第5話「裏切りの幻影」


 闇を抜けた広間の中央に、処刑台が据えられていた。

 縄に縛られた信一が立たされ、処刑人が背後に構えている。


「……信一!」

 メロスは駆け寄ろうとした。


 だが、信一の表情は冷たい笑みを浮かべていた。

「遅かったな、メロス」


「な……何を言ってる。必ず戻るって――」


「約束?」

 信一の声は嘲りを帯びていた。

「そんなもの、何度裏切られてきたと思う? 俺はもう、お前を信じていない」


 その瞬間、広間の壁に幻影が浮かび上がる。

 酒場で笑う信一。

 王に頭を下げる信一。

教室で「メロスは単純だ」と嘲る信一。


『裏切られる前に裏切るのさ』

『一緒にいても損だ』

『友情なんて幻想だ』


「……やめろ……!」

 メロスは耳を塞いだ。


 群衆の幻影が現れ、声を重ねる。

「友情は虚妄だ!」

「必ず裏切られる!」

「走っても意味はない!」


 その声に押し潰されそうになり、膝が崩れかける。

「俺は……本当に信じていいのか……」


 だが――胸の奥から、確かな声が蘇った。

〈必ず来い! 俺は信じてる!〉


「……ああ、そうだ!」

 メロスは顔を上げ、拳を握りしめた。

「幻影が何を言おうと関係ない! 俺は走って、信一のもとに辿り着く!」


 彼は処刑台へ向かって駆け出した。

 走る――ただそれだけで幻影の群衆が崩れ、信一の偽りの姿が絶叫をあげて砕け散った。


 轟音とともに広間が光に包まれ、道が開ける。


メロスは荒い息を吐きながらも、前を見据えた。

「信一……待ってろ。俺は必ず、走り抜ける!」

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