異世界メロス

アオイタカシ

第1話「友情の誓い」

▪️プロローグ

――「友情など存在しない」

それは、古代から王国を覆う呪いの言葉だった。
人は疑い、裏切り、互いに傷つけ合う。
信じる心は必ず踏みにじられる――そうして、この国の民は長く希望を失ってきた。


 だから王は信じない。
かつて誰よりも友情を信じ、そのすべてを裏切られた男だからこそ。


 だが、古代魔法は新たな挑戦者を呼び寄せた。
現代日本から召喚された二人の青年――篠崎メロスと佐伯信一。

「三日以内に迷宮を走り抜け、友情を証明せよ。
できねば、この友は処刑する」

 運命の砂時計が落ち始める。
走らねば、友情は消える。
そしてこの国も、再び絶望に沈む。



 夕暮れの東京。
大学の研究棟の地下施設は、長らく使われていないはずなのに、不可解な脈動を放っていた。

「……ほんとに入るのか、メロス」


信一が眉をひそめ、薄暗い通路を見渡した。


「教授だって調査禁止にしたろ。中で事故があったとか……」

「だからこそ気になるんだ」


メロスは笑みを浮かべ、懐中電灯を振る。


直情的で、時に危ういほど真っすぐな性格。


「お前が頭脳派で俺が行動派。昔からそうだろ? だったら今回も――一緒に走るしかない」


信一は小さくため息をつき、肩をすくめた。


「……お前ってやつは」


 口調は冷静だが、心の奥では幼い頃から共に走ってきた友を見捨てられない強さがあった。


 二人が部屋の中央に踏み込んだ瞬間、床に刻まれた古代文字が淡く光を帯びた。
眩い光が走り、空気が裂ける。

「な……なんだ、これ!?」
信一の声は震えた。


 光の渦から声が響く。
〈友情を証明せよ。さもなくば、この国は永遠に呪いに沈む〉次の瞬間、二人の身体は光に呑み込まれた。


 目を開けると、そこは石造りの玉座の間だった。
高い天井からは巨大なシャンデリアが吊るされ、壁には古代の紋章――砂時計と鎖が絡み合う意匠が刻まれている。
周囲を取り囲む民衆はざわめき、見知らぬ二人を凝視していた。


 玉座に座すのは黒衣をまとった王。
その瞳は冷たく光りながらも、一瞬だけ深い哀しみを宿していた。


「……また召喚されたか」


 王の声は低く、広間全体を震わせる。


「お前たちには、この国を覆う呪いを解く役割がある」

「呪い……?」
信一が息を呑む。


「それは――友情を証明することだ」
王の声に民衆がざわめいた。

「三日以内に、迷宮を走り抜けて戻れ。
できねば、この友を処刑する」


 兵士たちが信一を捕らえ、縄で縛り上げる。処刑台が広場に設けられ、群衆の歓声と嘲笑が入り混じった。

「そんな馬鹿な!」


 メロスは兵士に押さえつけられながら叫んだ。


「友情を証明する? 命を賭けて……?」

 王は冷笑を浮かべる。


「友情など存在せぬ。人は裏切り合うもの。……わしは誰よりも知っている」

 その言葉に、メロスは一瞬だけ王の表情に深い影を見た。
だが問いただす暇もなく、広場に群衆の喚声が轟く。


 信一は処刑台からメロスを見つめ、静かに頷いた。


「……必ず戻ってこい。俺は信じてる」

 その言葉が、メロスの胸に深く刻まれた。

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