第6話 『吸血鬼野郎』
第十二階層。地上のすぐ足元にある僻地だ。
地上資源を降ろす場所でもあるが、管理しきれていない土地も多く、中心の神の威光から離れるほどに荒廃していく。
「そこの廃村にモンスターが湧いてるらしいんだ」
ギルド長から配られた資料を読みながらアウレリウスが言う。どうやらここに行きたかったらしい。変わったところを選んだな、と思い概要を見ると、どうやら第十二階層では依頼を受注するヒトがいなかったようだ。それで本部にまで回ってきたのだろう。
まだ納得のいっていない顔でトップハットを弄るバルドリックを横目に、ジェイも資料を捲る。村の名前はスタルソン。産業は星屑加工の下請けで、人口の最後の記録は三桁を切っていたとか。
地上に住むジェイにはそれが少ないのかピンとこないが、村の持続ができないということはその人数では問題があったのだろう。
資料にはモンスターについても書かれていた、調査ではなく討伐依頼のようだ。ジェイは読み進め、疑問を口に出す。
「光る虫?」
「そうなんだよ、変だよな」
アウレリウスが、資料に添えられていた過去の冒険者が描いた絵を取り出す。そこには、ヒトよりはるかに小さい蝶が描かれていた。もしかすると蛾かもしれない。
(そういえば、蝶や蛾が食料になってるのは見たことがないな)
ふとそんなことを思う。幼虫や蛹はよく話を聞くが、成虫は染料になる以外の活用方法を聞いたことがない。地下ではどんな扱いをされているのか、僅かな興味が湧いた。
「こんなちっせえ虫がいんのか?」
「だよな、食いでがなさそうだ」
バルドリックとアウレリウスが不思議そうに絵を眺める。そうか、この大きさの虫は地下にいないのか。ジェイはようやく思い至った。
「地上にいる虫に似てるよ。食用じゃなくて、花粉を運ぶための生き物だと思う」
そう言うと、二人は全く違う表情でジェイを振り返った。アウレリウスは納得がいったように「地上で見たやつか?」と言い、バルドリックは面食らった様子で黙っている。まだ地上に住むニンゲンだと言っていなかったことを思い出したジェイは、被ったままだったフードを外す。
「黙っててごめんなさい、バルドリックさん。ワタシは地上から来たニンゲンなんです」
続いて自分の知っていることを話す。
「虫の話だけど、蝶と蛾の二種類の呼び名があるんだ。アウレリウスが見たのは蛾だね、植物を実らせるために花粉を運ぶ役割がある」
記憶をたどりながら説明するがあまり自信がない。ジェイはこの世界に来る前も来てからも、虫には詳しくないのだ。バルドリックは「花粉か」と呟くと改めてジェイを見た。その目には危惧していたような攻撃性は無く、ただ困惑がある。
「坊主は、あー……落人なのか?」
「バルドリック」
ギルド長のベルナルドがそっとたしなめるように声を掛ける。バルドリックはそれに子供のように耳を伏せると「すまん」と謝った。自分の倍は生きているであろう大人に謝られ、奇妙な気持ちになる。どこか居心地が悪くなり、慣れているから気にならないことを伝えながらモゾモゾと座り直す。
バルドリックは「慣れるものじゃない」と言うと腕を組み、こちらも座り直した。罪悪感を持っているのだとすればやはり良い人だ。
「なあなあ、そろそろ行こうぜ!」
話をするのに飽きたのか、アウレリウスは資料を机に投げ出し早く行こうと騒ぎ出す。バルドリックは荒い鼻息を吐くと、ジェイに身を寄せた。また独特の臭いがする。一体なんだろうと耳を澄ませ、ジェイは凍りついた。
「お前も大変だな、坊主。“あんな吸血鬼野郎”に振り回されて」
ジェイへの深い労りと同情がこめられた言葉だった。そして同時にアウレリウスへの冷たい侮蔑も内包している。
バルドリックは、ニンゲンのジェイに優しかった。だが、それは他の種族にも優しいということではないのだろう。ジェイはようやく、そう理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます