流れ星が必ず願いを叶えてくれる世界で、願えない俺から、願い続ける君へ

常世田健人

第一章 極彩色 ①

「あと五秒」

 四――カウントダウンが自分の中で始まる。

 三――何でこんな『願い事』が叶ってしまったのだろうと心中でため息をつく。

 二――この状況は変えられないことを何万回目かにも関わらず理解し――

 一――カウントダウンは、終焉を迎える。

「零」

 ――流れ星が、夜空に一筋、流れた。

 何度見ても綺麗な光景だ。

 流れ星を見てため息をつく人間など、そうは居ないだろう。

「……ハァ」

 そう思いながら、俺は、その反応をしてしまう。

 ――流れ星を見ながら『願い事』を三回唱えると、その『願い事』は叶う。

 流れ星を見て誰もが思い浮かぶ事象だ。

 願う事なんて、誰にでも出来る行為だと思う。

 知恵も勇気も努力も悪知恵も要らない。

 ただ祈るだけで成立する行動だ。

 その後どうなるかなんてことは知ったことではない。『願い事』が叶えば『願い事』をした自分を褒め、神様やら運命やらに感謝をする。『願い事』が叶わなかったのであれば自分の努力不足だと思いつつ前を向く。

 ――元来、その程度のも事柄で良かった筈なんだ。

「それが、何でこうなっちまったんだろうな……」

 夏真っ盛りである七月中盤日曜日二十時――

俺は、学校近くの丘の上に居た。

 高校一年生になってようやく来ることが出来た場所だった。

 ビニールシートを敷き、夜空を眺める。

ここがこの町で星をたくさん眺めることが出来る場所だ。

今目の前にしている星々の名前は知らないし星座もろくに知らない。

 夜空を眺めるのが好きという訳ではない。

 自分の過去を見つめ直す行為でしかない。

 数えきれないほどある星を眺めながら、過去を振り返りながら、行動に移す。

 ぼうっと夜空を眺めながら――過去既に叶えた『願い事』を活用する。

流れ星を見たら喜んで『願い事』を唱えようとするのが鉄板だろう。

 ――対して、俺は、虚しさを感じる。

 流れ星に『願い事』をしても、絶対に叶わないことがわかっているから――

「ねえ、君!」

「うおわっ!」

 ナーバスになっていたからなのかどうかはわからない。

 それでも間違いなく油断していた俺は、いつの間にかシートの上で俺の右横に体育座りで座っていた彼女の存在に気づくことが出来ていなかった。

 彼女は俺が通う高校の制服を着ている。耳元が若干見える長さの黒髪に星を模したヘアピンを着けている点が目に入った。視線を下に下げていくと、十人中十人は可愛らしいと表現する造形の顔立ちの中に、驚き五割好奇心五割と受け取れる表情を浮かべている。体育座りといえ小柄な印象を受ける彼女は先程の質問の直後――更に俺の近くへと寄り添い、目と鼻がぶつかりそうな位置まで顔を近づけてきた。

「今、流れ星が見えるタイミング、言い当てたよね!」

 急に近寄ってきた女子の存在に狼狽える暇すらなく――核心をついた彼女の質問が容赦無く突き刺してくる。

 女子の両目は、信じられないくらい輝いていた。濁りが一切無い眼とはこのことを指すのだろうか。とにもかくにもその視線に耐えきれず、視線を逸らしつつ何とか二の句を継げる。

「…………何のことだ」

「しらばっくれないで良いよ。見ちゃったから。何なら録画しているし」

「何で録画しているんだ!」

「私、流れ星に『願い事』を叶えてもらわなきゃいけないから」

「何だそれ」

「アハハ。秘密っ」

 彼女は勢いよく立ち上がって前に進む。

確かに右手にはスマートフォンが握られており、カメラ機能をストップしつつ、俺の方に向き直った。

背景に夜の街並みと星空を半分ずつ携えながら――

彼女は満面の笑みで、こう言った。

「後光波風(ごこうなみかぜ)君。このことを世界中にバラされたくなければ、私と一緒の部活に入ってくれる?」

 彼女から発せられた言葉に、息を呑むしかなかった。

 ――俺が帰宅部であることを何故知っているのか。

 ――要求を呑まなかった場合、俺が社会的に色々な意味で詰んでしまうことを何故交渉材料として笑みを浮かべながら提案できるのか。

 何故――「俺の名前を知っているんだ」

「私はね、流れ星をずっと追いかけているの。波風君も一緒だと思っていた。だから、調べたの。波風君のこと、沢山ね」

「沢山って――」

「沢山は沢山だよ。まあこの詳細は、後々教えてあげるね」

「いや、良い。俺と君に後も先も無い」

「え、断るの? そうなったら録画した情報を曝け出して、波風君の将来的に後も先も無くなっちゃうよ?」

「躊躇の無さが天元突破してないかそれは!」

「何を言われても構わないよ。私は、流れ星に『願い事』を叶えてもらえるためなら、何だってやる覚悟だから」

 そう言うと彼女は俺に近寄ってきて、右手を差し伸べてきた。

「土岐凛花(ときりんか)です。これからよろしくねっ」

 彼女――土岐は、見る者全てを魅了する可愛らしい笑顔のまま、契約を一方的に差し出してくる。

 土岐の手を振り払うことは、今の俺には出来ない。

 この世界において――土岐が若干ながら掴んだ俺の素性は、俺の将来を詰ませるのに十分な物だからだ。

 だからこそ、嫌々ながら、土岐の右手を握るしかなかった。

「握手してくれて嬉しい! ありがとう!」

「そうせざるを得ないだろうが」

「わかっているじゃんありがとう狙い通りっ」

「どういたしまして!」

 こうして、俺と土岐の契約は成立してしまった。

 こうしている間にも時は流れ、星も流れる状況が整って――俺がその瞬間を予知できるようになる。

「あと三十秒」

「何がー?」

「流れ星の発生タイミングだな」

「え、嘘、ちょっと待って!」

 そう呟くと、彼女は俺の手を握りながら勢いよく夜空に視線を向けた。

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