ドラゴンクイーンと忌み子の王子

未人(みと)

第1話 プロローグ

 ──これはある哀れな王子と、最後の竜との物語である。

 やがて人の世に「竜を討った建国王」と語られる男の、真実の記録。


 遠い遠い昔、人の王国と竜の群れは果てしなき戦を繰り広げていた。

 その発端が人の野心であったのか、竜の傲慢であったのか、今となっては定かではない。

 ただ記録に残るのは、幾世代を跨いでも尽きぬ憎悪と、焼き焦げた大地の匂いだけだった。

 山は崩れ、森は灰に沈み、星の下で夜を越す子らは竜の影に怯え、人の王は血に濡れた王冠を戴いた。


 戦の終わりを告げたのは、人の王が放った呪いであった。

 竜の長、ドラゴンクイーンを滅ぼすために編み上げられた大呪。

 だがそれは完成の刹那、王の命をドラゴンクイーンが喰らったことで中途に途切れた。


 呪いは消えず、彼女の身に絡みついた。

 それは滅びではなく、延命の鎖であった。


 ──王の血を喰らわねば、百年と生きられぬ呪い。


 その呪いは、最後の竜を生かしながら、同時に彼女を蝕む枷となった。


 怒りと絶望に沈んだクイーンは、王の血族に返礼を課した。


「百年ごとに血を捧げよ。さもなくば、お前たちは悪夢に蝕まれ、生きながら狂うだろう」


 こうして百年ごとに、王家の子らは竜の牙に捧げられてきた。

 その数、九度。

 だが十度目の生贄となった幼き王子を前に、クイーンは初めて牙を立てなかった。


 疲れ果てた竜の沈黙を、王子は“哀れみによる慈悲”と信じた。

 そして彼は誓った。


 ──「この命を、あなたに捧げます。あなたに仕える騎士となりましょう」


 誰も知らぬ誓いから、この建国の物語は始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る