神宮寺探偵事務所の実験録 怪奇の病院 解答編
@Hiyorin25
第1話 怪奇の病院
夜の市立病院は、息を呑むほどの静寂に覆われていた。
面会時間を過ぎ、廊下に残るのは入院患者の寝息と、夜勤の職員の足音だけ。
白く冷たい蛍光灯が天井から降り注ぎ、消毒液の匂いがむせるほどに強く漂っている。
廊下の奥では、古株の清掃員がモップをゆっくり動かしていた。夜勤の合間にいつも見かける、当たり前の光景だ。
「先生……またです」
若い看護師が蒼白な顔で指差した。
エレベーターの表示ランプが乱れて点滅し、誰もボタンを押していないのに扉が「ガコン」と重く開いた。
無人の箱がゆっくりと降りてくる。
階数表示は狂ったように上へ下へと移り変わり、まるで見えない誰かが中で操作しているかのようだった。
「……故障にしてはおかしい」
主任医師が低くつぶやいた。
その声は乾いた廊下に吸い込まれ、看護師たちの不安をさらに煽った。
その時、廊下の端に置かれた電動車いすがカタリと震えた。
看護師が反応する間もなく、モーター音が唸りを上げる。
誰も座っていない車いすが、じりじりと前へ進み出した。
ゴトリ……と壁にぶつかり、一瞬止まる。だが次の瞬間、反対方向へ急に動き出す。
ギィィ……という車輪の軋む音が、静まり返った病棟に異様なほど大きく響いた。
「ひっ……」
別の看護師が声を上げ、思わず同僚の腕を強く掴んだ。
その手が冷たいのは恐怖のせいだった。
さらに、ナースステーションのランプが突然一斉に点灯する。
赤と緑の光が不気味に明滅し、同時に廊下のナースコールがピンポン、ピンポンと狂ったように鳴り響いた。
押したはずのない部屋番号が次々と点滅し、呼び出し音が重なって耳を突き刺す。
「……祟りだ」
年配の清掃員が、震える唇で呟いた。
誰も笑わなかった。
冗談だと否定する者もいなかった。
ただ消毒液の匂いと機械音が混ざり合い、病院全体が異界に沈み込んだかのようだった。
主任医師は顔を引きつらせながらも、責任者として言葉を絞り出した。
「……専門家に、助けを求めるしかない」
その瞬間、廊下の奥の病室から――人の声が聞こえた気がした。
誰も入っていないはずの病室で。
そしてその決断が、翌朝、神宮寺探偵事務所の扉を叩かせることになる。
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