺこり、と気の抜けたお辞儀をして、彼はさっさと壇上から降りていく。
–––––––––静寂。
そして、数秒後。誰からともなく、腹を抱えたような大爆笑が、厳粛であるはずの入学式会場に響き渡った。
私の大学生活は、こうして史上最悪の形で幕を開けたのだった。
・・・
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