第16話 ローゼになにをした⁉

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 馬を飛ばし、かつ、途中で乗り換えてまでの強行軍のおかげで、夜中に到着する予定が、数時間早まった。


 夜八時の教会の鐘が遠くに聞こえるころにはチャリオット伯爵家に到着したのだ。

 執事たちが「ご主人様と奥方様がお待ちです」「ようこそのお越しです」と口々に言ってくれるが……。


 馬回しで飛び降り、馬丁に手綱を放り渡して玄関に爆走するレインを追うのに、俺は精いっぱいだ。


「そうですか」「夜分に申し訳ない」と俺も挨拶をしながら、屋敷の中に入る。


 伯爵夫妻がいるのであろう部屋に足早に向かうレインを、メイドたちが必死に追いながら、なにやら早口に説明していた。


 というか。


「突然屋敷に戻っても大丈夫か?」という俺の心配は吹っ飛んだ。


「セドリック師がこっちの動きに気づいたみたい。言わなくても伝わっている」と言ったレインの言葉が当たっていた。


 ……いままで呪術だのなんだのとは疎い生活をしていたから、なんだかもう……。今朝から驚きの連続だ。


 レインは一階のとある部屋に突入したかと思うと、すぐに同じぐらいの勢いで飛び出してきて、階段を駆け上っていく。


 ちょ……ちょっと待て。俺はどうしたらいいんだ、とおろおろしていたら、さっきレインが飛び込んだ部屋からひとりの男性が出て来た。


 チャリオット伯爵だ。


「遠くから申し訳ない。ルシウス卿」

「と、とんでもございません。こちらこそ夜分に連絡もなく押しかけ……」


 急いで駆け寄り、頭を下げる。


「何を言う。君の御父上であるマリオン伯爵にもこのあとお礼の手紙を書こうと思っていたところだ」

「いえ、そのような……!」


 父上に、「お前はなにをしておるのかっ」と叱られてしまう!


「こんな危険なことを頼むのは誠に申し訳ないのだが、どうか娘のために……」

 伯爵が俺の手を取り、深く頭を下げるものだから動転する。


「いやあの! まだお役に立てるかどうか……その、それよりローゼリアン……嬢のお加減はいかがですか?」


 いかん、つい呼び捨てにするところだった。


 道中、レインの前でも「ローゼリアン」と何度か言ってしまい、そのたびに「嬢、な? ローゼリアン嬢。言ってみ?」としつこく訂正されたところだ。


「今朝目覚めてね。そこからセドリック師と話し合いを行って……」

「なにをしている、ルシウス! 早く来いよ!」


 二階廊下からレインの怒声が割って入った。


「ああ、待たせてはいかん。どうか二階に行ってローゼリアンを励ましてやってくれ」


 伯爵が俺の手を離し、苦笑いをした。


「……失礼いたします」

 一礼をし、踵を返す。


 レインが駆け上がった階段を俺ものぼった。

 少しだけ。

 ほんの少しだけ心が浮き立っていた。


 ローゼリアンに会える。

 レインの中にいる彼女ではなく、正真正銘の彼女そのものに、だ。


 最後に彼女に出会ったのはいつだろう。

 14歳。確かそれぐらいだ。俺が16歳で。士官学校に入る前に、お互いの家に挨拶に行ったのではなかったろうか。


 俺の家で父上からしこたま「軍人とは!」ということを聞かされたレインは、辟易した顔で自分の屋敷に行き、「ルシウスん、最悪」とぬかしやがった。そのとき、ローゼリアンは愉快そうに笑い声を立てた気がする。


 あれから5年。

 彼女とは今朝話したわけだが……。


 実際の彼女と会う。


 なんとなくざっと自分の姿に視線を走らせた。ずっと馬を飛ばしてきたから埃っぽいのは否めない。


 もう少しマシな格好をしてくればよかったろうか。少なくとも、鏡の前で髪型ぐらいチェックすればよかったと考えて、苦笑いが漏れる。


 そもそも彼女は俺の姿を見ているじゃないか。


 あっちは5年ぶりの俺を知っているのだ。

 ……どう、思っただろう。


 そんなことを考えた。

 昔と変わっていない悪童だと白けただろうか。


 それとも少しは……。


 そんなことを考えて俺は頭を振った。

 廊下は左右に延び、いくつもの部屋が並んでいる。


 ひとつだけ。

 扉が開きっぱなしになっている部屋があった。


 あそこだろう。

 なにしろ声が聞こえてくる。


 俺は近づき、「レイン?」と室内をのぞいたのだが……。


「ルシウスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「うお……」


 ものすごい怨嗟の声と湿度の上がった目でレインににらまれる。


「君……やっぱりローゼになにかしたんだろう⁉」


 それだけじゃない。

 珍しくレインが俺の胸倉をつかむから仰天する。


「なにかって……」


 なんにも……してない、と思うのだが。

 なにか気に障ることをしたのだろうか。


「朝飯を食わせた」


 正直に申告する。

 そもそもこの話、入れ替わりが起こった直後にもしたような。


「やめて、お兄様!」


 鈴の転がるような声が聞こえてきて、俺は首をねじる。 

 天蓋ベッド。

 いまは紗がおろされて中にいるのは人影だけだが、そこから声は聞こえてきた。


「誤解ですわ! ルシウスは私に親切でした!」

「親切ぅぅぅ? どんな風に」


 いまだ俺の胸倉をつかんだままのレインが目を細める。蛇みたいで怖い。


「入れ替わってしまって、なにもわからない私にいろいろと教えてくださいましたのよ⁉」

「なにを教えたんだい、ルシウス」

「……おしっこの仕方?」


 いろいろ考えて発したのに、レインには殴られそうになり、ローゼリアンには悲鳴を上げられた。

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