第12話 繰り返す朝、深まる真相

 朝食の席についた瞬間、俺は既視感に襲われた。


 いや、違う。これは既視感じゃない。


(死に戻った……)


 さっきまでの光景が脳裏に焼き付いている。リョウの剣がカインの首を斬り落とす瞬間。カインが最後に呟いた「ミラが……」という言葉。そして、真実を知らないまま死んだ彼の絶望的な表情。


 処刑の後、影の宰相ゼルガは巧妙な罠を仕掛けてきた。カインを失った俺たちは統率を乱し、東門の戦いで壊滅的な被害を受けた。エルナが泣き叫びながら「私たちは間違ったことをした」と繰り返していた姿が、今も目に焼き付いている。


(今度は違う方法を選ぶ)


 俺は深呼吸をした。死に戻りの力があっても、仲間が死ぬ瞬間を見るのは辛い。特にカインのような、本当は心優しい仲間を自分の選択で失うのは。


「みんな、ちょっと話がある」


 俺は前回と同じように口を開いた。しかし、今度は違うアプローチを取る。


「どうしたの、アキト?」


 エルナが心配そうに俺を見る。前回と全く同じ反応だ。


「昨夜、カインと話がしたいんだ。二人だけで」


 俺はカインを見た。感情的になって即処刑を選んだ前回の過ちは、絶対に繰り返さない。


 カインの顔が青ざめた。


「なぜ俺と……?」


「大事な話があるんだ。みんなには後で説明する」


 リョウが不満そうな顔をした。


「何か隠し事か?」


(前回はここでリョウの怒りに流されて、結局処刑を選んでしまった)


「いや、ただ確認したいことがあってな。信じてくれ」


 俺はカインを連れて宿の裏庭に出た。


 朝の冷たい空気が頬を刺す。


「単刀直入に聞く」


 俺はカインの目を真っ直ぐ見た。今度は冷静に、理性的に対処する。


「お前、誰かに情報を流してるだろう」


 カインの体が震えた。


「どうして……」


「昨夜の通信、見てたんだ」


 カインは膝から崩れ落ちそうになった。


「本当にすまない……でも、俺には選択肢がなかったんだ」


「ミラのことか?」


 カインの目が大きく見開かれた。


「知っているのか?」


「話してくれ。全部」


 俺は優しく言った。前回の失敗から学んだ。感情的になっても何も解決しない。処刑しても真実は闇に葬られ、結果的に全員が犠牲になる。


 カインは震え声で語り始めた。


「ミラが……ミラが人質に取られているんだ」


「でも、ミラは確か……」


「死んだと思っていた」


 カインの声が震える。


「半年前、ミラは重い病気で瀕死の状態だった。俺はもう助からないと諦めていた。でも、影の宰相から連絡が来た。『君の妹を我々が保護している。特別な治療を施している』って」


「影の宰相?」


「ゼルガ・フォン・シュヴァルツ。王国の裏で暗躍している男だ」


 カインは続けた。


「最初は信じなかった。でも、証拠を見せられた。ミラの髪飾り、最近の手紙、そして……魔法通信でミラの声を聞いた。弱々しいけど、確かに生きていた」


「それで情報を?」


「君たちの行動パターンとか、大まかな居場所とか……でも、重要な作戦情報は流してない」


 カインの目に涙が浮かんだ。


「ゼルガは言ったんだ。『情報の質によって、特別な薬を継続提供する』って。ミラの病気を完全に治すための薬だ。でも、情報提供を止めれば、薬も止まる」


「人質と同じか……」


「普通の治癒魔法では治せない特殊な病気なんだ。だから俺は……」


 カインの声が途切れた。


(前回、この後すぐに処刑を選んだ。その結果、ミラの居場所も分からず、ゼルガの真の目的も不明のまま、全てが破滅に向かった)


「みんなのところに戻ろう」


 俺は決めた。今度は全員で真相を探る。感情的な判断ではなく、理性的な解決策を見つける。


「でも、裏切りがバレたら……」


「大丈夫だ。みんなも理解してくれる」


(前回の失敗を繰り返さない。今度こそ、正しい選択を)


 宿に戻ると、リョウたちが心配そうに待っていた。


「カイン、みんなに話してくれ」


 俺は促した。


 カインは震えながらも、先ほどと同じ話を繰り返した。


「そんな……ミラちゃんが生きてるの?」


 エルナが驚いた。


「信じられん」


 リョウが眉をひそめた。


「死んだはずの人間が生きてるなんて」


「でも、もし本当なら……」


 アリシアが考え込んだ。


「カインさんの行動も理解できます」


「俺たちで確かめに行こう」


 俺は提案した。


「ゼルガに会いに行く。真相を確かめるんだ」


 カインが頷いた。


「案内する。秘密の場所があるんだ」


 俺たちは街の外れにある廃墟に向かった。


 地下への隠し扉を開けると、薄暗い通路が続いている。


「この先だ」


 カインが先導する。


 やがて、広い地下室に出た。


 そこには、痩せた中年の男が立っていた。知的な顔立ちだが、どこか疲れ果てている。


「君たちが来ることは分かっていた」


 男――ゼルガが静かに言った。


「カイン、よく連れてきてくれた」


「ミラはどこだ!」


 カインが叫んだ。


「落ち着きなさい。妹は安全な場所にいる」


 ゼルガの声は穏やかだった。


「君たちのような若者に、すまないことをしている」


 その言葉には、本物の後悔が込められているように聞こえた。


「なぜ王国を裏切るんだ?」


 俺は核心を突いた。


 その瞬間、ゼルガの顔が歪んだ。


「うっ……」


 突然、ゼルガが血を吐いた。


「何が起きてる!?」


 エルナが駆け寄ろうとしたが、ゼルガが手で制した。


「来るな……これは……呪いだ……」


 ゼルガは喉を押さえて苦しんでいる。


「話したい……すべてを話したい……だが……」


 また血を吐く。


「これは……魔法的な拘束呪文?」


 エルナが気づいた。


「誰かがあなたに呪いをかけて、真実を話せないようにしてる」


 ゼルガは苦しそうに頷いた。


「言えぬのだ……この呪いは……私を……」


 ゼルガの目から涙がこぼれた。


「君たちのような……純粋な心を……汚したくなかった……」


「誰の命令なんだ?黒幕は誰だ?」


 リョウが詰め寄った。


 ゼルガが答えようとした瞬間、また激しく喀血した。


「だめだ……それ以上聞くと……」


 カインが止めようとしたが、俺は続けた。


「ミラはどこにいる?」


 ゼルガは苦しみながらも、震える手で地図を指差した。


「西の……塔に……でも……罠が……」


 それ以上は言えなかった。ゼルガは床に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか!?」


 エルナが治癒魔法をかけるが、効果は薄い。


「呪いが強すぎる……」


「時間がない」


 カインが焦った。


「ミラを助けに行かないと」


「でも、罠があるって……」


 アリシアが慎重だった。


「それでも行くしかない」


 俺は決断した。


 しかし、この時俺は知らなかった。


 これもまた、用意された罠の一部だということを。


 西の塔に向かう俺たちの背後で、ゼルガが小さく呟いた。


「すまない……これも……計画の……一部なのだ……」


 その声は、誰にも届かなかった――

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