30歳の解放区

奈良まさや

第1話

西暦2059年の日本

高齢者が激減し、若者が急増。特に「出産で1000万円給付」があった世代が30歳になり、人口の中心に。 

日本は“若者の国”となった。


《国家特別法30歳殺人許可制度》の概要


対象者:30歳〜31歳の「認定キラー」

- 同年代の認定キラー同士のみ殺害可能 

- 1人殺すと賞金がもらえる(最大3人まで) 

- 30歳未満を殺すと即死刑 

- 誰も殺さないと一生ボランティア


武器制限

- 半径3m以内で調達できるもののみ使用可 

- 銃・爆発物・毒は禁止(弱毒は女性のみ可) 

- 刃物・鈍器・格闘技が推奨

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監視・報酬システ

光冠(こうかん) 

- 額に固定された金属リング 

- 賞金額をリアルタイム表示 

- 生体認証・位置情報・バイタル監視付き 

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第一話:ふたりのリビング


 夜八時。

 アパートのリビングには、スーパーの惣菜と、コンビニの安ワイン。

 テレビはバラエティを流しているが、二人の意識は額の金属サークレット――「光冠(こうかん)」に向いていた。


 光沢のある輪っかの中央には、数字が浮かび上がっている。


 陽介:1400万円

 美鈴:2300万円


「ねえ、やっぱり私の方が高いよね」

 美鈴はノンアルコールの缶チューハイを煽りながら、陽介を横目で見た。


「まあな。コンサルティングファームでクライアントに人気だからだろ。部下の教育的貢献度も高評価」

「でもさ、あんた高校教師じゃん。未来の理系エリートを育ててるっていうのに、たった1400万?」

「お前の言い方だと俺の価値は"カス理系"だな」


 二人は笑いながらも、同時に背筋を冷たいものが走る。

 お互いが"ターゲットになり得る存在"であることを、忘れるわけにはいかなかった。


「さっきLINE見た?」

「どれ」

「大学の友達グループ。ほら、沙耶がクリアバッジつけてた」

「……マジか。あいつ、誰やったんだろ」

「多分、同じゼミの男でしょ。彼氏っぽかったし」


 会話は軽く、けれども血の匂いを帯びていた。

 殺すことも、殺されることも、もう日常の話題にすぎない。


「でさ」美鈴はいたずらっぽく笑う。「もし殺すとしたら、誰にする?」

「おい、彼氏の前でその質問かよ」

「いいじゃん。お互い30歳。ゲームのルールだよ」


 陽介はワイングラスを回しながら、天井を見上げた。


「……正直に言うと、斉藤だな」

「あー、あの歴史教師の?」

「ああ。授業サボって競馬三昧。それで賞金が……確か700万くらいだった」

「それはお買い得!」美鈴が手を叩いた。「陽介の実験器具でやれるでしょ。硫酸とかさ」

「バカ、毒物は禁止だって。実験室のハンマーくらいならセーフかもな」


 二人は笑った。けれど笑いの奥に、互いを値踏みする目線が潜んでいた。


「……じゃあ、美鈴は?」

「んー、私は真奈美かな」

「なんで」

「だって、SNSでずっとマウントとってくるんだもん。結婚した、子どもできた、マイホーム建てた……って。うざい」

「理由が小学生レベルだな」

「でも賞金1500万よ。私よりかなり低い。ちょっと気分いいでしょ?」


「美鈴、よく食うね。ワイン飲まないの?」陽介が気づく。

「あー、最近は体調がね。アルコール受け付けなくて、炭酸水

」美鈴がさりげなく誤魔化す。


 テーブルに沈黙が落ちる。

 陽介はふと、美鈴の額の2300万円をじっと見てしまった。

 ――2300万円。

 彼女を殺せば、即座に口座に振り込まれる。

 そして"クリアバッジ"をつけて、自由になれる。


 美鈴もまた、陽介の額を見ていた。

 ――1400万円。

 彼を仕留める方が、きっと楽だ。悔しいが私の方が体格はいい。いつもの彼の寝顔を想像するだけで、方法はいくらでも浮かんでくる。


 二人の目がかち合った。

 一瞬、空気が凍る。


「……ねえ、陽介」

「……なんだよ」

「もし……もしもだよ? あんたが私を狙ったら、どうすると思う?」

「……俺の方が先にやる」


 沈黙の後、二人は同時に吹き出した。

 ワインのグラスがぶつかり、笑い声が部屋を満たす。

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