Acthion-9. 全ての愛する者たちのために

第44話 ゆうやけこやけの赤とんぼ


 だしぬけに、ピュアは覚醒した。


 目を開けると、眼前に、D・Cの顔がある。


「おはよう」


 男は爽やかに挨拶して、笑った。

 ピュアは、がばっ! と起き上がる。


「痛っ!」


 左肩に激痛が走った。


「おっと……」


 男は、ピュアを抱き止めた。

 ここで支えてやらねば、ベッドに倒れこんで三倍は痛い思いをするだろう。


「そりゃ、痛いわな。肩の骨、抉れてんだぜ。気絶するぞ、フツーは」

「したじゃない」


「さんざん派手な活劇やらかしてから、な」

「うう」


 ピュアは唸った。


「離してよっ!」


 D・Cは、苦笑しながら体を離す。


 ピュアは体の痛みと相談しながら、そうっと周囲を見回した。


 白い壁。クリスタル・ファイバーの調光ウインドゥ。

 窓から見える景観は、どうやらグリーン・シティの高層ビルらしい。


 しかし、この角度で見える場所に心当たりはなかった。

 もっとも、この星へ来てからこっち、ほとんどセンター・ブロックに居たのだから無理もない。


「ここ、どこ?」


 考えてもわかりそうにないので、早々にピュアは訊いた。


「知りたい?」

「じらさないで」


 D・Cは、楽しそうに笑った。


「スターサーヴィス、メープル出張所の医療センター」

「え」


 そんな所に、どうして自分がいるのだろうかと不思議になる。

 まさか、はじめから正体がばれていたわけではあるまい。


「……ちょっと、訊いていいかしら?」

「どーぞ」


 ピュアは、じっと、D・Cの灰色の瞳を見つめた。

 強い意志を孕んだ双眸が、今日は笑っているようだった。

 最初に宙港のコーヒースタンドで出会ったときと同じ、優しい瞳だ。


「あなた、なんでここにいるわけ?」

「いい質問だ」


 男は、大きくうなずいた。


「はっきり言って、俺もブッ飛んだね」


 ピュアは嫌な予感がして、眉をひそめる。


 もしかして、もしかすると、これは、ひょっとしたら……。


「あなた、スターサーヴィスのエージェントっ!」

「ピンポ~ン」


 ピュアは、呆然として男の顔を見上げた。

 あまりのことに、声も出なかった。


 びっくり箱から、べろを出したおちゃめな人形がびよよんと飛び出して、ゆらゆら揺れるのを見たような気がした。


「スターサーヴィス、火星本部、統括局所属、よろしくな」


 D・Cは、軽薄にウィンクする。


 ドッと、ピュアは脱力した。ズキンズキンとこめかみがうずいた。


「どうして、身内が潜入してるって情報が、あたしに伝わらないわけ? 今回は、おかしなことだらけよ。本当に命令系統が歪んでるのかしら……」


「ああ、それね。言っとくけど、俺、休職中なんだ。『秋』に召集されてこの任につくことになって、休職届を出した。だから、正確には、今の所属は『沙羅』の『秋』の陣」


「だったら、アドニ牧師と仲良しなのは解せないわ。敵でしょう?」

「俺の身元保証人だった陽色が教団に潜り込んでいた関係で、向こうからオファーが来た」


「オファーって……ダブルスパイじゃない!」

「ダブルだろうがトリプルだろうが、やるときはやる。だろ?」


「初対面のあたしに、本名名乗るくらいには、ブレない自信があるわけだ。あの局面で、もし、あなたの名前を知ってたら、敵か味方かはっきりするものね」


「まあな」

「だけど、言ってくれれば、もっと早く共同戦線張れたのに」


「仕方ないだろ? おまえだって正体は明かさなかった。それに、今回はたまたまお互いの目的が同じ方向性を持っていただけのことで、もし、おまえのほうの依頼人がトリアルフ教団だったり厚生府だったりした場合、どうなる?」


「呉越同舟」

「よくできました」


「でも、そんなこと、あるわけない」


 スターサーヴィスは、全銀河を網羅する請負サービス業であるから、敵対する組織に同時に与するような依頼は受けないはずである。

 企業倫理規定というやつだ。


「だから言ったろ? 俺は休職中だって。スターサーヴィスの管理部門は、俺がどこに出張でばってるのか知らないんだ」

「そうなんだ……じゃ、ヤバイかもね」


 ピュアは、考えこんだ。


「ま、敵じゃなくて良かったけどな」

「じゃあ、『逃がし屋』の『蜻蛉』って名乗ったのは……?」


「そう。おまえがもう少し『沙羅』に詳しければ、予測がついたかもしれないな」


「嘘よ。そしたら、今度は、『冬』のスパイだとか勘ぐるんだわ、『秋』と『冬』だって、仲良しこよしってわけじゃないでしょ?」


 男は笑った。


「組織ってものをよくわかってるじゃないか。若いのに」


「ねえ、確認したいんだけど、宙港テロは偶然だったの?」


 ピュアが、最初にこの星へ着いたときの爆発騒ぎだ。

 あれは、あまりにタイミングが良すぎた。


「俺が仕掛けた。理化学研究所の主任が学会に出る名目で高飛びしようとしていたんでね」

「あ、陽色・マリエルの研究データ……」


「……と、標本サンプル。俺は、霊媒師じゃないんだ。一生あいつの亡霊を祓い続けるのは勘弁して貰いたい。折からの混雑で、大パニックになっちまったのは、始末書もんだったけどな」


「やっぱりね。あの規模の爆発じゃ、テロリストも大したことないなって思ったもの。標本の抹消が目的だったのかぁ。じゃあ、廊下で襲ってきたのは?」


「神宮寺の雇った傭兵。アシのつかない兵隊が重宝するんじゃねーの? お役所だから」

「かもね」


 ピュアは、窓外に視線をさまよわせた。


 街が夕闇に包まれている。


 ほんの数時間前の出来事が、遥か昔のことのように思えた。

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