Be Syokudou

かえるねこ

もりのたね編

第1話 もりのたね(1)

9月のある日。


ザァー


天気は生憎の雨-。


カチ…コチ…


時刻は現在、11時50分-。


(この、あと10分が長いんだよなぁ…)

そう思いつつ、美味は作業の手を進める。

右手には使い慣れたシャープペン。左手は書き損じた裏紙を押さえていた。


(ハロウィン、楽しみだな…)

美味は保育園で働き、今は10月のハロウィンに向けて装飾のデザインをしている。


♪〜♪〜♪


(!)


美味は顔色をパッと明るくすると、ササッと身の回りを片付けて手荷物をまとめて

「半休いただいてます!今日も1日ありがとうございました、お先に失礼しますっ!」

と同僚たちに挨拶をする。


「美味先生、今日はどこに行くの?」とパートの飯尾さんが訊ねる。


「今日はもりのたねに行ってきます。最近野菜不足で、がっつりお野菜食べたくって。

でもこの大雨だから、臨時休業してないか心配ですね…。」と美味は窓の外に目をやる。


「個人店だとそこがネックなんですよねー。あ、私もそろそろ給食の準備してきます。」と川さんが部屋を後にする。


「電話で聞いてみてもいいかもね。」と飯尾さんがアドバイスする。


「はい。ダメでも朝から第3候補まで挙げてきたので、とりあえずどこかで美食にありつけると思います。それじゃ、行ってきます!」と美味は保育園を後にした。


傘を開いて右手に持ち、滑りやすいスロープをそーっと、でも足速に降りた後にスマホからお店に電話する。


(こっちはお客さんとはいえ、電話って緊張するよね…)

そんなことを思っていると

「はい。もりのたねです。」と店主さんが出た。


「こんにちは、1点伺いたいのですが、本日は営業してますか?」

「はい、やっていますよ。ご予約ですか?」

「今から伺いたいと思っているのですが…。」

「かしこまりました。うちは来たことありますかね?」

「あります。」

「すぐにご案内できるのが、カウンター席になるんですが、雨の音がすごく響くんです。それでも大丈夫ですか?」


(こんなことまで聞いてくれるなんて、気配りがいいなぁ)

「カウンターでも大丈夫です。」

「では、お名前を教えてください。」

…予約が完了し、自ずと美味の足取りは早くなる。


(やった!久しぶりのもりのたねだ!何食べよっかなー!)

ワクワクする美味には、足元を濡らす水溜まりも、傘を縫って入ってくる大粒の雨も気にならない。職員用の駐車場から車に乗り込むと、早速スマホのナビを頼りにもりのたねへと向かう。


飯能市に転職してまだ2年。同僚の飯尾さんから美味しい店を紹介され、市内も少しづつ把握してきたがそれでもまだナビが必要な場面もある。


車を走らせていると、ふとミンミンゼミの声が聞こえてくる。

(こんなに大雨でも求愛のために鳴かなくてはならないなんて、蝉って難儀な虫だよなぁ。もし台風が来ても蝉は鳴けるんだろうか。

もしも泣けないならば、台風が2、3日続くとすると、貴重な1週間のうちの3割が失われてしまうのか…)

と考え事をしていると、もりのたねに到着した。

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